
リンク先のパンドラに「蜘蛛女」というエピソードが載っていました。
私もおんなじようなもんをみたなぁと思い出し、面白い(ちょっと怖いけど)ので話として載せてみます。
実は、私達はしらない間に人のうらみやねたみを買っていて、非常に怖いことだなぁというほんの一例なんですが。
数年前のこと、ブラジルの友人が公私ともにトラブルが続いておかしいなぁと言っていました。当時、その友人は仕事でも頂点を極めたかのような活躍ぶり、結婚相手との新しい関係も良好、収入も増えて、すべてにおいて強気で「ゴー!ゴー!」にみえた状態でした。一方、仕事先で変なかんじのする人達がいる・・・おそらく彼らがなにか「魔術」で呪いをかけているに違いないという直感がはたらいたそう。
ブラジルという国は感情や念というものが強い人が多く、アフリカのブードゥー教が根強く生きていることもあり、自然と近いことから霊感のある人も多く、何より呪術や占いなどが庶民の楽しみというかよりどころとなっています・・・。庶民の間では熱狂的な信仰やこういったはたからみると黒魔術的なものにはまることで救いをもとめている部分が大きいみたい。幽界みたいなところいうこともできますね。
裕福な層にいたっても、占いや呪術などは当然のごとく浸透していて、否定する人もいますがたいていはいくつかそういったことを営むいきつけの場所があるようです・・・。
友人は当時、3人の霊能師にみてもらっていました。
話をよくきいてみると、そのうちの一人によると、彼女の直感は正しく、オフィスの同僚とその部下が3人で結託して彼女の業績を横取りしようと画策、そのたびに彼女に阻止されてきたので、今度は恐ろしい黒魔術の専門家に頼んで強力な呪いをかけているとことでした。その3人の特徴や仕事の状況などをずばりと見抜き、また他の部分でも驚くほど透視力があったということで、友人は彼女の指示でお祓いをすることにしたそうです。これはかなり本格的な呪術です・・・呪いを解くというもので、日本でいう「お祓い」みたいなもんですが、それが成功すれば呪いをかけたというか依頼した本人達にそのまま黒いエネルギーが帰っていきます。
友人は指示通り、ある一定の期間、ある儀式を行いました。
すると、彼女をのろったといわれる3人のうちの2人、首謀者の部下である女性2人が、友人とは関係ない件でミスがでてまずは解雇になりました。そして、首謀者の男性であり友人を蹴落とそうと強い呪いをかけていた相手は交通事故に遭い亡くなりました・・・・・人を呪わば穴2つ・・・・この場合は実際3つ・・・。これには当事者の友人も「ぞっ」としたそうです。「のろいがえし」というのは怖いです。
彼らのいる境遇は社会的に恵まれていて、知的な職種です・・・それでも、こういうことは日常茶飯事という・・人の恨みねたみがそれぞれを襲うというか・・・他にも黒魔術をかけていた奥さんの旦那さんが若いのに死んでしまったとか、いろんな話を知っています・・・
ちなみに、友人のかかった霊能師は白魔術系統のようなので、その時ブラジルにいた私は、無理をいってその人に会わせてもらうことにしました・・・。3時間以上にわたっていろいろな話をしてくれましたが、丁度その日は私がフランスに帰る2日前ということで、霊能師の提案する「お祓い」の儀式を準備する時間がありませんでした。霊能師の方によると、いろいろあるなかでも男女問わず、無数の「黄金の目」をした人物が私の周りをぐるりととりまいていたということが印象的でした。「黄金の目」というのはポルトガル語では「嫉妬の目」という意味です・・・ねたみそねみを山ほど買っていたということで、それを綺麗に祓うことで、それまで滞っていたたくさんの幸せがどんどん入ってくるよということでした。
霊能師の人に帰国しなくてはいけない事情を話すと、「これだけ数があると自分でできるかどうかはわからないけれど、出来ることはやってみましょう」といい、フランスの薬草学ではみたこともないようなハーブの一覧表をくれました。それとなんでもいいから自分の好きな神様や聖人の援助を求め感謝する言葉を2つ用意しろといわれました・・・・あとは蝋燭などの備品のリストを用意してくれて、詳しい説明をくれました。
ブラジルのサンパウロにはリベルダージといって、日本人街としてしられる繁華街があるのですが、その中心にある場所に古ぼけた教会があります。そこにはいつも黒人の女性がたくさんいるのですが、実際、何をしているのかは知りませんでした・・・実は、彼女達はこの分野の専門家。
そのうちの一人と目がって、目くばせると手ごたえがある(ブラジルではこの感覚がコミュニケーションで必須)人にこのハーブを全てそろえたいといって、リストを渡すと、いろいろな人におそらくはアフリカの言葉で話して、瞬く間にハーブを全てそろえて、きちんと説明をしてくれました。彼女達自身も呪術や占いをするようでした。
さて、フランスに戻り、満月の日から一週間おきに、「お祓い」の儀式をはじめました。
間違えては効果がないということで、かなり大変な作業でしたが、毎回儀式を終えて、使用した蝋燭の炎をみつめていると、いろんなものが額の裏というか頭の先というか、どこだかわからないけど、みえます。一週目は顔が人間で体が蜘蛛、あきらかに私に悪意がある表情で意味深長な笑みをむかえています・・あるときは紫色の髪の長い男性の呪術師がかまでなにかを煮ていたり、あるときは邪悪な顔つきをした巫女さんの姿をした人がでてきたり、あるときは子供のときに悪夢でうなされたあるものがでてきて空に消えていったり・・・・本当に、目に見えない変なものがまとわりついてのだろうかと、驚愕していました。その状況で見えるもの全てがいいかんじがしないものだったからです。
儀式をしている間、毎回、ブラジルまで電話をするようにいわれました。
私と電話をすることで、私の状況がわかるので、いいというとこまで続けて欲しいと毅然とした声でいわれました・・・・
その間、日常の生活でもいろいろ変なことがおきました。
この儀式をはじめて2週間くらいして、ある男性に街中で会いました。
パリで声をかけてくる男性は、無視してもいい場合が9割りですが、その人は知的でスマートでそして何より真剣に結婚を申しこんできました・・・母親にも紹介したりして。「はっ?」と、まるで漫画のような展開だと思いながら、様子をみることにしようと思いました。
その次の儀式が終わり、霊能師に電話をかけると、「誰かとあってますか?」というので、「はい」というと、「名前は?」というので、名前をいうと、突然かみなりのような勢いで「何もしなさんな!それは駄目だ!」と言われました。「罠だ」というのです。
とりあえず、毎回変なものばかりみるし、霊能師の人柄を信頼していましたので、そのいいつけをまもることにしたのです・・・・。毎日お茶を飲む約束をしていたその男性に会いに、電話をしたあくる日も昼過ぎに家をでました。なにか思い当たることがあって近所の教会にでかけました・・・いつもは締まっている時間帯なのに開いていた。その教会には、そもそもその霊能師を教えてくれた友人が愛してやまないというカトリックの聖人「聖テレーザ」が祀られていて、私はたまに彼女に挨拶にいっていたのです・・・・その日、「ご加護をありがとうございます」といって待ち合わせの喫茶店にでかけました。
湿度の高い暑い日でした、いつもより30分くらい遅れて到着した私を待ちながら相手の人は冷たいビールを飲んでいたらしいのですが、そのせいか、多少様子が変でした・・・。それから3時間以上、私はその人の愚痴や人生についてのいろいろな真実をきかされることになりました。
それまでのスマートで知的でひょうきんで、ハンサムで、国際的に活躍するキャリア云々・・・・それらで塗り固められた「像」がすべてひっくり返るような私にとってはおそろしいようなことが判明しました。
「罠だ」といわれたわけがわかりました。
表情を変えずににこやかに「日本に行くことになるので、おそらくはもう会えない」といいそそくさと、不機嫌な相手をおいて帰ってきました。その後、1年以上、携帯電話に連絡がありましたが、取り合いませんでした・・・・実際には得たいの知れない相手に住所もフルネームも教えてはいなかったので、面倒がさけられました。
2ヶ月くらいお祓いを続けたころ、ハーブがもうなくなることに気がつきました。
霊能師の方にそれをいうと、「まだ続けないといけないのに・・・」といわれましたが、なにせ、入手不可能なものが殆どですから・・・・というわけで、日本に帰って生まれてはじめて、神様の前で深々と頭をさげてかしこまってお祓いをうけることにしました。
日本に帰るまでの間、不思議なことが続きました。
キッチンに夜にグラスものをおいておくと、朝にヒビが入るのです。
最初は気にしませんでしたが、それが3回続いたとき、これは邪魔が入っていると思ったものです。
しかし、もう神様のことを真面目に考えていた時点で、ご加護をいただいていたのだと思います、心配はしませんでしたが、このままではいけないと思ったのです。
日本に無事に帰り、事情をよく知っている友人のもとに遊びにでかけました。
翌日お祓いにいくという日でした。
無事にお祓いをすませて、彼女に電話をすると、「気にするとおもっていわなかったけれど、あなたが帰った後、あなたの使ったテーブルの上にあったグラスの底がヒビ割れていたので心配だった・・・」といわれました。
実は、それから毎年、日本に帰るたびに神社にお礼のお参りにあがるようになり、風水や方位などに気をつけるようになったのですが、実はそれと同時にそれよりもしかすると大切なことが、人のうらみを買わないようにするということなんだろうと思うようになりました。
面倒なのは、妬んだり、ひがんだり、逆恨みしたりする人は、自分が気をつけてもいるということなんですが、それでもやはり日常気をつけることによって、性質のいい人達やものや場所と出会い、関わことができるようです。
まだまだ勉強中ですが、人の念というのはおそろしいと同時に、これをある程度強くして遣いこなすことにより自分やまわりを守ることも可能だと思うようになりました。
ただし、呪術やおまじないなどに頼ると、ミイラとりがミイラになってしまうようですが・・・。
要は、健全に幸せに自分の人生を生き抜くことに自分を尽くせばいいわけなんでしょう。
ただ、オカルトというか、こういうのはたまにするには面白い(笑)もんです。
ちょっと、オカルトちっくな、本当にあった身近な話です。
「情けは人のためならず」、ここでもこの言葉が生きてきます。