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つばきりゅう

Author:つばきりゅう
なんかその都度「?」と感じた一見関連性のない細かいことが最終的に大きな像を結ぶ。そんな観点から幸せを実現していきたいという気持ちからはじめたサイト。よろしくお願いします。

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2008年11月30日 何が自分の真実か?


パリは寒い寒い日が続いていますが、こうじゃないと逆に物足りなくなってきたのは、紛れもなく数年来ホメオパシーと食事を変えたお陰で冷え性体質とおさらばしたので、寒い季節を楽しむ余裕がでてきたということらしいです。防寒帽子に頭を包んだ人をたくさんみかけます。
パリはクリスマスのイリュミネーションが本当に美しい季節となっております。

昨日、友人とヌイイの知人宅に招かれ、「シャン(シャンゼリゼのことです)を通っていこうよ!」ということで、まるで宝石箱のようなきらびやかなシャンゼリゼ通りの渋滞に参加したのであります。
ブルーとシルバーを散りばめた、まるで冬の女王様といったかんじのおめかしシャンでした。(笑)



並木のひとつひとつが青と白のライトがまるで氷のつららを光が伝うようなかんじでライトアップされていて、実物は本当に綺麗です。シャンゼリゼがあまり好きじゃない私も、車で夜に通り抜けるとき、流石「パリ」だといつも思います・・・・この季節はまるでリドの舞台のように華やかです。

ちなみに、私の好きな言葉のひとつに「真実」というのがあります。
英語でいうと「Truth」、フランス語というより、こんほうが魂にすと〜んと入ってくるかんじがします。
「Faith」というのもとても美しい言葉。
綺麗なものをみていると、それが自然であれ、芸術であれ、こういった日常の一こまであれ、理由なく「綺麗だなぁ」という心の片隅に、毎回、そういう自分を喜びの瞳でみつめているもう一人の自分がいるような気がします。

あの美しさの裏にはこういうことがあるとか、道徳的に良いとか悪いとか、こうあるべきとか、そういうフィルターをかけずに、その一瞬だけ目を見張ってみる。そのときの感動している自分というのが本来の生まれてきた理由を体現しているんだという気もしています。

世の中は綺麗なことばかりではありませんが、嫌なことばかりでもありません。
「わぁ〜」と目をみひらいて喜ぶ瞬間、それが身体に悪いファストフードをみたときの子供の状態だったり、動物を犠牲にして作った高価な毛皮のコートの感触だったり、道徳的にも自分の価値観的にも「許されない」ことであったとしても、瞳を見開いて喜ぶ瞬間は、その人にとっての真実なんだろうと思います。いろいろな意味でレベルの高低はあるかもしれません、でも、自分が子供のように喜ぶ瞬間というのを意識しながら、それを人生経験や何かのインスピレーションにより自分を高めることで、宇宙の「真実」に近づけていけたらいなぁ・・・などと思うのであります。

三島由紀夫は「美とは力」と何かの作品で定義されていましたが、そんなことを思い出したシャンゼリゼの夜でした。

知とか判断が介入しない、単純に「わぁ〜」っていうの、いつもそればかりでも進歩がないように思えますが、「心がゆすぶられる瞬間」、これぞ私の真実だと改めて思いました。



皆さんの真実とはなんですか?

ジャズミュージシャンの中でも、この人にピアノはときとして、魂が喜ぶ音色があります。
彼の魂の光をノートのはざまに垣間見るからなんでしょうか?

このCDの一曲目のLooking Up、朝一番にお茶を頂きながらきくと、静かな元気が湧いてきます。
これはドイツでのライブのものですが、日本でのライブCDも出ているようです。
彼のBeautiful Loveという曲を始めて効いたとき、涙がでたことを覚えています。
瞳が輝く、感動して涙がでる、嬉しくてしかたない、こんなとき、真実に近いところに自分の魂があるんでしょうね。

ソロ・ライヴソロ・ライヴ
(1998/11/18)
ミシェル・ペトルチアーニ

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2008年11月23日 たわいなく笑う・悲しみの豚?

パリは雪が降っています。
日曜恒例の有機市場のおなじみのスタンドの皆さんもかなり寒そうです。
今週は特に日本人の観光客の方が訪れているのが目立ちました。

日曜のお昼というと、フランスの伝統に従えば、しっかりと美味しいものをいただくというかんじ。
本日は自家製の鳥の丸焼きというのを、農家の方からかって、鳥の焼き汁と野菜をジャガイモとアンディーブ(日本ではチコリとして知られています)と一緒に煮込んで、心も身体もほっかほかのお昼となりました。
デザートは、豚のチョコレート詰め。
ちょっとぼけてますが、可愛いピンクマジパンの豚の中身はしっかりとチョコレートが詰まっていました。豚ものって、金運上昇にいいとか、なにより、可愛くて微笑ましい。


ご存知の方も多い通り、自分の生活のちょっとしたところに、少し間が抜けたようなかんじになるかもしれませんが、子供っぽい遊び心というかプッと噴出してしまうようなかわいらしさをあしらうのは、精神衛生上いいとのことです。全面、子供っぽいというのは個人的には敬遠してしまいますが、ちょっとした生活の端々で、拍子抜けするほどほっとするようなかわいらしいアクセントは、それこそインナーチャイルドをケアするためにも大切です。

インナーチャイルドというのは、ご存知の方も多いですが、自分の中にいる子供です。
この子をきちんとケアしてあげないと、実生活で病気や体の不調に悩まされたり、性格的に人間関係に問題をきたしたり、実生活で幸せを妨げる要因となります。自分に優しくすると同時に、無意識のレベルでも何かしら発信されているメッセージがあるんじゃないかと、気を使ってみましょう・・・・健康状態や、人間関係、仕事の状況、財政状況、全てをひっくるめて自分の人生でひっかかる部分があるとしたら、この子が原因の場合が多いといいますから・・・。

特に、自分に甘すぎる人、また自分に厳しすぎる人、人やものに依存しすぎる人、自分をゆだねられない人、暴力的な人、なにかと思うようにいかない人、なんていうのはとくに自分で意識しないでインナーチャイルドが暴れていたり泣いていたりする場合があるんですって。

子供っぽいモチーフが嫌いな人も、たまには可愛い御菓子で自分の中の手のかかる子供を喜ばせてあげましょう。簡単なことですが、たわいなく、無邪気に笑うことができるというのは、大変、素敵なことです。

そういえば、今回のこの豚の御菓子にちょっとしたエピソードがあります。
昨晩、私は友人に「悲しみ」(顕在意識ならびに無意識、本人に関わることまたは家系にかかわるレベルまで)を癒すというホメオパシーのレメディーを処方しました・・・・夜間にぐっしょり汗をかいて、翌日にデザートにと買ってきたのがこの豚の御菓子。ちなみに、熱があるわけでも室温が異常に高いわけども運動をしたわけでもないのに魚のように汗をかくというのは、「涙を流す」代償行為ともいいます。彼は、肉親の死というのを何度も乗り越えていますが、その都度自分がしきる立場にいたりしたこともあり、思うように泣けなかったのかもしれません。また、豚というのは「悲しみ」を表すともいいます。ピンクは、ご承知の通り緑とともに、ハートの色です・・・心からの深い悲しみが、秘められていた心の底から表現されたのかもしれません。
心の傷やひっかかりは、表現されてはじめて癒されます。
友人の中の悲しさがこうして「成仏」したのかもしれないと、私はひそかに観察しています。

そういえば昨日、新しく食器類を新調したのですが、そのお店の戸棚になんだかわからないけど小さい豚がいました。あまりに可愛いので「それは何か?」とたずねると、これまでに日本人のお客さんが2組この塩コショウ入れの小さな豚を買っていったんだそうです・・・日本人は子豚がすきなのでしょうか?豚づいています・・・なんだか。(笑)

すでに読んだことのあるようなことですが、またハワイの英知とか、違う切り口で呼んでみるのもいいかもしれません。人にたいする自分の行動ではなく、まず第一に自分に対して自分が失礼していないか、愛と感謝をもって接しているか、これって本当、常に意識すべきです。

自分を愛せない人間は本当に人を愛せない。
こういう人は国籍を問わず、母国語を問わず、私の周りに多いです。
これが、全ての主題だといいます、私も同感です。
この本はそれについて実際に何を心得るべきかを書いています。

ハワイに伝わる癒しの秘法 みんなが幸せになるホ・オポノポノ 神聖なる知能が導く、心の平和のための苦悩の手放し方ハワイに伝わる癒しの秘法 みんなが幸せになるホ・オポノポノ 神聖なる知能が導く、心の平和のための苦悩の手放し方
(2008/09/30)
イハレアカラ・ヒューレン

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2008年11月22日 怒ると花束がくる不思議

人間誰しも、気持ちよく生活しようとおもっていても、そのために多大な努力を強いられるという瞬間があります・・・・これって魂的に軽快さがまだたりないとか、人間できてないとか、いろいろいわれますが、生きている以上、こういうことは避けられない。

例えば、ある部分でかなり自分をコントロールして怒らないようにしたり、気にしないようにしたりしていて、かな自分でも「巧く生きている」と鼻歌のひとつもでそうになったのもほんの一瞬、むかっとする事実に出くわしたり、とばちりで人から攻撃をうけたり、それとも精神的には巧くコントロールしている「つもり」が物質的なレベルではNGのままなんで、結局はイライラや怒り、落ち込みなんていう状態に陥ってしまったりして・・・

先日、かなりきつい状態のなか、モラルだけは保ってなんとかしのぐという日々が続いていましたが、自分ではかなりよくコントロールできていると思ったのもつかの間、そんな私の生活につきあわされている友人が爆発。かなり疲れていたり、自分でも不本意だと思い始めていたため、その怒りを上回る勢いでこちらも爆発。あまりに私の爆発エネルギーが大きいため、喧嘩にもならないというすごい大魔神の立ち回り(笑)状態となりました。

翌日、家に帰ると私をまっていたのはこの花束でした。

人間、いらぬ我慢をして「いい人」「できた人」でいることには日ごろから反対の私です。
ベースは正直さだと思っています。人様に対してというより、自分にです。

怒るということは、ちょっとまともな考え方をすると、非常に残念なことです。
自分の心の中にとても綺麗な庭があるとしたら、それを爆弾や草かり木、土足なんかでめちゃくちゃに荒らしてしまうようなことになりかねません。

暗くて、悲しいというのは、水をやりすぎて草花の根を腐らしたり、逆に水を与えずに干からびさせたり、または太陽の恵みを与えないような、そんなことを自分の「秘密の庭」にしてしまうことなんだと、最近は思うようにしています。

しかし、自論ですが、怒ることの罪を認識して怒るというのはいたしかたない場合、道を開くことがあります。
まるで、山道を走行中、大きな落石により道が塞がれたのを爆破により開通するような、または豪雨が雷とともにやってきて、それにより大気の汚れなどをすっかり洗い流してくれるような、そんな効果があったりします。

人間は自分の頭の中で生きてしまう傾向があります。
「箱男」という小説がありましたけど・・・(笑)。人間はそれぞれ頭にすっぽり「自分の世界・常識」などという箱庭のようなものをかぶって生きているという意味です。
同じ傾倒の箱庭に住んでいるもの同士では問題ないのですが、これが例えばイギリスの庭園風、中国の水墨画風、南国の島風とか、まるっきり違うと同じ規範や条件で行動していたとしても、全然、違う自覚で生きているということになります。

怒りの状況、本人の自覚にもよりますが、自分では反射的に怒ったような、ただの感情の爆発であったとしても、まるで突貫工事のように自分に庭にある大きな邪魔ものの岩や、他人の庭にあるぐじぐじとした毒沼のようなものをば〜んとはじきとばすような、そんな効果を生む「人間万事塞翁が馬」的な怒りの爆発っていうのもあるみたいです。

謙虚に考えると、自分の人生に起きる全てに自分の幸せ、すなわち真実を得るための鍵が隠されているように思えます。

怒った後はくれぐれも、自分と相手に心の中で「ごめんなさい」と言っておきましょう。
怒りの後遺症を防ぐことができます。

「人間万事、塞翁が馬」そんなメッセージを体現する赤い薔薇たちでした。

箱男 (新潮文庫)箱男 (新潮文庫)
(1982/10)
安部 公房

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赤い薔薇というと、この人の曲が浮かびます。
ヨーヨー・マ・プレイズ・ピアソラヨーヨー・マ・プレイズ・ピアソラ
(2004/11/17)
ヨーヨー・マ

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2008年9月30日 いんちき家の祝福

パリで私にとって面白い場所があります。
セーヌからルーブルに入るときの見事な門があるのですが、この門を通るときに疑問を空になげかけると、なんらかの形で答えてくれるのです。



先日、気持ちの良い朝、ルーブル美術館の近所を歩いていました。
そして、「あぁ、なんて美しい門なのか」とあらためて感激しながら、その日は洋服を試着しにいくところでしたから、「美しくて、豊かなものに人生で恵まれますように」と、門をみながら橋を渡るろうと橋も中央にさしかかったとき、数メートル前の路上に光るものがありました。
「おやっ?」と思うと、すぐさま脇にいた女性がそれを拾い上げました。
そのまま歩いていくと、彼女が胸に両手をあてたまま、私をみつめています。
そして、「どうしたらいいのか・・・」というようなとまどいの表情で、私に大きな金の指輪を差し出します。先ほど、路上で光っていたのはこの大きな金の指輪だったのでしょう。
小柄な50代後半から60代の女性で、こじんまりとした、質素なみなりをしています。
「あなたに、あげます・・・」と話してきます。
そこで、「あなたがみつけた指輪なので、私には関係ないですよ、ご自由に」と通り過ぎかけると、「あの・・」というかんじで追っかけてきて、「私の宗教上の掟で装飾品は一切、みにつけてはいけないことになっているのです・・・」といいます。
そして、自分の指に指輪をはめてみますが、どれも大きすぎます。
そして、「この通り、私には不要なものですから、あなたに差し上げます。あなたは幸運をみつけました、祝福します」といいます。

だいたい、その大きな指輪が本物かどうかさえわかりません。
怪訝な顔をすると、指輪を私の顔にもってきて、「ほら、裏に刻印が入っています・・・」みると、確かに18Kの刻印が入っていて、重さやかんじからして18Kに間違いはなさそうです。
そこで、私の指に合わせてみましたが、男性ものなのでどれも大きすぎます。
「いらないわ、私は自分の指輪を持っているし、それに大きすぎるから」
と、いうと、その女性は、「私は宗教で禁じられているので、所有することすらできません」といいます。
そこで、私は友人のことを考えました。
彼はイニシアルの入った大きな金の指輪をしていて、ボリューム的におなじようなかんじだなぁ、などと思い始めていました。
もしかしたら、この指輪を気に入るかもしれません・・・・。

その見事なボリュームの刻印の入った指輪をみて、「そうねぇ、そういわれてみれば、まんざらでもない申し出かなぁ」と思いました。

これが、俗に言う、「欲」、「色気を出す」、「魔がさす」というやつです。
本来なら興味をもたないどころか、「変だ」と思って関心をしめさない事柄なのですが、気分がよく、思っても見ないときにこういうことに遭遇すると、人間は楽観的を通り越して「欲」さえでてくるのです・・

「あなたに、差し上げます」と、その女性は私に差し出します。
どうしよう、という表情をみてとったのか、すかさずこう付け足します。
「その代わり、少しでもお金をいただけないでしょうか?私は2日間、何も食べていないのです・・・いくらでもかまいませんから」といいます。
「そら、来た」と思いました。

そこで、「この指輪を売れば、食べることができるでしょう、そうしたらいいのです」と言いました。
「私は不法な移民です。ですから、身分証明ができないので換金することができないのです・・、家政婦や掃除の仕事をしようにも、許可書がないので働くことができません。いくらでも、小銭でかまわないので、何か食べるものが買えるだけのお金をください」といいます。
質素なみなりながら、汚くはなく、物乞いでありながら、あまり変な「ぎたぎた」しいかんじもしません・・・そこで、「どこの国から来たのですか?」というと、ボスニアからきたという。

私のお財布をみると、10ユーロ紙幣が3枚入っていました。
1枚紙幣を取り出して渡すと、胸のところで左手にぎゅっとにぎりしめて、「ありがとう、ありがとう、あなたの幸運を祈ります」とおじぎをします。
そこで、「でも、あなた、これを換金してくれる友人はいないのですか?何倍ものお金を手にすることができるとおもいます・・・。だから、私はやはりいりません」と、いって、彼女の手から除く紙幣をつまんでとりあげました。

すると、困った表情になって、「いいんです、いくらでも、これだけあれば食べることができます」といいます・・・。もうかれこれ、5分近くこんなことをやっています・・・・私は10ユーロを彼女に戻しました。
すると、彼女は「この金の指輪はあなたに幸運をもたらします、あなたの幸せを祈ります」といって、何度もおじぎをしながら去っていきました。

「?」

友人にこの指輪をみせると、にやりと笑って、「ひっかかったね、いんちきに、おそらくは盗品だよ」といいます。「それに、自分の指輪が気に入っているからいらないよ、とっておきなさい、本当に18Kみたいだからね」といいます。盗品で換金できないものを、仕方ないからこうして小銭に替えるんだそうです・・・・。とはいっても、1ユーロでは手放さないだろうということ。
実は、私の友人は3年前に同じ手口でまんまと20ユーロせしめられたんだそうです。
フランス人でかなり普段から用心深い性格の、この友人でさえひっかかったということに驚きました。
「君はまだ、半額が損害額でしょ、まだましだよ」といって、「変わりにお昼をご馳走してあげるから、早く忘れることだね」とケラケラと笑っています・・・・・

その日は夜まで、嫌な気分でした。
だまされた自分に腹がたつからです。

あれから1週間がたちます。
もんだいの指輪は私のお財布の中で眠っています。
もう二度と、あぁいうことはしない、ひっかからない、と決意しましたが、一方、あの女性は本当に私の祝福を願ってくれたような気がしたからです。10ユーロで18金の小さな塊を金運上昇に買ったと思うことにしました。

被害の規模にもよりますが、起きてしまったことに腹をたてたり、悔やんだりしてもなにもなりませんからね・・・・それに嘘や悪意しかないような中に、キラリとひかる何かがみえたような気がしたもんですから・・・。

あの後、彼女は何か食べたんでしょうか?
人によると、組織的な犯罪だから、案外普通の人よりもお金をごっそりもっているんじゃないかという人もいます。

それにしても、思ってみないときにやってくるもんですね。
人間万事塞翁が馬。

「気づき」の幸せ「気づき」の幸せ
(2007/05/09)
木村 藤子

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2008年9月22日 感情のエネルギー・・・・ 北欧的色づかいで・・・



こちらの絵はスウェーデンを代表する現代画家、Bengt Karl Erik Lindströmの油絵。1925年にスウェーデンに生まれ、今年の1月にスウェーデンで亡くなっています。

この絵をみたときに、最初はなんだか判らずに、ただ「コスタヴォーダ」というスウェーデンのガラスメーカーの製品を思い出していました。紛れもなく、スウェーデンしている色使い、形です。(笑)ご覧の通り、とても迫力のある作品で、面白いことにこの絵の値段を尋ねる人は何故か、たいていアングロサクソンもしくは北ヨーロッパの男性。

リンドストロム自身はストックホルムをはじめ、コペンハーゲン、シカゴ、パリなどで学び、パリではとくにフェルナン・レジェーやアンドレ・ローンなどのもとで絵を勉強し、フランスにもファンが多いとききます。

この絵をみても判るとおり、彼は動物や人間などのわめく姿、吼える姿、大笑いする姿、怒る姿などを描いています。原始的なワイルドなエネルギー、そしてヴァイキングや北欧の神話などにインスピレーションを受け、人間や動物の激昂するエネルギー、噴出する感情などの光景を鋭いコントラストの色づかいで、描いています・・・・すごい迫力があるけれど、見るものを傷つけない、感情のうねりに惹かれながらもまるきり観察者としての視点を保った、ある意味内向的な北欧人の特徴を非常に強く感じます・・・・

個人的に北欧に傾倒していた時期がありましたが、まさに、この宇宙人的な感性、ラテンにも日本にもアジアにもアフリカにもみられない、独特の「星の静謐さ」みたいな心、気持ち、そんなものを北欧の芸術作品に私は感じています。

また、彼はコブラ・グループの一員としてもしられています。
これは第二次世界大戦後に1948年にアジェ・ヨーン、コルネイユ、カレル・アペルなどのアーチストを中心に結成された、北欧やベネルクス諸国を中心におきた、パリを主な舞台とする芸術前衛運動。コペンハーゲン、ブリュッセル、アムステルダムのはじめの音をとって、COBRAと名づけられたそうです。

激しい色を激しい筆遣いで、歪めた肉体や対象などを描くことで、激しい感情を表現していこうという動きで、その前に起きたシュール・レアリズムの批判として起きているとのこと。
ただ、それでいて決して殺伐とせずに美的なかんじを強く受けるものです。

これは、「アウトサイダー・アート」と呼ばれる、もともとはフランスのアーチスト、ジャン・デュブュフェが「生の芸術」と名づけた「Art Brut」と呼ばれるカテゴリーにも関連するそうです。
このアウトサイダー・アートというのは知的障害者、子供、そして世の中で認められない「アウトサイダー」の作品を一般的に指していますが、言葉の定義上で、人権問題などに抵触するおそれもあるみたいです。

それこそ、知性や洗練、技巧というよりはむしろ「感情の爆発・吐露」などというエネルギーをそのままキャンバスに写しこんだような作品とでもいいましょうか・・・・個人的にはかなり面白いと思っていますけど・・・・。この絵も、凄いエネルギーを放っています。

認知度の高いデュブュフェ、彼自身がArt Informel (アンフォルメル・形のない芸術)の先駆者として知られています。これは、コブラグループに比べるともっと、生々しく、不快感を覚えるものさえあるほど。ジャン・フォートリエ、ヴォリュスなどのアーチストの手により、当時、第二次世界大戦のトラウマがある意味、芸術運動としてとびだしてきたというかんじ・・・傷ついたり、捻じ曲げられたり、切り取られたりした人体を激しくキャンバスに描きなぐるような、そんな風潮・・・

ただの残虐性の表現というよりは、それを間のあたりにすることででてくる悲しみや怒りなんていうのもの、人間としての健全な怒りをかんじます。

個人的には、寝室にはかざりたくないタイプの絵です(笑)。

ちなみに、アメリカでは「アクション・ペインティング」という運動がおきました。かなり美的というよりは激しさ・・・抽象画による感情・激情の表現っていうかんじです・・・。表現する行為そのものに意味があるというかんじでしょうか・・・・
日本にも1950年代にこの運動は持ち込まれているそうですが、日本では日本独自の感性なんかとあいまって「日本のアンフォルメル」として、逆輸出されることになったそうです。詳しくは、いろいろと検索してみてください。

個人的には、今回ご紹介するリンドストロームくらいでいいかんじです・・・・デュブフェは世界中で人気の高いアーチストですが、ものによっては暗くて思いものをかんじたことがあって、観るときには結構、超メジャーなアーチストなのに自分の状態に気をつける作家の一人だったりします。

音楽や「匂い」もそうですが、色というのも凄い「感情的」なもんですね。
たまには、こういう感情の海に「芸術鑑賞」という形でどっぷりひたってみるのもいいかもしれません。

日常では、なんだか優しくて、シンプルで・・・というかんじの北欧をちょこっと味わうのがいいかもしれません。
のどか〜。(笑)
和のアルファベットスタイル―日本の器と北欧のデザイン和のアルファベットスタイル―日本の器と北欧のデザイン
(2001/10)
堀井 和子

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