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なんかその都度「?」と感じた一見関連性のない細かいことが最終的に大きな像を結ぶ。そんな観点から幸せを実現していきたいという気持ちからはじめたサイト。よろしくお願いします。

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2008年11月8日 命の洗濯?



曇り気味、といっても夏以外は大抵こんなかんじのパリの空ですが、寒さはやわらいでいるかんじ、今週は来週火曜日が祝日とあって、サービス業以外はたいて土、日、月、火と四連休にして過ごしているというフランス。

と、いうわけで、パリに居残り組みを決め込んで、今週末はゆっくりしながら美味しいものを食べたりしてのんびりすごしています。ヴァカンスに出ていて人が少ないといえど、やはりピカソ展のやっている、グランパレ、オルセー、ルーブルなどは凄い人のようで、オルセーの前を通りかかったら、あまりの人で気温が2、3度上がっていたように思えるほど・・・・(笑)。

友人の幼馴染夫婦とパリではモンブランやミルフィーユで有名なティー・サロンで爆笑のお茶タイムを過ごしたりしながら、あまりの人混みに驚いたりして・・・・到着した16時から出た18時すぎまで、長蛇の列・・・・最近、お目見えした「カーラ」とかいう新しい御菓子の効果でしょうか?そうではないとおもいますが、おそらく、エリゼ宮に近い場所柄、大統領夫人に敬意を表してこういう名前の御菓子があったのにはびっくり・・・

私は勿論、定番のオリジナルブレンドティーとバニラのミルフィーユを頼みました。
4人でそれぞれ違うケーキを頼んだりして、あれが美味しい、これはいまいち、なんてやってみる。
実は、ど〜ってことない会話、ど〜ってことない風景、そのなかにある笑いや小さな驚きや、ちょっとしたものごとの美しさ、人のしぐさ・・・・ど〜ってことないことが幸せの証のような時間。

気取らない、かといって気遣いを忘れない、大口をあけて目に涙をためて、それぞれがお腹を抱えて笑ってはいても、それぞれがそれぞれの香水をちょっとしたはずみでつねに漂わせているような、そんな不思議な距離感・・・どこのサロンで髪をきったの?そういえばそのルージュはどこの新色?あら、彼氏ベージュが似合うわね、そのイヤリングはよく顔立ちにあっているね、皮のジャケットがきまっているのね、とてもエレガントなスカートをはいていますね、男女問わずこちょこちょと誉めあう・・・たとえ一緒に暮らす恋人であっても、夫婦であっても、これは忘れない、フランスだからではなく、おそらくいつまでも仲良くありたいと思う人達はこういうところをお互いさりげな〜く、常に出し合っていく・・・これこそ、まさに継続は力なり

知っている人、通りすがりの人、全てその日縁がある人とハーモニー、そしてできれば華やいだ気持ちで過ごせたら、その日はそれで「あぁ、いい一日だったぁ!」と思って眠れる、どのような仕事をしていようが、どのような境遇にあろうが、こういう思いでもって一日でも多く、人生を過ごしていくのが、もしかしたら私達の最大のチャレンジなのかもしれませんね。

「嫌な奴」や「困った人」やトラブルにばかりあうとしたら、自分の中にある不機嫌や不満足、怒りが不快な人や出来事を引き寄せて、そういう「不快な想い」が自分にあることを鏡のようにして本人が見るようにしむけてくるとよくいわれますが、実は、自分の中にある力というのは凄いもんだと思います。

逆に「感じのいい人」、「ありがたい人」やラッキーなことにばかりあうとしたら、自分のなかに希望や、感謝、そして素直さが溢れているような状態だといいます。

巷では、だから肯定的なことばかり考えていれば巧くいくといますが、もし心の奥底になにかひっかかりがあったり、自分の意識の及ばないところになにかこだわりや詰まりがあったら、よい想念をもっていたとしても空回りしかねない・・・・。もっと悪くすると、よい想念が「あぁしたい、こうなりたい」という思いを欲や重たい執念に変えてしまうこともあります。執念と、良い想念、どこが違うのかと聞かれたら、おそらく、それは感謝の気持ちや素直さだということになるのではないかと思ったりして・・・・

せめて、軽やかで素直で明るく元気で生きていけるよう、健康であるように、そして生活する環境や自分に関わりのある場所を綺麗にしたり、綺麗な色をきてみたり、優しい言葉や寛いだ態度をできるだけこころがけるようにしたりして・・・よく「こうしなさい」と子供のころに聞かされたことは、実は、毎日が自分と周りにとって気持ちよく有効になるように工夫してよりよく生きなさいということだったのかもしれません。

そんなことを考えながら、過ごす週末。
なんだか、ありがたい気持ちになってきたりして・・・笑。
ヴェルディのレクイエムのせいかもしれない・・・

音楽で魂を洗うことができるというのは、本当のようです。

ヴェルディ:レクイエムヴェルディ:レクイエム
(2007/12/26)
アバド(クラウディオ)ゲオルギュー(アンジェラ)

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2008年10月16日 日本の色と風合い パリの秋の「展覧会」より



パリでは毎年恒例、Salon d’automneと呼ばれる、「秋の展覧会」が開かれます。
10月16日、友人の日本人画家の方の作品が入選したということで、会場にお供させていただくことになりました。

今年の会期は10月の16日から26日まで、パリ16区のEspace Auteuilという場所で開催されました。これはパリで開催される公募作品を対象とした展覧会の中でも定評のあるもので、第一回の開催は1903年にさかのぼります。かのルオーやマティス、マルケやデュランなどの画家が旧来の画壇に対する一種の反発として発足させたものです。当初はピエール=オーギュスト・ルノワールやロダンなども出品し、後にはマチス、ゴーギャン、セザンヌ、ピカソなどの大物の作品も出展されていました。

第一次世界大戦後は、当時モンパルナスを拠点としていたシャガール、モディアリアーニ、ブラック、ジメルなどの画家が「秋の展覧会」の出品作品の殆どを占めていた時代があるそうです。

「秋の展覧会」というと、絵画の展覧会とおもわれがちですが、彫刻なども出品されています。
古くはロダン、眠れるミューズなどで知られるとってもお高い作品で知られるブランクズィ、美術館でも有名なマイヨール、ユダヤ人作家で6区にひっそりとしたアトリエと家が美術館として公開されているザドキン、戦時中はレジスタンの活動家としてしあれるイシェなどの大御所の彫刻も出展されたことがあります。
装飾美術でもこの展覧会は大物の出品が歴史的にもされています。
美しいガラス品で有名なラリック、建築家で有名なコルビジェもその中に数えられています。
この日も数的には絵画が大半を占めたものの、彫刻や室内装飾の面白いオブジェなどがところどころに展示されていました。

にしても、初日の夜にいったためもあり、凄い人混みでした。(笑)


こちらがその方の入選作品。
しっとりとした、なんだか思わせぶりな、和装の女性の姿です。
とっても丁寧な仕上げで、日本人の美意識というのがいぶし銀のような光を放っていました。


こちらが作者の後姿。
日本人であることは素晴らしきかな。
どんな高級品よりも、日本人が着物を着たときに出る「格」というか、威厳みたいなものは、本人が意識するしないにかかわらず、やっぱりいろんな人種や国の混ざり合う場所でははっきりと判ります。
民族衣装があるというのは、とてもいいことだなぁとあらためて思いました。

ちなみに、この方の描いた絵、同じ角度から作者の方をみると、本人というよりは彼女の誰か血縁の方の姿なのかなぁという印象をうけました。同一人物ではないけど共通の感じがありました・・・ご本人はそういう意識はなく描いたとお話していましたけれど・・・

とにかくも、この展覧会、画家や芸術を目指す人のある意味目標となる「登竜門」といってもいいのではないでしょうか?時代により入選される作品の種類やカテゴリーは変遷しているといいます。
その中で何かきちんとしたものが光る作家がこの晩何人いたか・・・・人混みの中では静かに見極めることは難しい、それほど盛況の一夜でした。

やはり、日本にしかないような色、風合いというのはあるみたいです。
着物と日本の色着物と日本の色
(2005/07/31)
弓岡 勝美

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2008年7月12日 バーゲン会場で考える



マチスのルーマニアのブラウス、とっても愛らしくて好きな絵のひとつ。

パリは午前中雨で午後から晴れというパターンが続いています。
夜はちょっと冷え込んで、昨晩は羽毛布団を出しました。
冷えると蚊の心配がないので、窓を開けたまま適温で眠ることができます。

こちらはバーゲンももはや中盤戦。
せっかく風水だなんだと持ち物を少なくしたということで、また試着したら欲しくなって買ってしまうだろうから、デパートには足を運ばないようにしておりましたが、今週は2度ほどひやかしに行って参りました。財布、靴、下着、洋服と膨大な時間と労力をかけてみたのですが、欲しいとおもったのはバーゲン除外品のみ。バーゲン除外品だったら、いつでも変えるので、結局、2日わたる大遠征も社会見学に徹することとなりました。買うもの一切なし。

趣味めいたことはいろいろやってきたものの、最大の趣味とは買い物だったということに、買い物をあまりしなくなってから気がつきました・・・。着るものはたいてい、10年、15年くらい平気で着るのですが、そういったものを3分の1に処分してからまさしく「憑き物」が落ちたというかんじ。人生を共にしてきた、それこそ肌身につけたものとおさらばしたんですからね。

ちなみに、あのココ・シャネルは晩年はホテル住まいだったそうですが、住まいにしていた部屋のクローゼットには、ほんの数着しかかかっていなかったそうです。
自分を綺麗にみせるものをよくご存知で、スタイルにあったものだけをもっていた。
もう高齢になっても後姿で孫のような若い男性に声をかけられていたほどの身だしなみ、なにより身のこなしが年齢をかんじさせなかったんだそうですよ。

以前、このブログに書いたお洒落なイタリア人の友人ならびにもう一人のイタリア人でお洒落な人がいましたが、偉くお洒落だったけれど彼女らの洋服の数は少なかった。2人とも、見事なこれぞイタリアという素晴らしいアンティークの金ものや珊瑚、エメラルドなんかをさりげなく身に着けていましたが、アクセサリーを身につけるのに洋服を着ているのかという感じがするほど。ゴージャスなものはこれでもかというくらい派手だったりしますが、質素といえば質素な部分があって、これは簡素とかいうんじゃなくて、全体としてとても綺麗におしゃれを楽しめるようになっているんですわ。普段は殆どいつも同じようなもんを着ていたと記憶していますし・・・。化粧もマスカラは「大好き!」という程度。

今はそういうのって、手間いらずで身軽でとってもいいとあらためて感心しています。
かまわないっていうのとは違って、綺麗なものが好きで、そういうものを楽しんでいる人達。
ミラノのブティックに行くと、そういうイタリア女性によく出くわすので、私は嬉しくて仕方ない・・・。
街のおやじもなんだかヨレているスーツに変なサンダルみたいなのはいているんだけど、格好よかったりしてね・・・・。勿論、ただのおやじもいるけれど。

イタリア人はみかけにうるさくて軽薄だと批判する人がいますが、そういうレベルの人もいるし、もっと「美しいもの」全般にこだわる人もいるんで、まちまちでしょう・・・・か。
やっぱり、イタリアの美的感覚っていうのはやっぱり抗いがたいものがある。

結局、シンプルかつ美しくありたいと思うならば・・・・素材も大切ですがそれは年齢と共にだれでも変化していきます・・・・速度に差は結構あるけども。それより、なんらかの個性、味、なりが大切なんでしょう・・・見た目が悪いと無視されるという世界もあるそうですからね。別にそれに付き合う必要もないのでしょうが、年齢を超えた魅力とかをみせつけられると、学ぶところは大きいとおもいます、素直に。

一方、それこそ狂ったように最先端技術で美貌を磨き、ボートックス、ダイエットと張り切っている女性・男性がいますが、なんかあぁいうのは成果は出ても、雰囲気がでなくなっちゃう気がします・・・。逆に若くて美しい男女っていうのは、行くところにいけばたくさんいますし、彼らが必ずしもそれ以外で恵まれた状況にあるかといえば、決してそうじゃないみたいですからね・・・見た目は大切ですけど、人生の幸せってそれが決め手じゃないと、やっぱり思います。お金でも美はたいして買えないしね。
でも、綺麗なものがこれだけあるのだから、自分なりに素敵に生きたいと思いますけど・・・。

できるだけいろいろと素敵な人達を観察し(こっちのお洒落人間は、他にも増して凄いマンウォッチャーですよ・・やっぱり好奇心プラス努力でしょうかね)、自分に合いそうなところは取り入れて、自分のスタイルをまた作り直していこうかなぁと、思っています。とかいって、私は夏場は日ごろゴルフの練習着来ていたりする(それじゃ、おやじじゃないか!?)
今回はバーゲン会場で自分の幻を含めて、自分の姿がよくみえたような気がしました。
本当に欲しいものと欲しくないものの選別がちゃんとできただけでも、私にしては進歩でした。

今日は数ある中から、文庫ででているシャネルの伝記。
マドマゼル・シャネルは決してよい育ちでも、際立って美人というわけでもなかった・・・鼻が大きいのが悩みだったという噂もある。その当時は、家柄と生まれ持った美貌は女性にとって今より大切でした・・・女性は今のように人権をみとめられていなかったから。(フランスでは夫の承諾なしに銀行口座がつい2、30年前まではもてなかったんですよ・・・日本のほうがすすんでいますね、その点)
強い意志、頭のよさ、ものごとの本質を見抜く力、勇気、そして人生を楽しむ力・・・・柔軟なようでいてでもひどく頑固なところがあった自由な女。シャネルはことさらに好きでも憧れたこともないブランドですが、彼女の伝記は何故か10代の頃に読んだ記憶があります。
今読むとまた変わった見方ができるかもしれませんね。
シャネル―人生を語る (中公文庫 モ 8-1)シャネル―人生を語る (中公文庫 モ 8-1)
(2007/09/22)
ポール・モラン

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2008年6月29日 日曜市場のカルティエ




何故か、私は今朝からこの愛しい木のことを思い出していました。
なんの気なしに写真にとっておいたことを思い出し、ファイルをみるとまだあったのでアップしてみます。見る人が見ればわかるというかんじかな・・・・?

本日は久しぶりに日曜の朝市に出かけることができました。
目的は蜂蜜と蕪。

蜂蜜は、以前「食」のコラムで朝市を書いた際に写真に撮った養蜂家の方から分けてもらっています。
今回は塩茹で小豆にのせてお善哉のようにしていただくことを考えていたので、まよわず栗(シャテニエ)の木(花)の蜂蜜にしました。小さいものを500円くらいでちょこっと頂きましたが、綿のお買い物バックをプレゼントしてくださいました。ラッキー!(笑)

蕪は鉄分をはじめとするミネラルや酵素が豊富な葉が目当てなので、鮮度が大切なため、この市場で買います。ご存知の方も多い通り、蕪の葉はその日の朝もいだものでないと色がすぐにかわってしまうのです。また、ウサギなどは蕪というと真っ先に葉を食べるそうです。これを酸味と塩のきいたドレッシングと木の実や唐辛子やにんにくやハーブと一緒に和えて頂くのです。

さて、今日は早々に市場を引き上げようとすると、私の視線をとらえるものがありました。3,4メートル先にいるある女性のしていた腕時計です。銀色で華奢なつくりで、文字盤が楕円になっているようです。いきかけたのですが、あまりにも気になったので引き返しました。

そして、立ち去ろうというその女性の腕をつついて呼び止めました。
「あの、とても素敵な腕時計をしていらっしゃっるので、どちらの時計なんですか?」
すると、彼女はアウ・・・アウ・・・というかんじで、私の顔をみてます。
様子と顔立ちそして格好からして、フランス人ではないらしいので、英語で、「あの、フランス語はお話にならない?」というと、ア・・・ンとやっているので、これは英語圏の人だと思い、「とても素敵な腕時計、どちらのお店にいったらあるのかと思って・・」というと、「あっ、これは」と、下唇を噛む。
言いたくないのか、それとも、一点もの?と思って、彼女の手元をあらためて見やると、なるほどカルティエでした。

「あ、カルティエかぁ?」というと、「イ、イエス・・・」といってうつむきがちになるので、「ありがとう、今度お店でみてみることにしますね!」といって立ち去りました。びっくりさせちゃったかも、ごめんなさいね。

カルティエというと、サントスとかタンクとかを、「あのね、カルティエなの」というかんじでしている方が多くいるのですが、あまり似合っている人みたことない。ただ、いい時計ですね、というだけ。もしくは、自分のラベル代わりに身に着けているかんじが臭うかんじで、今ひとつ。この彼女は全然そんなんじゃない。とても素敵だったんですよ、全体として。

その市場であった彼女は30代前半から中頃で、背丈は私と同じくらいかな・・・?(170センチ前後)で、太ってはいないけれど痩せてもいない・・・。履き古したジーンズにオリーブ色がかったパープルのような地味なTシャツをヨレっときていて、ライカの古いタイプのカメラを斜めにかけていました。髪はショートの黒髪ですが、寝起きのかんじ(笑)で、ノーメーク、鼻と額に大きな赤あざがあって、おそらくはスポーツか何かで転んだのでしょうね。アーチストというかんじではなかったかな、多分。

そのいでたちなのに、カルティエのドレスウォッチ。おまけに文字盤の周りにはメレダイヤが輝いていました。不思議にね、とっても素敵だったのですよ。全体としてさりげなく。

時計とシャツの色とライカのカメラに注意がいってしまって、彼女も人見知りするかんじだったので、本当にすれ違い様のような出会いだったので、それ以上、彼女についての情報を目が記憶していないというか捉えていないのですが、あぁいうあり方はとても素敵だと思ってしまいました。

自分が美しいと思う、気持ちがいいと思うものだけを持つというか、余計なことがなくて、でも最高のものを大切にする生き方というかんじがしましたね。たまにいるんですよね、こういう人達。

でもこの手の人達って、あんまり多くの人が繰り出すところにうろちょろしていないし、一見、地味なので目立たない。あぁいう楽しみ方を見てしまうと、カルティエも悪くないなぁ・・・と思っちゃいますね。

実際、誰もがあの格好にあの時計して素敵にみえないっていうのが大切な点なんでしょうけど。

ライカにカルティエの域までは行きませんが、私なりに一度気に入ると、と〜っても一途な達で、愛用の腕時計はもう15年前に購入したルクルトのみ。ど〜しても文字盤が丸くて、綺麗なステンレスとできれば18金がコンビになったベルトで、何よりも厚みが薄いものということで、限られた予算の中から探すこと1年。探してもないので、でも諦めずに出会うのを待って、みつけた時計です。たまにに友人の付き合いで行く宝石屋さんのセールのときに、片隅にひっそりとあったのがこの時計。

ちなみに、フランスに来てからも電池交換を2,3度したことがありますが、そのうち一度はメーカーのご好意で部品交換や内部洗浄と電池交換あわせて無料でしてくださったことがあります。メーカーのラボの職人さんから、「この時計をまだ大切に使ってくれている人がいるんですね」というようなコメントがついてきたこともあります。私の愛用するものは、すでに製造中止になっているもののようなのです。ここんところ、マーケティングだなんだと変わってきてしまったようで、まだヨーロッパのものづくりの心が生きているなぁと思って、嬉しかったことがあります。

逆にね、こうして教えていただいているように思うんですね、「ものを大切にする」という良識のような、もっといえば真心の価値を。

この年齢(?)になったら、ドレッシーな時計のひとつは持ったほうがいいのでしょうが、そういう場合は時計は持たないでおけばいいと思っていたほど・・・。(笑)他に目がいかなかったからです。今日、ちょっと欲しくなりましたね、華奢で出来のいいつくりの時計が。
でも、気軽にひょいっと買えるようなお値段ではなないかな、プレゼントで頂くとしたら相手は大変でしょうね、大抵の場合。(笑)

だから、凄いと思うんですよね、浮かないであの時計を日曜市場に起きぬけの髪で身に着けて素敵なんだから・・・見た目なようでいて、見た目じゃないところが素敵なんです。

そういえば、先日、「バーキンでござるぅ」という佇まいでエルメスのバーキンという型のバックを持っている人がいましたが、見ていて素敵ではありませんでした。バックに「持たせてもらってる」っていうんじゃ、あまり面白くない。カルティエも然り、ですが。
ましてや、気合いれてもつもんじゃありませんよ、臼じゃないんだから。(笑)
自然体でもてないものは、買ってまでもつもんじゃないというのが、私の私見。

本当に自分が好きなものをもつと、なんでも最小限で満ち足りる。
道徳的な意味からでなく、「足るを知る」っていうことはかなり格好いいことみたいです(笑)
今日みかけた女性もそうなのでしょうか?

とにかく、見過ごしてしまいそうなさりげなさでしたが、素敵な人でしたね。
ご自分の感覚を重視した生活、でも全然、「とんがってない」そんな佇まいでした。
あぁいうの、品があるっていうんでしょう、きっと。
自分の感性とそして物を愛でる気持ちを大切にしているっていうかんじかなぁ。

美しい(容姿云々とかではなくて)って大切な要素ですね。美人・美男って飽きるけど(本当)、生き方とか佇まいの綺麗なというか素敵な人って飽きませんものね。

<とんぼの本>向田邦子 暮しの愉しみ<とんぼの本>向田邦子 暮しの愉しみ
(2003/06/25)
向田 邦子向田 和子

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向田邦子さんはとてもエレガントな方だったんだそうです。
日本でOLをしていた頃、赤坂見附にある彼女の姉妹がなさっているお店によく、さつまいものレモン煮というのがたべたくて通っていました。現在は、勿論、自分で煮ます。(笑)

2008年6月23日 聖母の衣

今日のパリは明るいけど雲が多く、快適な気温です。

ここのところ、ルーヴルにちょくちょく通っています。
この絵はボッティチェッリの聖母と赤ちゃん(?)ですが、ダヴィンチのヨハネともども、必ず立ち寄るスポットです。
ボッティチェッリの絵って、見るとヴィヴァルディの四季の「春」が頭に流れてきます。
心に華が咲くような気分にさせてくれる絵です。


絵に詳しい方からきいたのですが、実はこの絵、向かって右側の母子はボッティチェッリ自身の筆によるもので、同じく左側の男の子はお弟子さんが描いたものだそうです。絵というのも、技術的な上手い下手というのではなく、やはり何か「測れない」ものが決定的な価値というか魅力を与えるものなのですね。

この親子からはまとっている衣装のせいか、透明でいてちょっとピンクと緑がかったふんわりとしたオーラをかんじます。魅力的なモチーフもともかく、この明るさと、透明感とふんわり感がボッティチェッリの好きなところかもしれません。構図とか詳しいことはわかりませんが、母子の部分だけで絵を完成させたほうがよかったのにぃ・・・と、素人は思います。

聖母関連の絵で美しいものは数あれど・・・・もうひとつのお気に入りはこちら。
中世のものだそうです。


とくに、このブルーとゴールドがとても美しくて、ボッティチェッリとはまた違った神々しさをかんじてしまいます・・・・。

個人的にはこのブルー、ラピス・ラズリの色なのですが、これが気になって仕方がないので、今回はこの絵のまわりをうろちょろしていました。(笑)
ラピス・ラズリというのは、古代から不思議な力があるといわれる石ですが、ツタンカーメンにも使われていたのもこの石とゴールドですし、日本でも「瑠璃」とよばれ、確か空海が好んでいたといわれます。勿論、パワーストーンとしても人気の高い石です(笑)。人生でのレッスンをひとつひとつ優しく教えてくれるような、そんなヘルプをしてくれます。

そもそも、タロットカードなどに顕著なのですが、このラピスの青というのは、聖母の衣の色とされているようなのです。母であることはげに美しいことなのですね。(実際は、ご飯粒を髪につけて走り回るような日々らしいですが・・・・)

以前、私はアンティーク屋さんで、こともあろうかこの石を数珠につなげたロザリオ(キリスト教の教会でお祈りのときに使う、それこそお数珠のようなもの)をみつけ、人目で恋に落ちてしまい、買い求めました。今から思うと、誰がこのロザリオの玉をひとつづくくって祈りの言葉をささげたか、念をこめたかわからない代物・・・・石というのはいろんな霊とか想念とかが入りやすいそうです。

今思うとかなり怖いものですが(笑)、当時はそんなことより、綺麗だということのほうが大切でしたから、大切にしておりました。ある日のこと、ある友人がチベットからなにやらペンダントを買ってきてくれて、それにはおまじないのような文字がぎっしり書いてありました・・・ありがたかったのですが、あまりいいかんじがしなかったので怖くなってしまって・・・(とほほ)。そのとき、何故かそのロザリオと一緒に、静かに眠らせようという考えが浮かび、旅行で綺麗な水辺を訪れた際に、本当はあまりそういうことをしてはいけないのですが、きちんとお塩で清めて白いものに包んで沈めてきたことがあります・・・・

このラピスの青とオレンジという色が私にとってのなんというか、一番インパクトのある色みたいです。
最近はピンクや白が多くなってきましたが、それでももっと深いところから求める色っていうかんじですねぇ・・・ なんだか、本能的にしっくりくる、そういう色ってみながあると思うんですけど。
この色のシャツにゴールドを合わせてでかけました・・・ツタンカーメンスタイル?(爆)

今日は、リンク先として優れものの本屋さんを追加しました。
私はスピリチュアル好きの一般人ですが、自分が「本物だぁ」とおもった場合のみ関わるようにしています。スピリチュアルというくくりだと偏りが出ますが、自然派、というか、人間としての基本的な部分を押さえた、それでいて遊び心溢れる本屋さんみたいです。ご興味のある方はの覗いてみてください。5000円以上購入すると送料がサービスされるとのことです。
ちなみに、私はそちらで、なかなか手に入らない資料を譲っていただきました。

なんでもそうですけど、自分が「いいなぁ」とおもうことや人を見つけだすっていうのは楽しいですね。

それにしても、最近はなんだか自宅での自然分娩というものを体験したいという気持ちが湧いて来ています(笑)。とはいえ、簡単にやってみよう!というわけにもいかない事柄ですが・・・・
「ガイア交響曲」という番組を録音したものをある方から貸していただいて、その中でみた自然分娩というものが、と〜ってもナイスだったんで、それ以来、気持ちが強くなってきた。(笑)

それで、聖母関連の絵に強く引かれるのであろうか?
でも、あんだけお腹が膨れたら、プロポーションはもとに戻るのかが心配・・・(笑)。
やっぱり、食べ物で弾力性、若さを保つのが肝腎かもしれません。
いや、ウエストだなんだというより、そんなことより母になる喜びのほうが大きいんでしょう。

今日のご紹介、30年以上前の本なのに、今どきの本。
ヒッピーというとなにやらドラッグとかちょっと変なスピリチュアルに走ったという印象がありますが、この本はそんなんじゃない。読後感のとてもいい本。わたしも一部、実践してたりするところがあります。
地球環境に配慮した生き方は、社会のためでもなんでもなく、本当は自分のためなんだと思い知る一冊です。リンク先の本屋さんでも取り扱っているみたいですよ。

地球の上に生きる地球の上に生きる
(1972/01)
アリシア・ベイ=ローレル深町 真理子

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鎌倉に行くと、つい好きなアナゴ屋さんや、美味しいラーメン屋さんに行くのですが、次回は精進料理を味わってみようかと思います。きちんとした材料が手に入るのでしたら、自宅で試したいところです。
建長寺と鎌倉の精進料理―七百五十年受け継がれた建長けんちん汁の精神を家庭で活かす建長寺と鎌倉の精進料理―七百五十年受け継がれた建長けんちん汁の精神を家庭で活かす
(2005/09)
大本山建長寺

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