パリで私にとって面白い場所があります。
セーヌからルーブルに入るときの見事な門があるのですが、この門を通るときに疑問を空になげかけると、なんらかの形で答えてくれるのです。

先日、気持ちの良い朝、ルーブル美術館の近所を歩いていました。
そして、「あぁ、なんて美しい門なのか」とあらためて感激しながら、その日は洋服を試着しにいくところでしたから、「美しくて、豊かなものに人生で恵まれますように」と、門をみながら橋を渡るろうと橋も中央にさしかかったとき、数メートル前の路上に光るものがありました。
「おやっ?」と思うと、すぐさま脇にいた女性がそれを拾い上げました。
そのまま歩いていくと、彼女が胸に両手をあてたまま、私をみつめています。
そして、「どうしたらいいのか・・・」というようなとまどいの表情で、私に大きな金の指輪を差し出します。先ほど、路上で光っていたのはこの大きな金の指輪だったのでしょう。
小柄な50代後半から60代の女性で、こじんまりとした、質素なみなりをしています。
「あなたに、あげます・・・」と話してきます。
そこで、「あなたがみつけた指輪なので、私には関係ないですよ、ご自由に」と通り過ぎかけると、「あの・・」というかんじで追っかけてきて、「私の宗教上の掟で装飾品は一切、みにつけてはいけないことになっているのです・・・」といいます。
そして、自分の指に指輪をはめてみますが、どれも大きすぎます。
そして、「この通り、私には不要なものですから、あなたに差し上げます。あなたは幸運をみつけました、祝福します」といいます。
だいたい、その大きな指輪が本物かどうかさえわかりません。
怪訝な顔をすると、指輪を私の顔にもってきて、「ほら、裏に刻印が入っています・・・」みると、確かに18Kの刻印が入っていて、重さやかんじからして18Kに間違いはなさそうです。
そこで、私の指に合わせてみましたが、男性ものなのでどれも大きすぎます。
「いらないわ、私は自分の指輪を持っているし、それに大きすぎるから」
と、いうと、その女性は、「私は宗教で禁じられているので、所有することすらできません」といいます。
そこで、私は友人のことを考えました。
彼はイニシアルの入った大きな金の指輪をしていて、ボリューム的におなじようなかんじだなぁ、などと思い始めていました。
もしかしたら、この指輪を気に入るかもしれません・・・・。
その見事なボリュームの刻印の入った指輪をみて、「そうねぇ、そういわれてみれば、まんざらでもない申し出かなぁ」と思いました。
これが、俗に言う、「欲」、「色気を出す」、「魔がさす」というやつです。
本来なら興味をもたないどころか、「変だ」と思って関心をしめさない事柄なのですが、気分がよく、思っても見ないときにこういうことに遭遇すると、人間は楽観的を通り越して「欲」さえでてくるのです・・
「あなたに、差し上げます」と、その女性は私に差し出します。
どうしよう、という表情をみてとったのか、すかさずこう付け足します。
「その代わり、少しでもお金をいただけないでしょうか?私は2日間、何も食べていないのです・・・いくらでもかまいませんから」といいます。
「そら、来た」と思いました。
そこで、「この指輪を売れば、食べることができるでしょう、そうしたらいいのです」と言いました。
「私は不法な移民です。ですから、身分証明ができないので換金することができないのです・・、家政婦や掃除の仕事をしようにも、許可書がないので働くことができません。いくらでも、小銭でかまわないので、何か食べるものが買えるだけのお金をください」といいます。
質素なみなりながら、汚くはなく、物乞いでありながら、あまり変な「ぎたぎた」しいかんじもしません・・・そこで、「どこの国から来たのですか?」というと、ボスニアからきたという。
私のお財布をみると、10ユーロ紙幣が3枚入っていました。
1枚紙幣を取り出して渡すと、胸のところで左手にぎゅっとにぎりしめて、「ありがとう、ありがとう、あなたの幸運を祈ります」とおじぎをします。
そこで、「でも、あなた、これを換金してくれる友人はいないのですか?何倍ものお金を手にすることができるとおもいます・・・。だから、私はやはりいりません」と、いって、彼女の手から除く紙幣をつまんでとりあげました。
すると、困った表情になって、「いいんです、いくらでも、これだけあれば食べることができます」といいます・・・。もうかれこれ、5分近くこんなことをやっています・・・・私は10ユーロを彼女に戻しました。
すると、彼女は「この金の指輪はあなたに幸運をもたらします、あなたの幸せを祈ります」といって、何度もおじぎをしながら去っていきました。
「?」
友人にこの指輪をみせると、にやりと笑って、「ひっかかったね、いんちきに、おそらくは盗品だよ」といいます。「それに、自分の指輪が気に入っているからいらないよ、とっておきなさい、本当に18Kみたいだからね」といいます。盗品で換金できないものを、仕方ないからこうして小銭に替えるんだそうです・・・・。とはいっても、1ユーロでは手放さないだろうということ。
実は、私の友人は3年前に同じ手口でまんまと20ユーロせしめられたんだそうです。
フランス人でかなり普段から用心深い性格の、この友人でさえひっかかったということに驚きました。
「君はまだ、半額が損害額でしょ、まだましだよ」といって、「変わりにお昼をご馳走してあげるから、早く忘れることだね」とケラケラと笑っています・・・・・
その日は夜まで、嫌な気分でした。
だまされた自分に腹がたつからです。
あれから1週間がたちます。
もんだいの指輪は私のお財布の中で眠っています。
もう二度と、あぁいうことはしない、ひっかからない、と決意しましたが、一方、あの女性は本当に私の祝福を願ってくれたような気がしたからです。10ユーロで18金の小さな塊を金運上昇に買ったと思うことにしました。
被害の規模にもよりますが、起きてしまったことに腹をたてたり、悔やんだりしてもなにもなりませんからね・・・・それに嘘や悪意しかないような中に、キラリとひかる何かがみえたような気がしたもんですから・・・。
あの後、彼女は何か食べたんでしょうか?
人によると、組織的な犯罪だから、案外普通の人よりもお金をごっそりもっているんじゃないかという人もいます。
それにしても、思ってみないときにやってくるもんですね。
人間万事塞翁が馬。