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つばきりゅう

Author:つばきりゅう
なんかその都度「?」と感じた一見関連性のない細かいことが最終的に大きな像を結ぶ。そんな観点から幸せを実現していきたいという気持ちからはじめたサイト。よろしくお願いします。

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2008年3月24日 戦う人達

今日はイースター・マンデーで欧米社会は休日モード。
子連れでヴァカンスに出ていなければ、たいていパリでは寝坊して散歩するというかん
じの人が多いかもしれません。

2008年3月21日、すなわち聖金曜日、グッドフライデイの空の写真があったのでアップ
しておきます。私、これもかなり凄いと思うんですけど・・・・なんだかよくわからないけど。

瞑想が得意な人とか霊感の強い人とかそういったスピリチュアル系では、秋分の日もしく
はこのグッドフライデイから数日間は天から特別なパワーを得られるといわれています。

何かの本で読みましたが、脳下垂体などの内分泌系の中枢もこの期間の自然光(太陽光
や月光)を浴びると、非常に助けられるんだそうです。




また、先週みたマトリックス3部作をみてみようと思います。
娯楽映画としてみると飽きてしまうのですが、ご存知の方も多い通り、作った人がもともと
システム開発者でかつ、ポストモダンなどを愛読しているだけあって、彼らがどうこの世界
を描こうとしていたのかしらと興味がわいてきてます・・・おそまきながら。
一度観たくらいでは、いろんな細工やストーリーのつくりがなかなかみえてこないの。

世の中で当時喧伝されていたような単なるSFアクションものでも、機械文明対人間の
戦いを描いたものではないようです。本当に作り手が描きたかった部分はおそらく観客
はおろか出演者の半分も理解できていないのかも・・・と思えてきます。
どうなんでしょうか?

この映画が出た当時はまだまだ、ヴァーチャルリアリティだとかAI(人工知能)だとかいう
言葉が巷でパワーをもっていたかもしれません・・・・今はもう、誰でもが自宅でPCを接続
すれば「済む」ことで、ヴァーチャルだなんだと意識せずにもお茶の間にいろんなリアリティ
がなだれ込んできてます・・・。
私のような素人がこういう世相の中、10年遅れて(?)この映画をみるというのは、結構
当時だったらわからなかったメッセージを見るのにはいいタイミングだったとおもいます。
ましてや、今年になってレヴィ・ストラウスをぐ〜っと読んでみよう!と思ったので、そうい
った意味でも結構楽しんでいます。

マトリックスの派手な戦闘シーンみてても、アメリカの選挙のニュースとかをみてても思う
んですけど、やっぱり「戦う」発想から人類ってなかなか抜け出せないんでしょうか?
実際は、何と戦っているのかなぁ?と思ってしまう私は結構、実世界とズレてきているの
かしら?
人間、多少暢気くらいがいいと思うんですけど、これ維持できるのって結構ついてんの
かも・・・人にいわれるとそう思う。
ねぇ。

2008年3月22日 復活祭に映画はいかが? 「マトリックス」と「キリストの受難」

空の写真を毎日アップしようというはずが、なんだかんだと今日までのびのびになって
しまいましたが、無事に冬から春へと季節が移ろうときの太陽のパワーのようなものを
みなさんにご覧いただきましょう!




ちなみに、この数分前は霰(あられ)の嵐でした。
漫画みたいな天気です。

昨日は英語でいうグッドフライデイ。(God’s FridayからGood Fridayになったとのこと)
すなわち、キリストがゴルゴダの丘で処刑された日です。

家の近所のムフタール広場にある教会では全ての扉を開け放ち、街頭演説のように
マイクロフォンを使ってのミサを行い賛美歌を斉唱していました。
その後は、大きな木の十字架を背負った人に続いて一般の人がこの坂道になった商
店街を行列になって歩きます。200人以上はいたと思います・・・・あの狭い通りの入り口
で・・・苺を買おうとした私も一足遅ければ、足止めを食いそうでした。(不謹慎かしら?)

未だに、「キリストの受難」を描いたメル・ギブソンの映画を思い出して、震えがきます。
あの映画をみてから、私は世界観というか、とにかくキリスト教に対する考え方が変
わったというか、何かと理解が深くなりました・・・。フランス人はあの映画を「ひどい」
といいますが、たいていの場合は「本当にあったこと」だと付け加えます。

しかし、フランス人(だけではないですが)を間近でみていると思うのですが、あの頃の
過ちを日常で再現するんですね、それでいて何かあると懺悔したりしている・・・・
はじめからどうして、ことの顛末を見越して行動しないのかと、私はいつも不思議で
す(笑)。逆に、見越しているとこちらの人とソリがあわない。
一緒に無駄なことやある意味愚かな部分を付き合うことで、上手く調子をあわせること
もできる・・・けれども、そういうことばかりしていても何も発展しない。
やはり堂々巡り。結局、社会自体がグルグルとみんなで円を描くように「牛歩」的な歩
み方をしているというかんじです。

これはフランス人を批判しているわけではないです。
単なる感想です。(キッパリ)

国によっていろんな国民性みたいなのってあると思うんですけど、フランス人という
のは(良くも)悪くも「出口」のないところで回っているという感じがします。
日本もどこもそうやってグルグルとなにかの周りを回ってお茶を濁してきたのかもし
れません・・・けど、なんだか最近、例えばサブプライムローン問題あたりからそう
いうやり方が回らなくなっているような気がします。世界のあちこちで。

このキリストの受難の行進のデモをみて、そんなふうに思いました。
知性(智)万能主義のフランス人であっても、個人的にはだいたいここいらへんが人間
としての原点になっているようですから、いずれにしてもある意味、あのメルギブの映画
でキリスト教を体感しておくことは無駄ではないと思いました。
ただ、観るのはシンドイ映画。

本当、クリスマスよりキリスト教の何たるかがよくわかるのがこのパック(フランス語で
イースターのこと)です。今朝、ブラジルの友人からは「パスクア(ポルトガル語でイース
ターのこと)に友人全員の幸せを祈念する」というメールが届いていました。

そして、いよいよ明日はイースターです。
ご存知の方も多い通り、イースター(日本語で復活祭)は春分の日の後の次の満月後の
日曜日で、今年は3月23日。オーソドックスでは暦が違うので今年は4月の第四日曜日
になります。明日の市場はやっていますが、月曜日はイースターマンデーまたはパックの
月曜日ということで、ヨーロッパなどは特にほとんど働く人はいません(最近は多少、事情
が違うようですが)。

イースターというとうさぎ(多産、繁栄)や卵(復活)や魚(キリストをあらわす)の形をした
チョコレートなどを飾ったり、子供のいる人は「卵探し」のイベントに参加したりしますが、
普通のフランス人は家で(主に肉食の)ご馳走やチョコレートや焼き菓子などを食べたり、
たいていは大きな子供がいる家庭は家族でスキーにいったりしています。

また、ちょっと今撮ったのをアップしてみましょう。




パリの空はなんだかとても忙しそうなのですよ、この時間帯。

このメルギブの映画を思い出したのと同時に、突然、以前流行ったという「マトリックス」
という映画を観ることになりました。観終わって、イースターの時期にこの映画をみ
るというのも非常に面白いめぐり合わせだなぁと思いました。(実は宗教的な話だった?)

イースターの週末に期せずして、この2本(マトリックスは3部作ですが)
の異なるようで実は「キリストつながり」の映画について考えることになったのも、天の思し
召しかもしれません。(笑)

さて、また撮ってみました。
ここ30分以内に同じところから撮った空とは思えないほどの変わりようでしょう?
紫がやさしい雲の色です。




と、思うのもつかの間、雨雲が凄い量で押し寄せて、またヒトアラレきそうです。
ものすごい春にむけてのクレンジングが天上で起こっているような、そんな感じのする
ここんところのパリの天気です。

雨雲、黒雲が晴れたら、もうピッカピカの春が来ます。

2008年3月18日 空からのメッセージ




春分の日まであともう2日を数えるところにきました。
日差しは明るいのに寒いっ。

ご存知の通り、春分の日を境に日中の時間が長くなっていくので、現在はその「境」
にむけて天気も進行中ということで、春分の日までは特に気をつけて空ウッチャーに
なりたいと思いますので、空をみるのが好きな方はお楽しみに。

空をみていると結構、つまらないことがつまらなく益々思えてくるので、「つまらない
こと」に縛られたり影響されやすい時は何もいわずに天を仰ぎ見るというのはいい
もんです。雲が顔にみえたり何かありがたい姿にみえたりして面白いですよ。
直観力や自信をつけるのにも、情報を集めるのはよいこととしても、下手に人に
相談するより空でもみていたほうがいいと思います。

今日の空をみながら、私が考えたのは、「真実と信頼
ということです。真実と信頼、英語で「Truth」「Trust」といわれたほうが心に
スーっと入ってくるようで、英語の単語のパワーというのはある意味凄いと思
います。そして、非常に美しい言葉だと常日頃おもいます。

例えば、人間関係というのは、ある程度状況が整っている場合の人付き合いとい
う見方もありますが、結構それって、楽しいけれども退屈になったり、いろんなしが
らみができて面倒になってくるということがあります、私の場合ですけど。

かといって、距離を置いて善意の大人のつきあいというのに徹するには、本音を言
い過ぎるという不都合もあり、なんともはや、人間関係の中で自分の個性を生かす
というのはままならなかった場合もあります。

そこで、空をみるのです。
そうすると、ガラクタのようなことが日々、どうでもよくなってきます。
本当に自分にとって大切なものだけが輝きだすのです。
何が自分にとっての真実なのか。

例えば、信頼というのは、人を信用しにいくというのではないと思えてきました。
信頼というのはそれこそ、相互のものです。
心の強さのようなもの、魂の強さや温度がはっきりと生き方や目に表れている
人達。言い換えれば、必要なときには本当のことを本当だと捉えることができる
人達。

友人、恋人、伴侶、仕事仲間、その他のつながり方、いろいろあると思いますが、
その人と関わる分野で「この人は自分と同じものを大切だと思っている」とまでは
いかなくても、「この人のいうことは判る、私の言うことはこの人は判るだろう」と
いうかんじがする人がいるお陰で、人生はとても楽しくなり、自分の豊かさを殖や
す力強〜い原動力になるのだと思います。なぜなら、彼らは自分のコア(核)と繋
がっているからです。そういう人がいつも側にいれば怖いものはありません。

面白いことに、そういう人達はなにも近しい友人とか家族ということではなく、単な
る顔見知り程度の知り合いの中にみつかったりすることです。簡単に言えば、波
長の会う人ですから、こういう人と電車でとなり合わせになったり、ふと言葉を交
わしたり、仕事で出会ったりすることもあります。
それこそ、「他生の縁」というやつです。

そう考えてみると、人生というのは自分の姿勢がはっきりしてくると、限りなく
豊かだなぁと思います。また、自分もそれぞれ関わりあいの中で、そういう安
心感とそして期待感を常に与えるような存在でありたいと思います。そうすれ
ばどこにいっても自分はそういう人達に出会って生きていくからです。

空をみていると思います。
自分に対して誠実な(堅苦しいかんじでは全然なく)生き方をしていれば、自分に
とって必要なものが揃うみたい。
それは、自分にとっての真実と自分の人生に対する信頼。

人に対して誠実にというより、自分に対して誠実にというのが私のモットー。
自分に対して誠実だと人に対してもいい加減なことができなくなってきますよ。
結局、自分を極める(盲目的に何かを憑かれたように追求するというのではなく、
もっとホノボノしたかんじで)ということで生きていくと、人生は整ってくるのかも
と思わせる今日の空模様でした。

どのようなことを今日の空に思われるでしょうか?



2008年3月13日 食べることは人生のコンディショニングです

パリの空の写真を今日もアップしてみてという要望があったのですが、本日は雲が厚い
らしく夕方の空のスペクタクルはお休みのようでした。鉛色の空がど〜んとマットにある
のみ。不思議に昨晩から風雨がぴたりと止み、空にはキラキラお星様とお月様が姿を
みせていましたが、日中も風がなく、穏やかでいいようでしたが雲が動かないようでし
た。

こうしてぼんやり空について考えてみると、世の中や個人の生活でなにかが現象として
現れるというのは、たとえそれが急にとか「たまたま」起きているようでも、実はそうでは
ないということが判ってきます。理論的に原因と結果の関係からいろんなことを見つけ
出すことも場合によっては可能ですが、結局は理性(知性)と感性から何か「間」のよう
なものを感じとる能力というのが、大切なよう。最近はそこらへんのところを鈍らせず、
磨いていくように生きることを心がけています。

というわけで、今日アップしたのは今年の初詣にうかがった箱根神社の早朝の日差
しです。運よくチェーン規制がなかった時間帯に箱根を通していただきましたが、あと
30分早くでれば早朝の霜が、帰りは16時くらいでしたがすでに箱根の山のアスファ
ルトは白く凍りはじめていました。

それにしても、神気が漂っているのご覧いただけますでしょうか?
ラッキーなことに、この日到着したときは誰もいませんでした。こういうのラッキーですね。
幸せのおすそ分けです。




ご存知の通り、なんでもものごとにはタイミングというものがあります。
面白いもので、ここ数年ずっと箱根神社にはお参りさせていただきたかったのですが、
あ〜だこ〜だとスケジュールの都合がつくようでつかずに、今年はまるでお招きいた
だいたかのように全ての道が箱根神社さんに通じていたかのように・・・お参りするこ
とができました。
日本に帰ると楽しみは神社にお参りすることなのですが、特に帰国時に必ずお参りし
ている神社については凄い奇妙ともいえるご縁で、本当に「招かれて」いるということ
が起きています。ありがたいことです。(笑)

逆にいうと、何かをやろうとしても邪魔が入るとか、上手くいかないとか、そういう場
合は、タイミングがよくない、もしくは何か変なことを知らせてくれているのだと最近
は発想を転換するようになりました。従い、無駄なストレスや悩みが消えました。
ゴリ押ししたり、考えあぐねたりするよりは、まずは自分のコンディションをと整えて
ぐっすり眠ってみる。

結局、こういう姿勢をとるのも、貫くのもある一定のコンディションにある必要がある
わけで、人生ってコンディショニングの連続だと思ったりします。要は、自分のエネ
ルギーを有効に使う、可能性をマックスにするための条件づけということです。

以前、アメリカの某スポーツメーカーで、スポーツの世界では伝説的な人物に
半年間ついていたことがあります。それこそコマーシャルでよく観るようなスター
選手に偉大なるコーチとして慕われていた人物でした。トム・クルーズが主演の
スポーツ・エージェントの映画がありましたね「ショー・ミー・ザ・マネー」まさに
あの最先端の世界です。

ゴルフしかり、テニスしかり、陸上しかり、アメフトしかり、サッカーしかり、ラグビー
しかり、バスケットしかり・・・そこで発見したのは、トップアスリートの多くは普通
の人にくらべて体の調子を崩しやすいということでした。非常に精密にある目的
のためにチューンアップされているからということもありますし、メンタルの面でいって
もストレスやテンションが高いので管理を万全にしないと全てにブレが生じるのです。

そういう中で何人かの選手は徹底したダイエットをしている方がいました。
たいていはプロがついて指導管理するのですが、自分で勉強してプログラムを組んだり
する人もいたようです。そういうタイプの方はメンタル的にも自立していて、孤独に強い
という特徴もありました。確かに、競技で素晴らしい成績を残す、勝負の世界ですから
それが全てなのですが、トータルで一人の人間として長い(短くもあるけど)人生を考え
た場合、やっぱり、人間はメンタルが強いと美しいのだと思いました。

スポーツの世界で大スターになることの「ツケ」は、一般が想像するより大きいです。
大きな幸せや何かが欲しかったら、もしくはそういうものを生まれつきもっていたら、
心身を強くしていないと人生が滅茶苦茶になりかねないというかんじです。
心身強くないと、魂もブレてしまいますしね。

それには、トレーニングも勿論ですが、一番てっとり早いのは実は食事をよくすることだと
思っています。逆に長い期間現役でスポーツやダンス、とび職など身体を使う人には味
覚や嗅覚、そして体の調子に敏感な人が多いともいえるわけで、やっぱり食事の自分
に対する影響の大きさを実感される方が多いのです。

私は一般人ですが、食事とトレーニングで自分のスタイルを新しくするようになってから
世界が動き始めたような錯覚、一種のパラダイム・チェインジが起きています。(自分の
ものの見方が変わるということ)

例えば、値段が1,5倍以上する有機野菜や果物を主食にしてから、無駄をだすなどは
もってのほか、そして鮮度が落ちた状態でいただくのももってのほか。良質で鮮度のよ
いものを調理しすぎるのもメリットを損ねるのでもってのほか。

断食を2週間体験したことで、飢えというものがどういう状態か少しは判りましたし、
食べ物が飢えを癒してくれると同時に直接、自分が地球と関わっていることを実感で
きる機会を毎日与えてくれていると思うようになりました。

元来、食べることが大好きですから、こう考えて思う存分(笑)食べています。
おまけに、無駄をしないというのとケチというのは似て異なるものだという経済観念も身
につきました。勿論、食べ放題、日本で流行っている大食いコンテストなどは、理解で
きない世界です。フランスであんなものはまず流行らないでしょう・・・・食べ物につい
ての意識のレベルの問題だと思います・・・・嘆かない、嘆かない。(笑)

そんなことをいっている私も、以前はブラジルの名物料理で大好物のフェジョアーダ
(黒豆と豚の耳とか内臓となどの煮込み)をサンパウロで一番高級といわれる店で
嬉々として食していました・・・・まだ器に半分残っているのに、少しでも冷めたらいけ
ないとせっせと取り替えてくれるのです・・・・実際のところ、貧富の差が激しい国で
あまり考えすぎてもどうしようもない部分は確かにあります。でも、美味しいものを
大切にいただくというスタンスを自分なりに大切にして生きたいと今は思っています。

ちなみに、開運流行の世の中ですが、自分の体の波動も高くしているとそれだけ開運も
早いようですよ(笑)。ややこしいようですが、高いお金を出して有機ものといわれるもの
を買っているだけでは体はさほど変わらないのです。自分にあった食べ方で地球、自然
のシステムに則したダイエットをみつけることが秘訣のようです。

体、心、魂の栄養を十分とって、また明日を幸せに生きたいと思います。合掌(笑)

情けは人のためならず、です。



2008年3月12日 幸せの芽が出る映画

夜は嵐のような雨風、午前中は春一番状態が連日続いているパリ。
そして夕方になると、空は穏やかで意味深なまでに美しい色をみせてくれます。
まるで水彩絵の具で描いたみたいなんですけど、これって何の変哲もないように
出ている空の色。
やっぱり自然って凄いですね。
勿論、天の気ですから、一瞬たりとも同じイメージはありません。




改めてみてみると非常に美しいですね。(笑)

絵には不案内な私ですが、印象派などの絵画の色彩の美しさというのは、やはりある程度
緯度の高いところで微妙な色あいを日常でみてないと出てこないんだろうなぁ・・・と思ったり
もします。

それで思い出すのは、以前、デンマークのSkagen(スケーエン)というところを訪れたこと
で、そこはユトランド半島のてっぺんに位置し、その独特の自然光ゆえに多くの印象派画
家が滞在したりして作品を残していることで知られています。ガラス工房や洒落た店など
がところどころにある海辺の小さな観光町ですが、色などについて感受性の高い人は初
夏あたり訪れると面白い体験ができるとおもいます。「印象派の聖地」と呼ばれているら
しい・・・ 北欧の初夏(6、7月)の太陽はとても特別で、なんともいえない色が空気中に
漂います。

ちなみに、私が世界で好きな美術館のひとつに数えるのはデンマークのルイジアナ
美術館(コペンハーゲン中央駅から電車で一時間くらい)です。この美術館では、
訪れる人が作品とそれらをとりまく環境をひっくるめて楽しむことができます。
場所自体が非常に効率よくかつ調和しているという感じを満喫できるところです。
モダンアートでは世界でも屈指の場所だと(勝手に)思います。
かなり充実したランチも楽しめますが、お茶だけでも素晴らしいです(実はロング・
コーヒー(エスプレッソとかでなく)とカプチーノが美味しい国ですからね)。機会が
あったらのんびり出かけてみてください。

などと涼しいことをいっていますが(笑)、私は数年前、用事があってコペンハーゲン
に行った際、久しぶりにこの美術館にいって一人で美味しいものでも食べてのんび
りと、幸せな時間を過ごそうと思ったのですが・・・突然、売店でウイリー・ロニスの
「小さなパリジャン」という白黒の写真(小さな男の子がバゲットをもって走っている)
を見たとたん、まるで発作のように、崩れるように、パリに「帰りたく」なり、涙を堪え
ながらすぐに空港に引き返し、一目散にパリに戻ったという変なエピソードがあります。
ちょっと異常でした・・・、あの「衝動」は一体なんだったの?

自分で自分の行動にびっくりするということは、人生で確かにあります。(笑)

ちなみに、売店ではヤコブセンの小さい家具などもあって、北欧デザインが好きな方には
2度嬉しい場所です。サイトは、www.louisiana.dk/

この「事件」を思い出して思うことは、人生というのは自分でこうしてああしてここへ
(具体的な場所であっったり何か目的であったり)辿り着こうと思って「自力で」築き
上げていると思ったら実は大間違いだということ。
自分で知らない「しがらみ」や伏線(それを因縁とか縁という場合もある)がいろいろ
あったり、よくも悪くもある方向に「導かれている」とか「誘導されている」とかいうこと
は結構あるもんです。

ふ〜む。私の人生もそれの最たるものでしたが、そういう流れの中で本当の自分の
幸せというのをしっかりと見極めて、自分の行きたい幸せの岸にむかって人生を泳ぎ
きるというのが生まれてきた理由なのではないだろうか?と最近思ったりする。

ただ泳いでいればいいというもんでも、流されていてればいいもんでもなく・・・・
自分が心地よく泳げる流れをみつけて、その中でいろんな仲間達に合流して、
楽しく泳いでいく、そんなイメージ。

そういえば、昔「泳ぐ人」という凄い映画がありましたね・・・・観ていない方は観てみると
いいと思います。大人になってからみるといろいろ考えます。あぁいう人(精神状態が)
男性に多いような気がします。あれってある普遍的な男性についてのテーマを描いている
のかしら?私にはそれ以上はわからないけど、男性にきいてもあまり的を得ない答えし
かかえってこないところをみると、これって実はエグイテーマなのかも。

脱線しまくってますが、にこにこ元気印の私としては、エネルギーの高いものを食べたり
エネルギーが高まるような事柄に触れていると、日常が非日常化します。

今日は空の色からデンマークに行って、その後「泳ぐ人」にいってどこで独り言をシメま
しょう?幸せな気持ちになるような映画をご紹介しましょう。

カルト的人気のある監督でJohn Watersという人がいますが、彼の20年くらい前の
映画で「ヘアスプレイ」というのがあります。ここでご紹介するまでもなく、すでにお好
きな方も多いかもしれません。

最近、ジョン・トラボルタなどが出演してリメイクされたみたいですが、ブロードウェーで
ミュージカルとしても長いことかかっていました。この映画、以前は別にそれほどなんとも
思わなかったのですが、先日DVDでオリジナルのもの(リッキー・レイクやディヴァインが
出ているもの)を観てびっくりしました。3度もみています、今週。

特に、変なこだわりや怖気、人生について出し惜しみした発想があるなら、簡単にいえば
何か現状を打破したいと思ったら観るべき、素晴らしい映画でした。ストーリーがどうとか
なんとかでなく(私にとっては)、エネルギーが凄く良い。美とか思想とかそういうのも
面白いけど、もっと根源的なもの、幸せエッセンスが詰まっている不思議な映画。

子供がいたら一緒にみるといい映画。おそらく、子供のほうがこの映画のエネルギーに
反応するかもしれません。「悩みなんて(もしあれば)吹っ飛ばせ」の映画です。
(日本ではオリジナルでなくて、トラボルタの最近のヴァージョンが人気のようですが、
そちらもいいみたいです)隠れた名作。フランスでもたいていの店には人知れず「置い
てある」DVDです。

とにかく、つべこべいわずに、幸せになるのが「勝ち」なのです。
誰にでもわかり易く、元気なエネルギーが伝染する映画です。
この映画でそのエネルギーを感じた人は、ますます幸せになる芽が出てきますよ。(笑)







2008年3月8日 黄金の時

パリは文字通り「花冷え」の時期。
もう春だということは明らかなのに寒いのです。
とっても。

こういう日は用事を済ませて、何かDVDでもみてるのが一番。
今日の晩御飯はオレンジとほうれん草のサラダにブロッコリーとアスパラガスを
アヴォカド和風ソースで和えたヘルシー志向のパスタ(もちろん、有機栽培の全粉)です。
カウチ状態でいただきました。(笑)
お行儀は悪いけど、これって結構幸せかも。

最近はドキュメンタリーとか昔の名作とかが多かったのですが、お気楽に笑って楽しみた
いということで、ヒューグラント主演のものでまだみていないのを見ることにしました。
私はヒューグラントの顔が嫌いなのですが、ヒューグラントの映画をみていると機嫌がよい
らしく(彼は面白いですもんね)、最近は自分でも「ある意味」ファンかもしれないと思い始
めています。

今日の映画は、ご覧になった方も多いとおもいますが、ヒュー・グラント演じる「かつての」
ポップスターがある女性との出会いをきっかけに見事カンバックするというお話。それにし
ても、彼が出てくるとそれがNYが舞台であってもロンドンのような気がしてしまう(?)から
不思議・・・・

最初の部分のプロモーションヴィデオからお腹がよじれるほど笑わせてくれました・・
(あまりのおかしさに初めて見る方は気をつけてください)
1980年代のMTVの雰囲気を見事に再現しています。
かなり演じているほうが楽しんでいるのではないかというかんじ。

ワムと、デュラン・デュランとアーハー等々を混ぜたような・・・腰が細いはずのミュージ
シャンですが、すでに顔の大きさとお腹まわりの気になる体型(ちょっと意地悪?)の
ヒューグラントが当時流行の前髪に技をきかせた鬘(?)をかぶって当時流行った洋服
を着て、それだけでももおかしすぎる・・・・

おまけに、当時流行ったメロディーラインに腰をふりながらぴょこぴょこ飛び上がりながら
のアイドルっぽい演奏。歌詞に合わせた芝居にサビの部分では正面からカメラ目線に
なって歌ったりして・・・もう「ツボ」にはまるおかしさ・・・・

どこの国でもそうですが、昔のポップスシーンというのはみていて恥ずかしいくらい熱く
ておかしいものです。フランスにも、最初ヴィデオをみたときどーしようかとおもったほど
ショッキングなクロード・フランソワというポップシンガーがいましたが・・・バリー・マニロ
ウ路線といえばそうですが、もっと凄い・・・いきなり派手なタキシードにエナメルの靴に
大きな蝶ネクタイをして、にしきのあきらバリに手を大きく振りながら妙に健康的に元気
いっぱい声たからかに愛の歌を歌うのですが、まわりは半裸状態の美女ダンサーをは
べらせてるんです、いつも・・・・なくなった後も熱狂的なファンがいるそうです。

それにしても、どうしてイギリス人は「腰振り」と「お尻」にこだわるのでしょうか?
映画の中でもンヒューグラントがステージで腰を振りすぎてギックリ腰になりそうになる
シーンがありましたが、あぁいう役は彼はとてもお上手。やっぱりおかしい。

この映画、馬鹿にされています(?)が、結構人気があるようです。

メンバーが今年になってそれぞれ新たに駐在先が決まってバラバラになってしまった
イギリス人サークルがあったのですが、去年は何故か彼らと過ごすことが多く、イギリ
ス人のジャンクフード好きとシモネタ好きに、ある種の感銘をうけてしまった(笑)。
それにしても、アメリカ人やフランス人とは違うあのジョークのセンスには頭の良さを感
じます・・・。

一方、彼らは冗談に冗談を重ねてたきつけられて「乗ってくる」と、フルモンティー状態
(実際には脱ぎません、お願いします・・・)で腰を振りながら、片手をウエスト、片手を
輪投げ状態に振りかざすというポーズで「ヒュー」とか「フー」とか声を上げて悦にいる
というのがもうお約束になっていました・・・・ちなみに彼らは一流企業にお勤めの方た
ちです(笑)。普段の姿からは想像できない・・・・でしょう。そういう振る舞いに対する抑
圧された「願望」があるらしいのね。

また、友人間(でないとちょっと問題)になると、お尻をたたかれたりつねられたりよくし
てました。でも、こんなのは(?)ご愛嬌で、酔っ払うと怖いのは実はもっぱら女性のほう
かもしれません。イギリスってこわいとこなのね。ひぇ〜。

ヒュー・グラントはすっかりハリウッドの人になってしまったけれど、それでもイギリス人
の不器用さや言葉の癖が残っていてそれが面白い。娯楽映画にはかわりはないけれど、
あの年代の洋楽に親しんだ人には、回顧主義に走らないでいて無邪気(結構、皮肉かも)
に楽しめる、大爆笑の映画でした。
単純に笑うのってやっぱり健康にいいみたい。
大笑いしたい人におすすめです。

にしても、この映画のように黄金時代というと過去の栄光に結びつける人が多いのですが、
実際は黄金時代を未来に控えている人も多いのよねと思ったりしました。
みなさんの黄金時代はいつだと思いますか?
実はですね、幸せって過去にはないんですよ。
幸せは未来からやってくるんです。
パリの夕暮れはゴールドでした。




本当、パリの夕暮れはカラフルです。
ピンク、オレンジ、パステルブルー、そしてこういうゴールドも出ます。
あまりの鮮やかさに、手をとめてみることもしばしばなんです。
今日の曲はマリア・ベターニャの「Anos Dourados」。
明るく楽天的に思われるブラジル人は実は、美しく悲しいメランコリーを力強く歌い上げて
るんですね。とにかく、人生は一度きり、心を喜びで輝かせて生きたいです。

2008年3月5日 検閲(?)の恐怖と大天使ミカエル

折を見てたまに気が向いた本などのレヴューをアマゾンに書いているのですが、
先週書いたものが不気味に削除されているのが本日発覚して、
気分が悪いわ。

折角、気分よく暮らしているのにたまにこういう「雑音」が入る。

ちなみに、「世界を動かす人脈 日本人の知らない覇者たちのネットワーク」
(中田安彦著 講談社現代新書)というとても面白い、そしてしっかりした内容の本なのです
が、これに2、3日前に5星評価真面目なレビューを書いて、6票あまり「参考になった」と投
票されていたのですが、本日突然、消されている。変な中傷や不穏当な表現などは一切記
載していないのですが、ですね。

アマゾンはで毎月数万円も購入させてもらって、このブログでも商品紹介はアマゾンから
しているけれど、ちょっと変えようかなぁ、嫌なかんじ。
本を買ったお客さんが他の人の便利にと無料でレビューを書き、それが充実している
からアマゾンで購入する人は多いと思うんですが、公序良俗に反するものでは決
してないレビューを突然削除するというのはいかがなもんでしょう?
不穏当な言い方をすると日本も人知れず、「検閲」の時代に入っているのですかねぇ、
ふむ。

一応カスタマーレビューを奨励しているならば、個人を攻撃したり公序良俗に反する記載
ないものを、原則、自由な本についての感想を書くとされている
スペースで勝手に削除するというのは、結構重大だと思いますよ。
技術的なトラブルによる勘違いだとよいとおもいますけれども。
日本のアマゾンでは本当に、カスタマーレビューがあることで集客や信用に繋がっている
部分が大きいと思うんですけどね。残念ですわ。

こういう「ちょっとしたこと」って非常に気になるんですよね。
質問のメールを送ったのですが、返事は来るでしょうか?
こだわらずにここらで流しときます、気分悪いの嫌いだからね。

一方、この本については、日本の新聞というより外国のメディア、外電等々を読むときに
非常にお役立ちものなのです。勿論、ニュース好きな方には日本のメディアを読むとき
にも十分面白いとおもいます。

先日、ロシア人で日本語も堪能な友人と暫くぶりにあって世間話をしていました。ロシア
の選挙の話などから、日本のニュースの話になりました。彼曰く、日本は殺人事件のニ
ュースが特に大きく取り上げられ、国際的な政治や経済の記事や芸術関連の記事が少
ないといっていました。社説も少なくて限られていると。例えば、フランスでは殺人事件の
ニュースというのはただ「その他」に分類されています。何故かといえば、それだけ治安
が悪いからなんですけどね・・・・フランス人は政治の記事が好きですし、英語圏のメディ
アではお金や産業についての記事が読みきれないほどあります。

個人的には国を代表する「格」の新聞に、朝から電車で読むのがはばかられるような小説
を連載するというのは、非常になんというか西欧との「ギャップ」をかんじてしまいます・・・・
ちなみに、良し悪しの判断をここで述べているのではありません。

とにかく、日本語が大好きな私としては、自国メディアの充実をもっと図っていただきたいと
思います。

一般として西欧のメディアに共通しているのは、良きにつけ悪しきにつけ、記者や編集者
の方針や立ち位置が明確なことです。なんか変なかんじがするメディアというのは、それ
を気にしない人が手にしますが、気にする人にはそれなりのメディアがちゃんと存在して
いるわけです。選択の自由があるわけ。それを支持するのが大衆であり、それを代表する
のが骨太な記者や頑固なデスクだったりするわけ、まともですわね、こういうの。

でも、こうして逆に考えると、立場を明確にしすぎるのは日本的でないということになります
わね。なんとか出てきて支持を得て、メジャーになっても持ち上げられすぎて、特別な存在
になってしまう。本当は素晴らしいジャーナリストの方はいらっしゃるのに、それを支持する
基盤が薄い、弱いというのが日本かも。これはちょっと嘆かわしいこと。

嘆いていても仕方がないけど。

日本語という世界でも類をみない言葉をいただきながら、これはなげかわしいことだと思います。

嘆いていても仕方がないのでもう嘆かない。

とどのつまり、意識の問題かもしれません。
何が起こっているのか世の中をみつめる、それを自分達の権利だと考えるヨーロッパの一
般人、知ることそして批評することの自由、これを勝ち取り守りぬいてこなかったのがわ
が祖国、日本人の弱点だとおもいます。正義感が強い民族なのですが、対外的によい
ジェネラリストがいないというのもここいら辺に原因があるのかなぁ?と、ロシア人の友人
と話したのであります。




これはベルギーの守護聖人といわれる大天使ミカエル。
ブリュッセルの大聖堂では黄金の勇ましいミカエルの前に蝋燭が絶えません。
非常に美しい大聖堂です。
邪気や毒気、そして人の恐怖、恐いという感情を祓い清めてくれるといわれています。
安全を確保してくれる、大天使。
日本の不動明王と大天使ミカエルはおなじ存在の異なる現れ方だともいわれています。
嫌なこと、変なことにまどわされず、「真っ直ぐ」に生きる道を確保してくれる存在だそうですよ。
これからは、日本も「柔軟さを保ちながら真っ直ぐに生きる」時代だと思います。
それには好奇心からではなく、権利の意識をもってニュースを読むことが不可欠だと思いま
すが、いかがなもんでしょうか?

今晩はリストの「超絶技巧練習曲」という凄いもんをきいて、この嫌気を吹き飛ばしてます。
本当、日本語にするとすごいタイトルだけど、超絶ですわ。
気分スッキリ。

大天使ミカエルのご加護に感謝。

2008年3月2日  小豆とピーナッツとひな祭りの無重力感覚




早いもので、お正月、節分から一気にひなまつりに突入!
パリは白やピンクの小ぶりな桜の花が咲いていたり、もう緑の芽が
吹いています。先々週は木花の梅のような花を家に飾っていました
が、今週は薔薇に続いてピンクのアネモネ。
それにしても、ひな祭りというのは、女性の厄落としの意味もある
そうですから、女性にとっては、なんらかの形で意識したらよい行
事みたいです。

ところで、病み付きになっている食べ物というのはありますか?
私はナッツ類が大好物で、健康のためというより食べたくて食べてい
る。たいていは、アーモンドかカシューナッツかくるみを食べるので
すが、去年は半年くらい、ピーナッツの消費量が一月2キロと常軌を逸
していました・・・・周りが心配したほどですが、本人はいたって元
気。肝臓の異常もないようでした・・・

最初は肉類を食べないから体の補完作用かと思っていましたが、
実はそうではないみたい・・・で、いくらなんでも異常なので、ピー
ナッツは止めて、今度は小豆、それも塩味で茹でたものに蜂蜜をかけ
て食べるというのにここんところはまっていました。確かに、塩茹で
の小豆(お砂糖たっぷりはNG)は腎臓にいい、水毒をとるともいわ
れ健康にはこちらのほうがいいかもしれないけど、こんなに食べたが
るのはちょっとどうか?

実は、これってやはりそれなりに説明がつくようなのです・・・。
まず、知っているのに見過ごしがちな事実に、ピーナッツは木の実では
ないということ。あれは豆で地中にできるものなのですよね・・・
で、小豆というのも豆ですが、スピリチュアル的には意識をちゃんと
地上に根付かせるというか、現実的な意識をしっかりと持つには小豆
を食べるとよいといわれていることを思い出したのです。

と、いうことは、私は非常に現実感覚、土の感覚、そういったものを
求めていたということなわけなのかしら?と思い当たりました。
ここのところ、こうだと思うことがあっても、現実的なレベルでそれ
をどう実現したらいいもんかなぁ?とず〜っとおもっているのですが、
言ってみれば自分を宙ぶらりんに保っているわけです・・・。
こういう状態嫌いな人いるんですけど(私はとても苦手な人でした)、
実は非常に豊かな状態なんです。無理しないで楽にしていればいい
わけですが、次に来る風がよさそうなら素直になびいていけばいい。

ダイヴィングでこういう感覚ってよくあるんですけど、昔、マリアナ
海溝というところの手前で、流れがそこだけポトンとないところで潜
ったことがありました。下を見ると本当にグラデーションの果ては底
なしの闇。上をむくとキラキラと光の世界。音が自分のレギュレータ
ーから出る息の音だけで、浮力調整をしているので重力がない状態。
水面から10メートルくらいのところで浮力を保ったまま、静かに真っ逆さまになるんです。そこで棒になったように動かない。そんなかんじ・・・意識ははっきりしているのです、でも、

ホワーンと。

タロットカードをご存知の方だと、「吊るされた男」。これって、悪く
解釈されるけど、そうではない、本来意図するところは。

そりゃあ、日常的なことはしなくてはならないし、仕事がかかれば
仕事もするのですが、それでも「そんなことは」私にとっては生きる
ための税金みたいなもの・・・流れが止まっている沼のようなスポッ
トで、そこで真っ逆さまになったまま、動かない・・・ホワ〜ンと。
この状態、きっと、これが原因でピーナッツだ小豆だと「ひきずら
れる」ように食べていたようなのです。

なにも、ホワ〜ンとしているのがいいとか悪いとかではなく、体とい
うのは頭や心より賢いので、ちゃんとバランスをとってくれているの
だと納得したら、必要以上に食べなくなりました。(笑)

夢とかで精神分析などしたりするのもあるけど、目が覚めていると
思っている時間でも、意識しにくいだけでいろんなメッセージが自分
の人生に関して来ているという一例です。

例えば、甘いものが欲しいというのは疲れている場合もあるし、愛情
に飢えている場合もあるし、体内にカビが増えている(常在菌で普通は
一定のレベルの量しかいない)とそのカビが糖分を欲しがるという場合
もよくあるそうです。パンが好きで、パンばかり食べてしまう人という
のは、実は胃の中でパンがアルコール発酵して、一種のアル中状態にな
っている場合と、焼きたての臭いで快楽中枢を刺激されて反射的にパン
を欲するようになっている場合があるそうです。

音楽もとても判りやすいかもしれませんね、自分の状態を知るには。
そういうかんじでご自分の「今」検証してみると、おもしろいと思い
ます。

「今を尊ばねば、その人の人生で尊ぶべ
き時間はない。」
と今日読んだ本の栞にありました。ごもっとも。

明日はひな祭り、この覚醒ははっきりしていながらの無重力感覚、
今宵はしっかり堪能したいと思います。(覚醒はっきりしていない
と危ないです・・・笑)
天然「ハイ」になれて幸せだといわれますが、それが時として、
私の自己表現の仕方=今の尊び方だから仕方ありませんね。

いいじゃないの、幸せならば。

男性も女性も共によい雛祭りを。

幸せというのは、こういう歌で口説かれることだったりして(笑)。
なぜ、ピーナッツと小豆からこうなるかな?と思う。

Livro Livro
Caetano Veloso、Caetano Veloso 他 (1998/11/10)
Polygram International

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2008年2月29日 音に感応すること

もう春ですよ!




今朝もまた買ってしまった苺・・・大粒でつやつやのものが木箱入りで
1キロ1000円くらい。甘くてさわやかな春の香りを運んでくれました。
苺というのはブルーベリーと並んで活性酸素吸収力指数(ORAC)
が極めて高くリンゴの5倍ほどあるそうです(リンゴは他の点で優位
ですが)。

以前、デンマークに半年間滞在していたことがあります。
ある学校でデンマーク人や外国人(8割以上がデンマーク人と移民、あ
とは自費の外国人)と共に(私は)デンマーク語を全寮制体制で勉強し
ていたわけですが、あるとき、デンマーク人の女性が、それこそ
「ニート」そのもののデンマーク人男性に対して大声で言い放ちま
した。「あぁ、なんて醜いデンマーク人!」

小太りで長髪、色白で、猫背で、いつもひきつったような笑いか
仏頂顔をしており、特に同じデンマーク人に対して憎悪のこも
ったまなざしを向けていました・・・。彼らが彼に意地悪だったから
かもしれません。聞いたところによると、彼は両親が離婚する際に双方
が親権を放棄し、それが裁判所で受け入れられたため孤児院で育った
のだそうです。頭はよかったのですが、社会に順応できず、こうして
国民高等学校(という成人教育のの場があり、人生の方向転換や失業
期間のリフレッシュや専門によっては職業訓練に利用されている)を
転々としていたそうです。

ある晩、いつものようにアラブ人達が音楽の集会をやることになりまし
た。話好きで音楽好きな彼らは、たいていは手拍子足拍子で歌って場を
盛り上げ、それを何時間も続けます。彼らは自分達の心、それこそ血の
なかにある「アラブ節」のようなものを音楽を通じて大切に残している
かのようです。仲間と話、歌を歌うことでどこにいようと彼らは故郷
にワープできるのだと私はみています。(笑)

珍しく、その晩はそのニートみたいなデンマーク人がやってきました。
タン・タタンタンタンという手拍子足拍子で、それこそ、演歌調の節
回しに合いの手が入り、それぞれがある特徴を保ったまま、変幻自在
に数時間、絶えることなく歌の宴を続けるのです。アフロ系のものと
はまた全然違う、食べ物をよく口で唾液とこなして飲み込むような美
味しさ・・・・そして「神」につながる・・・こうやって「音楽を分
かち合っている」時間は、非常に平和をかんじ、彼らのしたたかさや
強さにそれこそ「生きることへの賛歌」をみてしまう。

「こんな幸せなことがあろうかね?」というほど。
まさしく、ブラジルのショーロという私の愛する音楽があるのですが、
それと同じで人々の間合いが絶妙に織り成す「場」なわけで、非常にス
ピリチュアルな行為、共通するものを感じます。

この凄いセッションの最中、白人で一人参加していたニートのデンマ
ーク人は「判らない、説明して欲しい」といって音楽をさえぎりまし
た。彼はどうやってこの音楽を聴いたらいいのかと質問をはじめまし
た。クラシックのような旋律がみえない、規則がないなどといいはじめ
ました。そこで、アルゼンチン人の友人が「何でも理屈ばかりで理解し
ようとしても、音楽の才のない人間には無理だ」といいはじめました。
「だから、ここのやつらは血が通ってない」と。

そこで、このニート君はモーツァルトとバッハを引き合いに出して、
これは音楽ではないといい始めました。
周りはそれを無視して、音楽を再開・・・

ニート君は私に向かって、「君はわかるだろう?こんな野蛮な音でなく
て、音楽というのは理解できるものでなくてはいけないんだ」。
そこで、「確かに、ドイツやオーストリアの音楽の美しさとは違う
けど、音楽というのは魂で聴くものだからね、貴方は流れにまかせる
ということができないのよ、もっと楽しめばいいのよ、やってごらん」
というと、彼は頭を抱えてしまいました。本当に苦しそう。

音楽を感じることができないのだそうだ・・・
本当に「判らない」のだそうだ。
そりゃそうですよね、「判る」もんじゃないんですから。

ニート君は見たところ身体的にも精神的にも魂的にも萎縮しているよう
でした。愛がなんだかわからないんだから・・・。愛だ恋だとかそうい
うメランコリックなものではなくて、もっと大きな愛、自分を手放して
初めて判る愛、そういうものに触れるともう涙がとまらない、本物の音
楽を聴くとそこまで簡単にいけるようです。

今世の中に溢れるのはBGMや自分の妄想の中にトランスするものが
多い・・・。ごまかしや現実逃避・・・だから興奮させるか、よくて
過去に耽溺する手段として使われるのがおち。
心も体も魂も豊かになるような音楽、ジャンルを問わずそれは「本物」エッセンスがあるもの。

感性を豊かにするもの、魂の糧になるもの。

当時、その田舎の学校から月に2度、コペンハーゲンに「帰る」よ
うにしていました。そうでないと非文明地帯に隔離されているよう
で「神経」がもたなかったからです。

いつもステイするプライベートルームは美しい、天井のとても高い瀟洒
な築200年以上のアパルトマンで、アリスというお年を召した貴婦人
が住んでいました。もう自分が来て欲しい人以外は泊まらせないシステ
ムにしたという彼女でしたが、息子さんが以前使っていた薄暗いけれど
完璧に手入れされた広いお部屋を使わせてもらってました。毎朝、教会
の鐘の音が聞こえ、後は小鳥の声と水をうったような静けさ。北欧人は
騒音公害についてかなり厳しいので、天然の「ホワイトノイズ」を楽し
める点がよいところだともいえます。

100年以上前の銀食器(いつもビニールがかかっていた)、肖像画、
立派だけれど重厚すぎない優美な家具、ロイヤルコペンハーゲンのアン
ティークなどがさりげなく置かれている場所でした。
デンマークでは非常に稀有なことだといわれますが、よくダイニング
まで招いてくれてお茶や御菓子、タバコ、ポルト、時にはガンメル・
ダンスク(火酒)などをすすめてくれました。普段は「絶対」出さない
という朝食も出してくれました。風邪をひいたときには、生肉を食べさ
せて(とても繊細な味付けで)治してくれたこともあります。
家族間でもアポなし訪問は厳禁なところだそうですから、とても良くし
てもらってたといえます。美しく礼儀正しい(フランスで暮ら
したことのあるアリスはフランス人が乱暴だとこぼしていました・・・
はは)そして「一見」控えめな文化。コペンの中心地にはこういう家
がまだ残っているようです。

コペンハーゲンの目抜き通りストロイエからホテル・アングレテール
を通り、そのまま広場を右手に道なりに10分ほど歩くとアリスの家
につくのですが、その途中に小さなイタリア料理屋がありました。

ある日、無表情な人々、美しくて寒い町で人恋しくて泣き出しそうに
なり、なんとなく、その店に入ったところ、二人のイタリア人青年が
洗いざらしのリーヴァイス、白いTシャツ、白の革のサボをはいて元
気に笑いかけました。壁は見事にゴッホの黄色一色!

「やぁ!何食べるの、ベイビー?」やっと、ここで血の通った人間に
会えたと涙が出るほど嬉しかったことを覚えています。
アーティショーのサラダとモツァレラ・トマトのサンドウィッチを
頼むと、デンマークではたいていピザとゆですぎのスパゲッティしか
頼まないと喜んで思い切り具沢山にしてくれました。帰ろうとすると、
帰らないでまだいろ、まだいろと、結局その日は夜までいることにな
りました。英語の上手な彼らは話していて面白いのです。

彼らはイタリア人によく間違えられるようですが、実際はイラン人で
イランイラク戦争のときに家族と引き離され、親戚もたくさん殺され、
デンマークに移民として受け入れられたといっていました。子供の頃
から一人で生き延びてきた、素晴らしく丹精な顔をした頭のよい頑固
な褐色のセウサ、そして弟分は両親はカナダに移民として住んでいて、
どこかアメリカ人っぽい雪のように色白でたれ目の美男子シナ。

宗教は人を殺す、自分は宗教に家族を皆殺しにされた、だからもう宗教
などみたくもききたくもない・・・神は自分の中にいるとセウサは話し
ていました。セウサはデンマークで店も軌道にのったからと落ち着く
気でいたシナを置いてノルウェーに移るといっていました。
デンマークに耐えられないと。

この2人にはそれこそ兄のように可愛がってもらい、コペンハーゲンで
有名な無法自治地帯(今はそれほど自由でも安全でもない)である
クリスティアーナや普段であれば恐くていけないようなところも安全
に連れて行ってもらいました・・・店を閉め、宴会が終わると、セウサ
とシナでぶどう酒(ワインというよりそのほうが彼らには合う)をも
って海までいこうといいます。ぶどう酒をちびりちびりとやりながら、
海を夜明けまで3人3匹の猫のように一列に並んでみるのです。

毎晩、夕方は8時から(デンマーク人は晩御飯を6時から7時に食べて、
その後ケーキを自宅で10時過ぎに食べるので夜は人が少ない)客を
断り、「仲間」がシャッターの半分降りた店内に20人以上集まり、ワ
インを持ち合い、夜中まで歌を歌うのです。私の「何か」が彼らの友
情を得たようです・・・

だから、誰も「手をださない」(場合によっては彼らは男性としては非
常に危険ですからね)どころか、家族のように扱ってくれました・・・
お金にはドライな彼らも私からはお金をとらない・・・何故か?

魂が綺麗な人だからだといいます。

何故そんなことがわかるのか?というと、「ここの人達のように自分達
は理屈で生きていない、ただ判るんだ。本当のことは話されないこと
が多い、それを我々はわかる。例えば、どうにだって僕達の関係は変
わることができるけど、本当の友人に値する人が嫌がることはしない。
何もいわなくても、我々は見抜くことができる。君の魂が綺麗でなけ
れば、この場に君はこうしていないよ」という。

見ると、周りは内輪の人達ばかり・・・それも全部男性。殆どが移民
待遇で来て、デンマークの女性に「見初められて」結婚しているとい
う。たいていがきちんとした清潔な身なりの好男子達だが、毎晩殆ど
ここに来ているという。

若いときにそれこそ行きたいところに出かけていって、いつも無事で
今考えると命を救われたことが何度もありますが、きっと、それこそ
目に見えないなにかのお陰様なのでしょう。

話して、ワインを飲んで、歌う。愚痴をいう人も暴力をふるう人も、
汚く酔う人もいない。みんなで一致して手拍子足拍子でひとつの音楽
を作っていく・・・。仲がいいって美しい。

私の笑顔や音楽に浸る喜びがその場に居る人全てに「伝わる」のだそう
です。音楽を通じて、人と通じるものがある。みんなと繋がる。

これと同じようなことをブラジルでも何度か経験していますけれど、
出会う人が良い人達だからだと思います、きっと。人によっては音楽
じゃないかもしれないけど、本物の
ことに感応すると、言葉を超えた
つながり方を他の人とすることが
できることがよくあるものだと思います


人とのつながりを求めると失望することがあっても、本物
と感応することで得た人とのつながりに失望したことはありません。


その後、デンマークの学校の授業で全校生徒でアフリカ人の太鼓に合
わせて踊るというのがありました。その話をするとフランス人は反応し
ませんが、実は想像力豊かな(むっつりスケベ方の)イギリス人達は
大笑いします・・・。大きな図体でへそ踊りとでも言わんばかりの表
現。結構、イギリス人って意地悪。(爆)

ヴァイキングにはリズム感がない?いんや、アイルランド人の音楽の
センスは素晴らしいもんがあります。

総勢300人で1時間後に残ったのは私と、フランス人3人とアルゼン
チン人、デンマーク人一人(彼はとても小粋な奴でディヴァイン・コ
メディの振りまねなどを演る人でした)でした。アフリカ人は凄い鳥
のような声を上げて本場の踊りを派手に披露していたのですが、実は
スタミナが切れやすく、途中で殆どが座り込んでしまいました(笑)
アラブ系はタムタムのリズムと違うので脱落してしまったようです。
やっぱり、デンマークよりフランスのほうが向いてるなと思ったのは
その時がはじまりかもしれません(笑)。
世の中恣意に満ちている。

音楽というのは神様へのささげ物。
そして魂の食べ物です。
本物の音楽、神業といわれる技をもった演奏家の音楽もそれこそ、
魂に豊かな栄養を与えてくれます。やっぱり、音楽の才能のある人
って、凄いなと思いますね。ちなみに、踊れなくなったらおしまい
だと、フランス人は考えてるようですよ。(笑)

バッハのミサ曲Bマイナーを聴いていたら、白い病院のようなところ
に閉じ込められたような錯覚に陥ってしまった・・・・かなり恐い
かんじがした・・・。美しいけど、あれは危なさを秘めているかも。
(バッハは判らないなりにも、好きなんですけどね)

その後、偉大なるヤマンドゥを聴いて私の魂は蘇ったのであります。
このCDではないものを持っているのですが、とにかく、彼の音楽
は凄い・・・・のです。数あるショーロの演奏家(全部好きです!
多分)のうちでもおそらく洗練と技術的な細部の正確さを好む日本人
には凄い衝撃となるとおもいますよ。

トーキョー・セッション トーキョー・セッション
ヤマンドゥ・コスタ (2006/10/25)
インディーズ・メーカー

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私達が明るく喜ぶとき、楽しむとき、神様も喜ばれるんだそうです。

音楽といえば、このサイトのリンク先にもなっている、この偉大なる
本をどうぞ!
音魂大全―史上最強の20世紀ミュージック・エンサイクロペディア 音魂大全―史上最強の20世紀ミュージック・エンサイクロペディア
鈴木 創 (2006/06)
洋泉社

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