
何故か、私は今朝からこの愛しい木のことを思い出していました。
なんの気なしに写真にとっておいたことを思い出し、ファイルをみるとまだあったのでアップしてみます。見る人が見ればわかるというかんじかな・・・・?
本日は久しぶりに日曜の朝市に出かけることができました。
目的は蜂蜜と蕪。
蜂蜜は、以前「食」のコラムで朝市を書いた際に写真に撮った養蜂家の方から分けてもらっています。
今回は塩茹で小豆にのせてお善哉のようにしていただくことを考えていたので、まよわず栗(シャテニエ)の木(花)の蜂蜜にしました。小さいものを500円くらいでちょこっと頂きましたが、綿のお買い物バックをプレゼントしてくださいました。ラッキー!(笑)
蕪は鉄分をはじめとするミネラルや酵素が豊富な葉が目当てなので、鮮度が大切なため、この市場で買います。ご存知の方も多い通り、蕪の葉はその日の朝もいだものでないと色がすぐにかわってしまうのです。また、ウサギなどは蕪というと真っ先に葉を食べるそうです。これを酸味と塩のきいたドレッシングと木の実や唐辛子やにんにくやハーブと一緒に和えて頂くのです。
さて、今日は早々に市場を引き上げようとすると、私の視線をとらえるものがありました。3,4メートル先にいるある女性のしていた腕時計です。銀色で華奢なつくりで、文字盤が楕円になっているようです。いきかけたのですが、あまりにも気になったので引き返しました。
そして、立ち去ろうというその女性の腕をつついて呼び止めました。
「あの、とても素敵な腕時計をしていらっしゃっるので、どちらの時計なんですか?」
すると、彼女はアウ・・・アウ・・・というかんじで、私の顔をみてます。
様子と顔立ちそして格好からして、フランス人ではないらしいので、英語で、「あの、フランス語はお話にならない?」というと、ア・・・ンとやっているので、これは英語圏の人だと思い、「とても素敵な腕時計、どちらのお店にいったらあるのかと思って・・」というと、「あっ、これは」と、下唇を噛む。
言いたくないのか、それとも、一点もの?と思って、彼女の手元をあらためて見やると、なるほどカルティエでした。
「あ、カルティエかぁ?」というと、「イ、イエス・・・」といってうつむきがちになるので、「ありがとう、今度お店でみてみることにしますね!」といって立ち去りました。びっくりさせちゃったかも、ごめんなさいね。
カルティエというと、サントスとかタンクとかを、「あのね、カルティエなの」というかんじでしている方が多くいるのですが、あまり似合っている人みたことない。ただ、いい時計ですね、というだけ。もしくは、自分のラベル代わりに身に着けているかんじが臭うかんじで、今ひとつ。この彼女は全然そんなんじゃない。とても素敵だったんですよ、全体として。
その市場であった彼女は30代前半から中頃で、背丈は私と同じくらいかな・・・?(170センチ前後)で、太ってはいないけれど痩せてもいない・・・。履き古したジーンズにオリーブ色がかったパープルのような地味なTシャツをヨレっときていて、ライカの古いタイプのカメラを斜めにかけていました。髪はショートの黒髪ですが、寝起きのかんじ(笑)で、ノーメーク、鼻と額に大きな赤あざがあって、おそらくはスポーツか何かで転んだのでしょうね。アーチストというかんじではなかったかな、多分。
そのいでたちなのに、カルティエのドレスウォッチ。おまけに文字盤の周りにはメレダイヤが輝いていました。不思議にね、とっても素敵だったのですよ。全体としてさりげなく。
時計とシャツの色とライカのカメラに注意がいってしまって、彼女も人見知りするかんじだったので、本当にすれ違い様のような出会いだったので、それ以上、彼女についての情報を目が記憶していないというか捉えていないのですが、あぁいうあり方はとても素敵だと思ってしまいました。
自分が美しいと思う、気持ちがいいと思うものだけを持つというか、余計なことがなくて、でも最高のものを大切にする生き方というかんじがしましたね。たまにいるんですよね、こういう人達。
でもこの手の人達って、あんまり多くの人が繰り出すところにうろちょろしていないし、一見、地味なので目立たない。あぁいう楽しみ方を見てしまうと、カルティエも悪くないなぁ・・・と思っちゃいますね。
実際、誰もがあの格好にあの時計して素敵にみえないっていうのが大切な点なんでしょうけど。
ライカにカルティエの域までは行きませんが、私なりに一度気に入ると、と〜っても一途な達で、愛用の腕時計はもう15年前に購入したルクルトのみ。ど〜しても文字盤が丸くて、綺麗なステンレスとできれば18金がコンビになったベルトで、何よりも厚みが薄いものということで、限られた予算の中から探すこと1年。探してもないので、でも諦めずに出会うのを待って、みつけた時計です。たまにに友人の付き合いで行く宝石屋さんのセールのときに、片隅にひっそりとあったのがこの時計。
ちなみに、フランスに来てからも電池交換を2,3度したことがありますが、そのうち一度はメーカーのご好意で部品交換や内部洗浄と電池交換あわせて無料でしてくださったことがあります。メーカーのラボの職人さんから、「この時計をまだ大切に使ってくれている人がいるんですね」というようなコメントがついてきたこともあります。私の愛用するものは、すでに製造中止になっているもののようなのです。ここんところ、マーケティングだなんだと変わってきてしまったようで、まだヨーロッパのものづくりの心が生きているなぁと思って、嬉しかったことがあります。
逆にね、こうして教えていただいているように思うんですね、「ものを大切にする」という良識のような、もっといえば真心の価値を。
この年齢(?)になったら、ドレッシーな時計のひとつは持ったほうがいいのでしょうが、そういう場合は時計は持たないでおけばいいと思っていたほど・・・。(笑)他に目がいかなかったからです。今日、ちょっと欲しくなりましたね、華奢で出来のいいつくりの時計が。
でも、気軽にひょいっと買えるようなお値段ではなないかな、プレゼントで頂くとしたら相手は大変でしょうね、大抵の場合。(笑)
だから、凄いと思うんですよね、浮かないであの時計を日曜市場に起きぬけの髪で身に着けて素敵なんだから・・・見た目なようでいて、見た目じゃないところが素敵なんです。
そういえば、先日、「バーキンでござるぅ」という佇まいでエルメスのバーキンという型のバックを持っている人がいましたが、見ていて素敵ではありませんでした。バックに「持たせてもらってる」っていうんじゃ、あまり面白くない。カルティエも然り、ですが。
ましてや、気合いれてもつもんじゃありませんよ、臼じゃないんだから。(笑)
自然体でもてないものは、買ってまでもつもんじゃないというのが、私の私見。
本当に自分が好きなものをもつと、なんでも最小限で満ち足りる。
道徳的な意味からでなく、「足るを知る」っていうことはかなり格好いいことみたいです(笑)
今日みかけた女性もそうなのでしょうか?
とにかく、見過ごしてしまいそうなさりげなさでしたが、素敵な人でしたね。
ご自分の感覚を重視した生活、でも全然、「とんがってない」そんな佇まいでした。
あぁいうの、品があるっていうんでしょう、きっと。
自分の感性とそして物を愛でる気持ちを大切にしているっていうかんじかなぁ。
美しい(容姿云々とかではなくて)って大切な要素ですね。美人・美男って飽きるけど(本当)、生き方とか佇まいの綺麗なというか素敵な人って飽きませんものね。
向田邦子さんはとてもエレガントな方だったんだそうです。
日本でOLをしていた頃、赤坂見附にある彼女の姉妹がなさっているお店によく、さつまいものレモン煮というのがたべたくて通っていました。現在は、勿論、自分で煮ます。(笑)