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つばきりゅう

Author:つばきりゅう
なんかその都度「?」と感じた一見関連性のない細かいことが最終的に大きな像を結ぶ。そんな観点から幸せを実現していきたいという気持ちからはじめたサイト。よろしくお願いします。

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2008年4月29日 春の雨

今日はマレ地区に用事があってでかけると、ユニークな椅子を売っているお店があったので
ちょっと写真を撮ってみました。

やはり、パリではオスカー・ワイルドはランボーにひけをとらない、もしかするとそれ以上に人気
があるのかもしれない・・・・・と、思ってしまいます。(笑)

でも、自宅の薄暗がりにこの椅子があったら、私は嫌だなぁ。




などと、小雨降る、肌寒い春のパリを歩いていたりすると、いつもは意識しないでいるのに、しみ
じみ、「パリとはなんて美しい街なんでしょうか?」と思ってしまいます。
また、花があちこちに咲いているので、ふわっと匂う香りがなんともいえなく気持ちがいい。
確かに、メトロに乗ったり、人ごみに行ったり、やっぱりあんまい綺麗じゃない界隈にいったりすれ
ばそうではないのでしょうが、改めてみると本当に綺麗な街です。

日本でまだ仕事をしているとき、あるイタリアのVIPの方が京都を訪れることになりました。
あいにくと、7月半ばのその日は雨でした。「残念でしたわね、せっかくの京都が雨になります
ね」というと、「木々の濃い緑は雨の中で引き立つんですよ。京都は濃い緑があるのを写真で
見ましたからね。かえって美しさが増していいかもしれません」とウインクして仰られました。
流石・・・イタリアの洗練された人のいうことは違う・・・・どこの国にも洗練された方というのは
おりますですわね。(笑)

今日は雨にしっとりと佇むような美しいパリを歩きながら、そんなことを思い出していました。
結構、小さなことを思い出すのって楽しかったりします。
人生というのは、ある意味、思い出を作っていくことなのかもしれませんねぇ。

それにしても、観光客は元気ですね・・・・なんかフワァっと雨を楽しんでいたら、ノートルダム
寺院周辺はいつにも増して観光客でひしめいていました。みれば、セーヌ川は粘土色。

初夏を思わせるような、気持ちのいい天気が2、3日続いていましたが、昨晩からちょっとした
春の寒さが戻ってきました。来週はイギリスに行く予定ですが、昨日の電話だと「とってもラヴ
リーな天気」だそうです。イギリスも雨だとまた緑が違ってみえるのでしょうね。
願わくば、天気にな〜れ!(笑)

大好きな百合の花を通りすがりの花屋で思わず買って、これで家は大好きな牡丹と百合で
ゴージャス!と雨の中、一挙にうたた寝状態からテンションをプワ〜とあげると、モンジュ広
場を下りきったところで、「なんで、僕の誕生日だって判ったの?ありがとう〜!」と両手を広
げた若者が。雨の中、この人もテンションが高いみたい。

パリでは花束をもっていると、異性から「僕に」とか「私にかね?」と年齢を問わず言われます。
わざわざ信号待ちの車が窓をおろして言うこともあります。
猫も犬も鳩でさえも、なんらかの意思表示をするんですよ。
人懐っこい場合もあれば、びっくりするほどマイペースの場合もある。
国によって動物も違うみたいですね、癖という性格が。
機会があったら他国で観察してみてくださいまし。

雨が降ったり止んだりの日も悪くない、春のパリです。
ものごと、はっきり白黒つかないでいるのがいい時もあるんだなぁ、などと考えてみたくなります。

にしても、天の気というのは変幻自在。
この写真では判りにくいかもしれませんが、実際は本当に「ゴールド」なんですわ。




そぼつく雨の中を軽い気持ちで歩くのも悪くないですよ。

2008年4月26日 大人のたのしみ

雲がうっすらとあるものの、爽やかな気候のパリですが、日本のみなさまにはゴールデンウィーク
のよい休暇をお過ごしください。

私は10年以上ぶりに髪をショートにしたのですが、髪を切ってからなんだか、いろんなこと
が判ってきた(?)。私は実は長い髪より短いほうがいいみたいです。(笑)
風水では髪や爪を切ることは厄落としといいます。
フランスのように美容院で苦労しなければ、私は美容院にいくのが結構好きな人なのですが、
そうでなくても、なんか「すっきりしない」と思い当たることがあったら、髪をきってみてはいかが
ですか?私は爪は5日に一度は簡単にでもお手入れするようにして、たまにはなにもせずに
休ませるようにしています。女性の手元は結構、見られていますよ。(笑)




昨日、日本から注文したDVDが届きました。
「耳をすませば」というスタジオ・ジブリの中学生の恋愛を描いたもの。
なぜ、そのような私らしくないものを・・・と、これを読んだ私をご存知の方は思われるでしょう。
別にアニメファンでもなんでもないのですが、「千と千尋の神隠し」の後、一通りジブリ作品の
内容とか評判をみてみたのです。とっても面白かったものですから。

でも、「紅の豚」というのは知っていて、あるフランス人の飛行船を所有していたという凄い
空好き(というか道楽人)の方に、何か日本の素晴らしさがわかる映画はないか?ときかれ、
これを薦めたことがあります。空と男のロマンということで赤とブルーのコントラストも美しく、
とても感心していたようです。

ジブリ作品の主なものはたいてい、フランスでも人気がありますから、こちらで入手できます。
「千と千尋」などは画像が日本で販売されたものは色味に問題があったそうですが、こちらで
はとても綺麗でした。また、英語とフランス語と日本語で収録されているので、こっちで買った
ほうがいいかんじ(日本とヨーロッパは原則としてDVDは同じRegion)がしてます。

ただ、この「耳をすませば」というものは、こちらにはありませんでした。
とても地味な作品といえばそうです。
少女マンガが原作ということで、なんだか敬遠しそうですが、実際は背景などのディテールが
本当にリアルで、日本独特の生活観が匂うようでした。これをみると、日本に帰ったようです。

中学生の受験を控えた本好きの女の子が恋をして、それを通じて自分の進路などを
考えるという内容(こう説明するとつまんないんだけど・・・・)なんですが、ひとつには自分が
中学生だったとき、よく大人に「うらやましいわね、思春期って」といわれていたことがよくわか
ります。こんなに美しい時代を生きてたんだなぁ、と自分の悩み多き思春期に想いをはせたり
するのも、ある意味大人の楽しみだなぁ、と思うのです。

本当の自分の声を聞くには、こうして、心も意識して洗ってあげないといけないです。

夏の音、夏の匂い、夏の光、特に電車シーンなど、本当に首都圏近郊の私鉄にのっている
ようなかんじです。職員室のかんじ、学校のつくり、地味なようで非常に丹念に愛情をこめて
作ったんでしょうね、というかんじです。家族の会話とか・・・・、小学生や中学生の頃の男子
と女子の「淡い感覚」とかね。

大人になっても、本当に好きな人というのはこういう感覚をお互いに感じる人なんだと、なん
だか、本当の「愛」ということを確認させてくれる素晴らしい映画でした。
大人になってみてはじめて、この映画の「よさ」が染み入るようにわかる気がしました。
個人的には「懐かしがる」ということに耽溺するタイプではないのですが、それでも、
やはり懐かしい。思春期特有やぼったさと爽やかさが双方とも愛らしく表現されていました。

ストーリーというより、描写が素晴らしい作品でしたねぇ。
でも、凄いものづくりというか感性の方々が作っている作品だけあって、実は深い意味をかんじ
たりするシーンがいくつかありました。

どこに行っても、このDVDをみると、自分の中学生のときの日本にタイム・トラベルできそうです。
中学生のときって、本人はそんなに快適ではなかったような気がします・・・それこそ、いつも
自分は「こんなんじゃ駄目だ」とか思ったりしてね・・・、でもこの頃の友達とか先生とか家族との
関係とかって、今思うと、いいもんだったんだなぁ、とかね、思いました。

本当に大切な男性(男性にとっては女性)というのは、やっぱり、こういう初恋のような気持ちで
付き合っていく人なんだろうと思い直しました。幸せの原点は爽やかさですね。(笑)

今朝、10時すぎに起きると2日前は殆ど蕾だった牡丹が満開になってました。
思わず、寝ぼけ眼で写真にしたけど、よれてますが、実物はもっと綺麗で、いいにおいがします。




綺麗なもの、よいものをみるというのは大切だとつくづく思った映画でした。
元気が欲しい人、人を愛するって?(なんか、思春期っぽい恥ずかしいテーマだけどね)と思った
人はみてください。
爽やかな、レモン風味のような映画でしたよ。
戻りたいけど戻れない、15の夏というかんじですが、新鮮さは忘れないようにしたいです。
こんな感じを味わうのって、「大人のたのしみ」なのかもしれません。

アマゾンでレビューが変な形で消されたことがあってからちょっと気分を害して、ご紹介を控え
ていましたが、本とか映画について個別に問い合わせを頂くことがその後何度かあるため、
復活させました。今回のDVDはこちらです。

耳をすませば耳をすませば
(2002/05/24)
本名陽子、高橋一生 他

商品詳細を見る

2008年4月23日 また「ニコラ一色」の今日の新聞スタンド

今日はお茶の時間(16時)まではとってもいい天気でしたが、ちょっと雲がでてきました。
それでも明るくてとてもよい気持ちです。(笑)

今夜はテレビでニコラ氏(サルコジサルコジ大統領)の演説があるということで、新聞各紙はその
ニュースでもちきりです。それぞれ、結構笑える一面でした。
でも、この一年、本当、こういうかんじでした。

なんだか、サルコジ氏が大統領に就任してから、すべての新聞が「Canard enchaine」化したよう
な気がするのは、私だけでしょうか・・・・?(この新聞はフランスで強烈な人気の政治風刺新聞で
すが、私がエールフランスを好んで使う理由のひとつにこの新聞があるからということがあります。)

でも、ここに、皮肉なようですが、こういうところに私はフランスの豊かさを感じるわけです。
言いたいことを言う人がいる、いろんな意見をきけるというのは、一番大切なことだと思います。

で、今日は一番減りが激しい「Liberation」紙を買ってみました。




サルコジ大統領就任1周年ということで、ご本人は人気挽回と「購買力アップゥ!」の公約をまだ
果たしていないということを埋め合わせるべく、フランスが改革第二段階に突入していくのだという
ことを国民にしらしめようということが目的なようです。

一方、フランス人の65%が大統領のとる行動が「むしろ悪い方向に行く」とみており、今夜の演説
でそれが加速していくということがわかるだけなんじゃないの?と恐れているそうです。
あら、まぁ

ニコラはここ一年、雑誌の売れ行きにひどく貢献したとありました。
まずは、6面の下のほうに小さくある書いてありますが、サルコジ=ブルーニ夫人の独占インタ
ビュー記事がのった大衆的なニュース雑誌「L’Express」の販売部数が、ミッテラン大統領の死
を特集した時の同誌の部数を抜いて60万部だったそうです・・・・。
ルモンド紙によれば、サルコジ氏は昨年度で1億一千万部を超える雑誌の売れ行きに貢献した
とのこと。

個人的に笑ってしまう記事も結構あって、例えば9月にNYでマラソンに参加したときの写真です
が、何故かNYPD(NY Police Departmentの略)の文字とそのエンブレムが目にもまぶしい
Tシャツ姿・・・まるで警備に敬意を表して広告塔をつとめるかのごとく・・・これを見たとき、私も
「へんだなぁ」とおもったのですが、やはりここでもニコラの行動Best・・・・に取り上げられていま
した。それにしても、これ、NYペーデー(フランス語読み)とするとと馬鹿なことを言う人がいて、
また恐ろしい・・・・私の品位に関わるので、こういう冗談は説明しないでおきます・・・。

う〜ん、往年のグラハム・ボネット(私が子供の頃、「孤独のナイトゲーム」という歌をうたって
いたアメリカのロック歌手のおじさま)も真っ青のグラサンをかけて、走る姿、クール。(笑)
そういえば、あるイタリア人の貴族で事業家の方でニコラと確か同年代でしたが・・・・彼もや
はりJFKを意識していました。この新聞によると、ニコラもJFKに傾倒しているそうで、
1960年代のアメリカに憧れて育った口らしいです。ラルフローレンがお気にのブランド(セシリ
ア前夫人もそういえば着てたのをみたことがあります)だそうですが、それがきっとこの日
(マラソンの写真を撮られた日)にはみつからなかったんだろうと茶化して書いてありました。

それにしても、このマラソンに付き合わされた(?)我等がベルナール・クシュネー氏のニコラ
のとはちがってちょっとヨレたかんじのTシャツの文字もそういえば気なる・・・・
ゴリラ戦争」?それに「!」がついている。
ふ〜む。
もし読み間違いでなければ・・・・・ある意味、政治には門外漢の私のような一般人にしてみ
れば、政治とはそのようなものかもしれないと頷いてしまいそうですが、(これは幸いにして
フランス語でしたが・・・・他人ごとでも安心・・・)本当、フランス人っておかしいですわぁ。

ちなみに、我等がベルナールを外務大臣に迎えられたということは、ニコラの最高の人事と
同紙でも評されていました。ご存知の方も多い通り、ベルナール(などと親愛の情をこめて
呼んでいますが)は厚生大臣の時、国境なき医師団が設立されたんです、例えば。
非常に忍耐強い(l高級官僚の鏡ともいえる・・・)、フレキシブルかつなんだかやっぱり
フランス人的に、「楽しんじゃう」スタンスが素晴らしい・・・・(笑)

あとは、ドイツのアンゲラ・メルケル首相とニコラの相合傘のチュ〜の2ショット。
こうしてみると、ニコラはかわいいらしいではありませんか!?

給料も172%増えた(1.72倍ではりませんよ、増額が172%なんです)ということら
しい、フランスも「国際標準」ということでの決断らしいです。

あとはかの有名な、ビル・ゲイツのFouquet(というシャンゼリゼにある、いかにもという
お高いレストラン・・・ただ、フランスやイギリス人の方で払える方はよくいくみたい・・・
なんというか一種のステイタスなんでしょうね、親父達の)も真っ青のギラギラ趣味の、いや
豪華なニューハンプシャーの別荘を借りた(賃料4万4千ユーロ)のヴァカンスが一般の反感
を買ってます。Paris Match(フランスのちょっとシックなでもゴシップ雑誌)には同紙いわく
写真の「太鼓腹」を修正させたとかしないとか・・・・

はたまた、公の場で(農業博覧会)は、一般の迷惑人に対して「うせろ、このアホんだら!
(本当は、もっと悪い言葉なんですが・・・私には訳せません)」と言ってしまったり・・・・
これは、さすがに収集のつけようがない失言でしょう。

ちなみに、もっと真面目な批判もあるんですけども。
プーチンを堂々と支持している珍しい国家元首とか、リビアの「商談」の件が実はほとんどが
でっちあげのお手柄だったとか、失業率低下の数字の真相とか、地元に出馬させたおだめ
息子さんを(どうしようもないから)ロサンジェルスの領事に任命させたとか・・・
そうまともな話ではないかしら・・・これも。

よくわからないけど、なんでまた、こう人生ややこしくして、いいえ、この際、世の中をややこしく
しているのかなぁ?と思ってしまいます・・・、政治にうとい私としては。

にしても、ニコラは私より1cm身長が低かったのかぁ。
大きな発見。
ふ〜ん。

と、ニコラにかまけていられませんわ!
今日はパイナップルとバナナとりんごとなつめやしとナッツで特大サラダを作ることにしました。
あとはデンマーク風のオープンサンドです!
残念ながら、ニコラの演説はみれそうにありませんわ、ごめんねニコラ。(笑)

でも、政治の世界っていうのは、人をみていていもなんだか・・・・個人の幸せから遠い
ところにありますねぇ。

2008年 4月23日 男女の違い

ぴかそ


今日は春のお散歩ということで、のんびりとピカソ美術館にひとりでふらりとでかけていきました。
ピカソ美術館はパリで何故か一番好きなのですが、やはりピカソの作品からはエネルギーをもら
えるということと、個人的には誕生日が一緒ということもあり、なんか非常に波長があうのです。

ピカソという人の姿を(写真でしか存じ上げないけれど)拝見していて思うのは、お年を召せば
召すほど「本性」が出てくるんだなぁということ・・・ この人は、ご高齢になられても老人という
かんじがしないというのも、凄いですね・・・(私はショーン・コネリーは別として、あまり渋い魅
力というのがわからないのですが)この人については、若いときよりお年を召してからのほうが
魅力がでているように思うのですが・・・・どうでしょう?

でも、本来、そうありたいですけどね。

にしても、絵というのは特に念がこもったり、像とかもそうだけど、なんか他のものが入ってし
まうことがあるということです(霊とかね)・・・・が、本当みたいに思います。
ただみるにしても買うにしても貰うにしても(贈るにしても)、どんなかんじがするかって、やはり
非常に大切なポイントだと、絵のことには不案内な私でもつくづく思います。

エゴン・シーレというデカダンの割りと人気のある(癖が強いけれども)作家の展覧会に行った時
のことは今でも覚えています・・・・ある絵をみたときに、非常に嫌なエネルギーをかんじて、「こん
なのみていたら鬱になって、危なくなる!」という、恐怖、危険を感じたことがあります・・・見る人
を巻き込んでいくような、凄いネガティブパワーでした・・・・。

ピカソ美術館は2、3年ぶりに訪れたのですが、展示内容がかなりかわっていました。
私は以前のほうが好きだったので、なんだかちょっと残念でしたけども。

なんだか物足りない思いでピカソ美術館を出ながら、あることを思い出していました。
数年前、ある友人とデートの約束をしたのですが、お互いに自分の思った時間に相手がくると
思って時間を確認せずにいったので(なんちゅう2人やねん!?)、すれ違いになり、
私は1時間半も一人でワインをのんで待っていましたが、「一体、どういうこと?」と怒り、
相手は仕事を終えて洗車させて着替えてと、(きっと)格好つけてきたら探しても
いないので落ち込み・・・(男女ではこうも違うもんなんですね、おなじ「失望」の表現が)、
その夜のデートはお流れになってしまいました。

ちゃんと最終的に誤解はとけましたけどね。
人間、頭に血が上ると普段では考えられないようなことをしているもんです(笑)。
男の人って普段は怒るのに、肝心なときに落ち込んで殻にとじこもるというのは、矛盾していると
思いますよ、ねぇ。でも、こういうとき、女性側も怒っていてはいけないとおもいました。
いつでもゆとりがある状態でいることで、優しい気持ちでものごとを考えられるんですわね。

ちなみに、その待ち合わせ場所がこのすぐちかくのEspace Topographie de l'artというデザインや
実験的モダンアートなどのための臨設展示スペースでした。「ふふん、そんなこともあったなぁ」
などと、なんとなく、その場所まで歩いてふらりと中にはいってみました。

Topographie


今日はタイポグラフィという、デザイン関係になるんでしょうか、の分野で有名なフランス人、
Philippe Apeloigという方の展示でした。そこにあった説明によると、彼はタイプレイアウトの新しい
試みをタイポグラフィの抽象化や新しい書体の開発などを通じて行っている第一人者のようです。
フランスで美術を学んで、アムステルダムにわたり、そこでタイポグラフィーというものに興味を
もったのだそうです。数あるキャリアの中にはオルセー美術館のグラフィストとしての仕事や、フラ
ンスの外務省のお仕事などもあるそうです。アメリカ西海岸に暫し活躍の場を移したもののパリに
戻ってスタジオを設立し、イタリア、ドイツ、日本でもいろんな賞を受賞し、現在は世界中で専門
分野について教鞭をとられたりもしているそう。凄い、スーパーなフランス人ですわ。
と、かなりアバウトな説明ですが、詳しいことは不案内なので実は説明できないのです。
ご興味のある方はサイト、www.apeloig.com をご覧ください。

彼はいろんなポスターを手がけていますが、中でも個人的にゆかりのあるものがあったのでびっくり。
(勝手に一人でびっくりしてます・・・)こういうかんじのお仕事をしていらっしゃるという一例ですが・・・
ビデオなども上映していて、この分野の専門外ですが、結構楽しめました。
そういえば、フランスってグラフィック・デザインで結構有名だったんですね・・・・

Brazil


この近所には、イギリス人の赤ちゃん連れの友人とよくお茶をのみにきます。
結構、パリは子連れだと嫌がられるのですが(でも、ヨーロッパの子どもって泣いたり大声をだした
りしないんですよ・・・アフリカやアジア系の子は躾がヨーロッパほど厳しくないこともあるし、また
ちょっと神経質なのか大声をだしたり注意をひこうとするので周りが落ち着かないし、アメリカの
子供は当たり前のように大人の場所に居るので違和感があったりする・・結構、こういうのってお
もしろいです(笑))、でもこの店は、赤ちゃん連れだからといって嫌な顔をしないので気安いんだ
そうです。

ガイドブックにも個性的でかわいいお店ということで載っているし、なんかパリの下町っぽいかんじ
がしていて、おまけにケーキがすごい大きい・・・・・さすがの私も、食べるとウエストが太くなりそうな
気がして平らげることが躊躇されます・・・・ははは。
かなり外国人も多く、日本人のグループが必ずいて、嬉しそうに写真をとっています。

Le lois


そういえば、男女の違いについて、彼女からも面白い話をききました。
ある小話で、ある女性が山間部をドライブしていたら、突然、大岩のような巨大な豚が前方に
出現!彼女は必死の思いでハンドルを切り、その危機を逃れました。
次のカーブを曲がると、対向車線に一台の車がありました。
その女性は、まだバクバクいう心臓の鼓動をおさえながら、急いで危険が迫っていることことを
対向車線の運転手に知らせなければとおもい、ウインドウをおろして時速80キロですれ違う車
の男性にむかって叫びました。「ブ、ブタ、ブタがいる〜」
すると、その対向車の男性、ウインドウをおろし「なんだ、このドブス!」と
怒鳴り返し、中指を立ててみせたんだそうです。
いかに男性が女性の話をきかないかという例なんだそうですが・・・。
男性が悪いのではなく(この逆のパターンだってあるでしょうから)、いかにコミュニケーションが
難しいかということですね。

ははは。

帰りは桜、ノートルダム寺院の桜をみながら、ふらりとまた帰ってきました。
日本はもう桜は終わったのでしょうね、こちらは一重の桜は何故かもうほとんど散っていますが、
それ以外はまだしっかり咲いています。花や木の多いパリは歩くと花の匂いがふわ〜っとする
ときがあります。
お花、特に桜は愛でることで厄落としをして、幸せになるんだそうですよ。




強力なパリの桜パワーをどうぞ!

2008年4月22日 さわやかな別れ

本日のパリはもう暖かくて、春。
日本よりはでもまだちょっと涼しいかしら?
待ちに待った、大好きな牡丹がもう咲きはじめました!
ここのところ家を彩ってくれていたキンポウゲもそろそろ店頭から姿を消し始めています。




姿を消すといえば、パリで唯一信頼できる技術とセンスを持っていた美容師の方がブルターニュ地方
に一年の予定で移ることになりました・・・もともとパリ生まれのパリ育ちということもあり、寂しそう。
この方は鋏の使い方がとても上手で、ごまかしたりしないんです。
たまたま今日電話して、久しぶりに訪ねたら、もうあさっての夕方で終わりだと奥様がおっしゃ
る・・・「あなたは運がよろしいわ」と悲しそうな顔をしていました。

本当、どこにいてもよい美容師とよい歯医者というのはみつけるのが大変です。
個人的には自分の体を切ったりするし、なにしろ毎日の生活の幸せ感を左右する大切な人達。
技術があって、人柄も信頼できるという方達をみつけるわけですからね。
彼らは芸術家ですよ、本当。尊敬してますよ。
私はたいてい、美容師さんと歯医者さんとは非常に仲良しです。(笑)

歯医者さんは3回目で最高の歯医者さんにめぐり合いました。実は、旦那さんはフランス銀行に
勤務され、ご本人もある企業の管理職である私のアパルトマンの大家さんに思い切って紹介し
てもらったのです。勤務先や肩書きと歯医者がどんな関係があるのだという人もいるのでしょう
が、よい歯医者さんやお医者さんに見てもらうのにはこういうことは結構、大切なポイントです。
本当に、感謝しています。

美容院には本当苦労しました・・・・ 髪がロングだった頃は、単にシンプルなちょっと前と
横に流れがあるカットを頼んだところ、パリで切ってもらうのに3時間かかって
いたことがあります。おまけにシャギー用のヤスリのようなもので切る(東洋人の髪はこれが一番
と、全部これで散切りにざっとする人もいる)のは仕上げ以外やめて欲しいといったもんだから、
気の毒に汗をかいてました。一緒に来た日本人の方は長さ以外何もいわなかったら、15分くらい
で完全な菊人形のようなオカッパにされ、ご本人は「これじゃ座敷童子」だと半べそをかいて私を
鏡の中で待っていた姿をいまでもおもいだします・・・・。気の毒というよりも正直、おそろしい。

でもって、いろんなところを試しました。なんか、かんじが流行っているところ・・・かんじだけでカット
の技術はゼロ。(ブロンドとかの髪だとカットがあまり問われないのですよ・・・本当)で、その頃
仲良くしていたイタリア人の凄いエレガントな友人(イタリア人のエレガントはやはりすごい素敵)
にきいてみると、彼女はイタリアまで一二ヶ月に一度切りに行っているとのことでした。
彼女いわく、「あなたや私のような黒くてコシのある髪を切れないのよ、カットの技術が低いから」
と思わず、「イニャッツア(彼女の名前)、わかるでしょう!ア〜、イタリア女性!」と肩をすくめて
大きくうなずいてしまいました。(これぐらい自然に盛り上がって丁度いい関係というのは素敵です)

いろいろ失敗し、アメリカ人のファッションコーディネーターの友人に彼女の美容師を紹介してもらい
ました。彼女はその分野では完璧主義で、またいつも本人が素敵でしたから。で、ジェットセッター
ご用達といわれるそれこそイタリア人の女性カリスマ美容師(だった)方の、アーティスティックな
中に人間的なぬくもりのある(イタリアのモダンアートにかこまれた、お洒落でセンスのよいホス
ピタリティ)、サン・ジェルマン・デ・プレ近辺の高級サロンを紹介してもらいました。
お値段はシャンプーカットで3万ちょっと。

さて、切った後はヨガのスタジオでも、「さりげなく」グッチのモカサンとかエルメスのバックをもって
いるようなタイプの知り合いに「どこのサロン?」ときかれたりもしました。日本人の女性とは違い
アバウトなようで(私も実際、スタイリングなどしないし、ドライヤーも家にはありません・・・)
実は、ちゃんと見てるわけですね、お洒落人間というのは・・・・(笑)でも、なんだか、頭の形
にあっていないような・・・なんか落ち着かない、カットが。感じの良い女性でしたが、凄く疲れてい
て、もう30分単位でお客が来ていました。非常に疲れていた・・・・お高いカットでしたが、有頂天
も2,3週間で醒めました。あまり好きじゃないカット。
しかし、非常に特殊な切り方をしていて、カットの土台をサラにするのに一年かかりました・・・・

その前に友人のフランス人でやはりいつも身奇麗にしている人のカリタのサロンに言ったことがあ
りますが、いかにも高級サロン然としているのがあまり好きじゃない、間違いはないけれど、4万円
だして気に入らなかったら・・・・怒ります。

その後、日本人のキャリア美容師でとんでもない目にあい、次はフランスやイタリアの女優担当と
いう人に切ってもらいました・・・・まぁ嫌じゃないけど、やっぱり駄目だ。

ここまで読んでこられた忍耐強い方は、「一体、この人なんなんだ」?
といいたいかもしれません。
でも、一度、美容院が決められなくなるともうどうしようもないんです・・・女性の3割はおそらく。

自分でもようやくアホらしいとおもい、それ以後、セミロングにしたままゴム
で後ろに束ねたりアップにしたり(フランス人は大好きですね、こうするのが)、ちょっと洒落た
いときはバレッタで有名な
髪留めでもして出かけていました。その姿ですっかりおちついてはや1年・・・・2年・・・・3年・・・?

昨日、急に髪をばっさり、切りたくなった。

それもリップ・ラインの長さのボブに!パリでそれが難しいのならロンドンででも・・・・と熟考し、
で、今日の美容師さんのところに戻ったのです。

この方の基本の型はボブ系だとみていました。カットの技術が高いのです。
でも、なにより、切る人が「こうしたらかわいい、こうしたら綺麗」という気持ちがあるのとないのと
では全然違います。出来上がって自分ではわからなくても、会う人が自分の知らなかった自分
のよさを教えてくれて、はじめてわかることも何度もありました。

やっぱり、本当のプロっていうのは仕事に「まごころ」がなきゃいけないんですね。

はからずも、パリの髪の芸術家エリックの最後の予約、カットになってしまいました。(涙)
10年ぶりに肩より短くするのよといったら、「そうか、君の人生を僕は今回変えるんだね!」と
いって、期待以上に仕上げてくれました。
パリの贈り物、シンプルで丹精こめた丸みのあるリップラインのボブです。

いい出会いというのは終わりもさわやかですね!(涙)
パリで会った最高の美容師でした。
会えて嬉しかったですよ!ありがとう!元気でお幸せにね!

2008年4月13日 「ただいま〜」の場所

私にとってパリでここ数年、「ただいま〜!」感覚の場所がありました。
住んでいるカルティエよりも、もっと「ただいま」度が強い場所。
それは、いきつけのヨガ・スタジオです。

もうかれこれ4年になりますが、パリにいる時は週に5日はバスタオルを絞るとびっくりするほどの
汗を流します。初心者からはじめて、いろんな人のお陰で、今ではふつうのインストラクターでは太
刀打ちできないほどの上級者になりました。(笑)

ヴァカンスなどの長期不在から戻ってここに来ると、スタッフや常連をはじめ、なによりもこの場所が
私を「おかえり!」と迎えてくれていました。




この場所で出会いと別れが一杯あり、一番楽しかった頃の面子は殆どもういません。
あたらしいスタッフが半分以上となり、以前は個性豊かだった華やかな常連もなんだか普通っぽく
なってきた・・・。あれは、まさにひとつの青春だったのだと思います(笑)。

同じ場所であってそうでない、場所というのは空間というだけでなくそこにいる人々で作っているもの
なのだとパリではよ〜く思います。

生徒さんの数が増え、スタジオも2軒になり、スタッフの数も増え・・・・。
反面、以前は一切なかった盗難が増え、3ヶ月単位で生徒が入れ替わるようになり、授業の質が
落ちてきた・・・。以前はよく何人かの常連とスタッフでパーティーをしたり、遊んだりしていたのに、
最近はそういうこともなくなりました。いろんなことでお互いのコミュニケーションがありましたが、
それぞれみんないろんな事情がでてきたのでしょう・・・。

私と一緒にヨガをやってきた「代」の連中は私ともう2人を除いて全て先生の資格をとって、今では
教える側にまわっています。人生をこれで変えられるんじゃないかと燃え、正確には「変えたかっ
た」人達。中には資格をとってから、「嫌気」がさしてヨガ自体をやめてしまった仲間もいました。

一方、他に仲良しの常連の中には雰囲気が変わったのをみるや、何年も通い続けながらも、
「嫌な感じ」「変だ」と苦い面持ちでやめていく人が何人もいました・・・。大方彼らが去ってから、
盗難・紛失が頻繁に起きるようになったのも偶然ではないと思います。

人が集まるところ、いろんなことがあります。
それが面倒だといえばそうですし、取り合いたくないことにつきあう羽目になったり、喧嘩して
仲直りしたりそのまま離れたり、まぁ、過ぎ去ってみればいい思い出ですけど。

一連の動きに多少関わりながら、事の成り行きを観察して、彼らは2つのグループに分けられる
なぁと思いました。ここで示されていたのは「嫌だとおもうことがあっても、人生はそんなもの、これ
でなんとかなるかもしれない」という選択と「嫌な感じのことはしない」という選
択。あなたならどちらを大切にしますか?

この選択をした人達のそれぞれの「その後」というのをみてみると、かなり面白いのです。(笑)

結局は、「嫌な感じ」を尊重してものごと(仕事であれ私生活であれ)を決めることが出来る人
というのはある意味、そういう自由がきく状況にあるとか、物事に執着したり「賭けたり」しないで
生きている人達なわけですね。

ところで、あなたにとって自分の家以外で、「ただいま〜!」という感覚を感じる場所というのは
どこでしょうか?記憶や思い出がばぁ〜っと溢れてくるだけではなく、その場所自体に非常に懐
かしい「気」のようなものが漂っている場所。初めて行った場所なのに懐かしいという場所。

実際は、場所そのものや雰囲気がわるくなったり、あるいは単に自分の満足や楽しみのレベル
が違ってきたり、その場所や集団と自分との縁というものはその都度変わるもののようです。
もしくは、専ら自分の思い入れが強いことでその場所に執着しているということもあるようです。

もう随分前、ある大使館のレセプションに仕事で行った時、日本人の在パリの重鎮っぽい人が
ずらりときているのに恐れおののいたことがありました・・・。
その中のお一人で日仏の通訳をなさっている紳士が、「もう、日本に帰ってもふるさとはないよ
うに思えて切ないですよ。自分の記憶の中にある日本が私のふるさとですねぇ」と遠い目をし
てお話されたことを今でもよく覚えています。
帰るふるさとが記憶の中にしかないというのは、衝撃的でした。

私の究極の「ただいま〜」の場所・・・・幼少期のうっすらとした思い出しかなかったその土地を
30年以上たって訪れたことがあります。空気の匂いとその場所の感じで一挙に三輪車に乗っ
ていた頃の記憶が蘇りました。そちらを維持して下さっている方々のお陰があってのこととおも
いますが・・・・ 時代がどう変わろうと私を迎えてくれる素晴らしい場所です。

パリの「ただいま〜!」の場所が最近、ボヤケテくるのを見ながら、私達はかなり移ろいやす
い形で生きているのだなぁと思ったりしています。自分の体が自分の生きる場所、「人生即
道場」と三輪明宏氏(だったかしら・・・・)がおしゃっていたように、自分の今生きる空間をその
都度最高の場所として(整えて)生きるというのが、一番まっとうな「自分の場所」感覚なのか
もしれません。

人それぞれですが、土地に執着せずに良い環境、状態で生きるのが、私の理想です。

そしてたとえ移ろうものであっても、「ただいま〜」といえる場所があることは幸せだなぁと
思うのです。パリで自由に生きるような人達もみんなそんなところを探しているように見え
ることがあります。

2008年 4月12日 本気で生きると・・・・

パリはここのところ「春ぅ〜」というかんじと「さぶ〜」というのが一日になんども交互に訪れている
ようです。ただ、陽が差しているときには木々の緑が眩しくて、それだけでも自分のうちから「う
わーっ」とエネルギーが大きくでるようなかんじがします。
来週は天気の良い日はお散歩することにしましょう。(笑)




最近はこちらでもダライラマと中国関連のニュースが多く、個人的には今年は本当に「今まで出て
こなかったことが出てくる」年回りだという風水の言葉を思い知らされています。
とはいえ、フランスでは新聞やチャンネル France 2の人気報道番組「Envoyé special」などを
はじめとして、恐ろしい中国国内の実態が以前より報道されていましたけれど・・・・

私の知り合いのフランス人女性で、医療センターを作り、チベットに無償で活動に加わる意志のある
医師と看護婦を派遣するという活動をしている人がいます。国境のない医師団など有名ですけれ
ど、彼女は自分で独自にAssociationを設立し、ビラ配りなど友人2人の手を借りたほかは殆ど一
人で様々な「関門」を突破した人です。

どこかミア・ファーロウを思わせる顔立ち、小柄で華奢な彼女ですが、その頑固を通り越して強靭な
意志は大きな瞳ときつく結んだ薄い唇にあらわれていました。

彼女とはアロマテラピーや薬草学を2年間勉強していたときに一緒でしたが、なんだかいつもシリ
アスでギスギスしたような、暗くて地味ぃな感じをもっていました・・・。挨拶程度しか交わさなかっ
たのですが、あるときから彼女が生き生きと豹変しはじめたのです。単純に新しい恋人でもできた
のかと私は思っていました。

学校も終わり、暫くすると、彼女が不法移民をかくまっているのではないかと、変な噂を流す
人がでてきました。
きくと、いつもコソコソとしたかんじで、自分のことを話さないし、失業中
で生活も苦しいはずなのに、無理をしてチベット(正確にはインドの国
境地域)に何回も出かけているのも解せないし、しょっちゅう自宅
にチベットの移民を呼んでご飯をたべさせているらしいからなどという
のです。

この話をきいて、私は彼女にそれほど関心がなかったので、「そんなもんかなぁ」と思ったのです
が、こういう話を私に「吹き込もう」という人の言葉尻というか言い方が嫌なかんじがしたのを
よく覚えています。全部、話している人の憶測や印象だからです・・・・。

フランスではこういうことって本当によくあります。
何故でしょうか?

みんないつも「怖い」という気持ちが漠然とあるので、自分がわからないことや人が周りにいると
どうにか自分で知らない部分をでっちあげてでも理解したつもりにならないと気がすまないので
す・・・・これって、馬鹿みたいなんですけど、極めて有害な団体心理にもなるんですよ。
誰か一人の人の嫉妬から尾ひれがついて、魔女裁判みたいになる場合があるんですから・・・・
そういう目にあった人もみてきましたし、私もあったことがあります。
人の嫉妬というのには手がつけられない、ということを思い知りました。
日本でも多少はあるのでしょうが、フランスはもっと酷いです。

本当、愚かしさに際限というものがないので、それなりに「人々」と関わる必要
があります。天衣無縫でいるというのは危険なんでしょうかね。

さて、本当のことはそれから一年後、別の共通の友人にに誘われてチベットとインドの音楽の
コンサートというのに行った際、本人と話して判りました。彼女はキラキラしていてとても元気
そうでした。彼女と話したときに、目をまっすぐに見つめると、逆に真正面からスーッと見据え
られたのですが、そのかんじから、「あぁ、この人の人生はこの人の手の中にある」という印
象を受けました。

地味でつましくみえる彼女は、実は地方のブルジョアの出です。
経済的に何不自由なく育った、一人娘なのだそうです。
パリに出て、ある会社で10年以上働いていましたが、一念発起して会社を辞めてチベットの人
達をなんらかの形で支援していきたいと自分の人生を活動に捧げることにしたのだそうです。
失業手当をうけながら、薬草楽などの自然療法を学び、パリにいるチベットの人達と協力して
活動の青写真を描き、Association設立の手続き等を役所で済ませ、ビラを配ったりしながら、
地道に理解者を募っていったのだそうです。

何のコネも最初はなく、ただ、チラシをコピーして街頭で署名活動などを一人でしていたそうです。
その頃、とんでもない噂を流す「友人」が出てきたわけですが・・・。

ちなみに、その噂を流した「エセ」友人は、インドの瞑想やら仏教やらダライラマのファンで、よく
パリにいる東洋神秘主義にカブレてしまっている人なわけですが・・・・ただ、自分の好きなインド
やチベットに関わりを持っているのに自分に「分けてくれない」のでそれが面白くなかったん
でしょう、きっと、ということに第三者でありながら双方を知る共通の友人と
話していました。ただ、インドやチベットといっても、ただ漠然と現実逃避で神秘主義に憧れてい
る人とは行動したり考えている次元が違う・・・・本人はそれに気がついていないのでしょうね。

自分の嫉妬からこういう憶測で無責任なことを言い始めると、最終的には自分が人から憶測で
こういう風にいわれてしまうものなのですね。本当、中途半端なことは言ったりしたりしないほう
がいいという例。

本当、人のことをうらやましがる人というのはかなりきついです。
何につけ、そういう人は、少なくともその件についてはズレているからです。
未だにまだいますけど、たまにね。

さて、本気で想い活動する彼女のほうは、そのうちに、2人の友人が日曜日のチラシ配りを手伝
うようになり、医者や看護婦の資格がある人で賛同者がでてきたそうです。

そもそも、なぜ、そこまで一年発起できたのかときいたらば、チベットの件については(他の
の西欧人もそういう人がいる)中国との関係から、ヨーロッパで起きたナチスの時代とだぶる
のだそうです、彼らにとっては・・・・。日本人が時として想像もできないほど、非常に強い感情
を呼び起こすのだそうですよ。

まず、それが根底にあり、その後、殆ど興味本位で参加したダライ・ラマの講演で、感銘を
受け、その後はもう、「実現するしかない」と誰も助けてくれなくても、一人ででも実現しようと
思ったんだそうです・・・・。彼女のもつ膨大な資料やペーパーワークや単純労働、街頭活動
などの無報酬の数々の仕事は、私にとっては気の遠くなるようなことに思えました。

よく、人の協力を得て実現するべきとかいいますが、人の協力をみこしてやることなど実は
たかがしれていると最近、思うことによくでくわします。(なんか悲しいけど)
言い方の問題なのかもしれませんが(個人的には違うとおもいますが)、本当になにかを
叶えたいとおもったら、本当に誰かを愛したときのように、人は黙って悩んで、黙って進んでい
くのだと思います。

人の協力や縁というのは、その強力な想念の渦に「巻き込まれて」くるものだと、私は自分
の願いをほとんどゼロから叶えていった人達をみていて思います。
本気で生きると、ついてくる。

自分の真実がみえてくると、人は寡黙になるものなのかもしれませんね。
大切なものというのは、心で魂でガッチリと掴むもの。
本気で生きると、本当のことしから残らない。

もう時間がないから、だから、本気で行きましょう!
自分の本当がわかったら、本気で生きるしかないんです。
自分の本当がわからなかったら?自分でなんとかしてください。
難しいことはわからないけど、本物志向ってこういうことなんじゃないでしょうか?
人にみせて納得してもらおう、認めてもらおうというのは、単なる勘違い。

深くいける人はそれだけ高くも飛べる。
浅い人は横這い人生・・・・?最近、そういうの顕著になってきているかんじですが・・・
人のことはいいから、自分の人生をしっかりわが手に!と発破をかける今日この頃。

彼女はいまどうしているのでしょうか?
もう会うことはないと思いますが、陰ながら応援しています。
暫し、チベット関連のニュースからは目が離せなくなりそうです。

2008年4月6日 サトウさんの言葉

本日、日曜のパリは寒くて曇り。
そこで、先週の綺麗な夕日をアップします。
太陽というのはエネルギーそのものなのだと思ってしまいますね、本当。
常に元気でエネルギーに満ちていたいと思います。




最近、月の暦を意識される方が多いようですね。
数年前、あるクライアントから月暦のカレンダーを頂きました。
ちなみに、自分の生まれた日の月齢と同じ月齢の日を選んで大切なことを行うと強運に守られて
スムースにことがはこぶともいいます。
で、今はまさに新月。お願いごとをするのにいい日だそうです。

もう随分前になりますが、ある日、トレーニングを終えてシャワー室で順番を待っていると、私の
前のキャビンのフックに、OX工務店と電話番号を青字でプリントした年季の入った白いハンドタ
オル、「殆ど手拭い」の趣のものがかかっていました。果たして、シャワーを終えて出てきた「手
拭い」の持ち主はフランス人の女性でした。

「こんな日本人でさえ、もはやあまり持たないような、超日本的なものを持ってますね?」と
笑ってフランス語でたずねると、「あぁ、これね、年季はいってますよ、かなり」と流暢な日本語が
返ってきました。顔こそフランス人ですが、しぐさや間のとり方の感じなど、私より日本人っぽい
かもしれません・・・・ びっくり仰天していると、「驚かせちゃった?私はサトウといいます。」と
おじぎをされました。

聞けば、サトウさんはお若くみえるけれど50代。日本人の男性とご結婚されて新小岩に
住んで30年近くになるとのことです。ここまで、ドップリ匂うほど日本人化するまで日本社
会で生きるには大変なご苦労もあったことでしょうというと、「そりゃあ、大変なんてもんじゃ
なかったわよ、ねぇ、あぁいう国でヨーロッパ人で嫁として暮らすのは・・・かなり、日本人
には意地悪されたわよ」と軽く笑いながら、ダーッとため息交じりになる。

日本に嫁として「入る」というのは、サトウさんの世代ではいろんな慣習やら考えがあって、
姑や小姑の兼ね合いから何から、それは凄まじいご苦労だったとのこと・・・・・ 日本人と
して生まれ育った私ですが、そういう状況では絶対に「耐えない」と思います。どうして、
フランスでご主人と暮らさないのですか?というと、「主人はもう、まるっきり日本人です
もん、私と結婚したということを除いては」と、仕方ないわぁというかんじでおっしゃる。

お子さんには恵まれなかったということですが、そのほうがかえって夫婦仲がよいということも
あるというと、「うちの主人は本当、昔かたぎの日本人。気の利いたことをいったりしたりもして
くれません」と笑う・・・・・。

「でもね、日本人の男性はとくに私達の世代はこうなんで、仕方ない。口下手だから。最初は
とても寂しい思いをしましたよ、でも自分の人生は一度きり、つらいことがあっても、自分が
こうしたいと思ったことだから、やってきた」とサラリというサトウさん。

やはり、簡単にいっても難しく考えても、愛というのはそういうもんなんですね。
女の人は強い。

そのときは、実家フランスの母上のお見舞いと看病に一時帰国されていたということでした。
「フランスから日本へ戻ってご面倒なことも多いでしょうけど、最終的にはこちらにお戻りなの
ですか?」ときくと、「そりゃ、貴女はわかるでしょ、日本って訪ねるにはいいけど住むのは大
変、外国人にとってはフランスとおなじかそれ以上に変。あなたみたいだと、日本人でも日本
で浮くわよね、わかるわ、人と違うと意地悪だからね日本人は。私は、もう仕方ない、私の生
活は日本にあるの。」と淡々と話していました。

その後、2、3日、サトウさんとは一緒になりましたが、あいかわらず日本人の佇まいを色
濃く漂わせていました。そんな思いを察してか、「不思議よね、貴女は見ても話してもヨーロ
ッパ人、私は凄い日本人してるでしょ?」とあの年季の入った手拭で水滴をぬぐいながら笑う。

もうすぐ日本に帰るというサトウさんに、「なんだか、数日だけのお付き合いでしたが、
サトウさんと呼ばせてもらうのも懐かしい気がしてましたよ。気をつけてお帰りください。
でもフランスが恋しくないですか?」というと、サトウさん、「親が年をとっているからね、
でも自分の生活があるのはもう日本なのよね。人生は一度きり、自分でこうしたいと
思ったらそうしていくだけよ、したいことがあるなら、自分ですると決めてやっていく、
人生を生きるというチャンスは一度だけ、後悔しないように。」

最後に「行きたいところに行きなさい」と当たり前のように、そして力強く語る彼女に、私は
はじめてフランス人を感じました。

OX工務店の手拭をもってまた小岩に返って、買い物だ用足しだと自転車であちこち走り回
っている(んだそうです)サトウさんの姿を目に浮かべると、妙にインパクトが強いなぁ、と思
うのです。

今朝から、彼女のことをなぜか思い出すのです。
新月の日にこんなことを思うというのは、なんかシンクロしているのかもしれません。

命がけて生きるというのは、なにも崖を上ったり、相場で一か八かをすることではないの
ですねぇ。

なんともない日常を生きながら、節目節目できちんと自分のことを自分で決めて生きていく、
あるいは節目を作っていく、どうなるかは判らないけど、自分がこうだと思ったらそう生きる。
サトウさんにもらった励ましが、今になって効いてきたかんじ。
本当にしたいことならば、勇気というのは出すもんじゃなくて、出てくるもののようですね。

実は偉大なる女性、サトウさんかぁ。

2008年4月3日 幸せ一杯




本当に今日のパリは素晴らしい天気です!
太陽の恵みというのは本当にありがたい!
もう、凄く幸せですわ!
こういう幸せムードに溢れたひと時、もう暫く忘れていたなんか喜びや力がわいてきます。
本当、お蔭様でついてます!

今しがたひとまず帰宅して、19時くらいのパリの空です。
写真でこのパワーが伝わるといいなという思いをこめて。
本当、素直に太陽ってありがたい。
パリの人はみな上機嫌。

2008年4月2日 意識が人生の質を決めるとしたら・・・・




パリは晴れたり雨だったり。
たいていは折りたたみ(なんかこちらで買う傘はとても骨が華奢)で間に合うけれど、春だといって
もまだ寒いので余計鬱陶しい。
かと思うと、ガラッと晴れたりする。

今日は玄米を小豆と昆布で炊いて、モロキュウ、生のブロッコリーのゴマ醤油よごしと、海苔と
アボカドとわさびという、日本人の大人以外はあまり嬉しくないなものを食べました。
私は勿論、満足・・・。

しかし、危うくブロッコリーにまぎれて逞しい青虫を食べそうになってしまい、
肝を冷やしてしまいました・・・・・。うかつでした・・・よく洗って刻んだつもりが、水に浸けなかった
からでしょう。(冷汗)昨日はロメイン・レタスを使ってトマトや自家製スプラウトとりんごや干し葡
萄とサラダにしたのはいいけれど、その後流しにふやけたやけに大きな干し葡萄があるなぁ、
とつまんでみたら・・・・ナメクジ!でした。あぁ、びっくりした・・・。

有機野菜や果物を主食にして以来、虫が怖いなどと、そんなことは言ってはいられなくなりました。
はじめはキッチンで悲鳴を上げていましたが、次第に慣れ、今ではギョッとするものの冷静に対処
しています。でも、いくらなんでも虫を食べることはできません。イナゴの佃煮と蜂の子は食べた
ことがありますけど・・・・あんまり好きじゃない。

しかし、これこそ、一種の究極の選択で、殺虫剤や防腐剤や化学肥料という明らかに体はおろか
地球にとって危険なものと、青物をむしゃむしゃと食べて育っている、ある意味清潔で健康な虫と、
どちらが本当は排除すべきものかということですね・・・・・。
答えは明らかなんですが、なぜか本当に大切なことから遠ざかってきたのがここ数百年の人類。

とにかく、今日の青虫の醤油漬け(高品質の手作り有機醤油といえど、自然児バリバリの青虫
君には醤油の中の塩分は猛毒でした・・・・ご冥福を祈ります)に懲りて、より丁寧な野菜の調理
を心がけることにしましたが・・・・
ちなみに、私はお塩(天然塩)が好きなのですが、野菜につく虫はたいていは塩で死んでしまい
ます・・・・そういうのを目にすると、塩をなるべくとらないようにしたほうが体には安全なのだろう
と思えてきます。砂糖よりも塩を絶つことは私には難しいでしょう、きっと。

おそらく、毎朝1リットルくらい飲んでいる日替わりスムージー(今日はパイナップルとクレソン
と苺)などのなかには結構虫が入っているかもしれない・・・要は、感覚の問題ですね。
知らぬが仏。
でも、今どうなってんのかわからないお肉や(特に養殖の)お魚を下手に食べるよりは、タン
パク源としては比較にならないほど豊かで安全なのがこの昆虫達かもしれません。

「虫は気持ち悪い」という考えのせいで、都会人は重大な過ちをおかしているのかもしれ
ません。確かに、ナメクジもその他の虫も農家の方にとっては害虫ですし、同じ畑からとれた
ものだったら、虫食いのものより虫食いじゃないもののほうがいいです。

でも、虫が気持ち悪くて害だという考えに囚われすぎて、真実が見えなくな
っているのが、都会に暮らす人達の大多数なのだと思いました。

それが回りまわって、自分達の免疫力を弱め、アレルギーや不定愁訴から癌や糖尿病、心臓
病などの重大な病気の原因になっているかもしれず・・・・、今や個人的な問題ばかりではなく、
地球全体の問題にまでなってきているのですから、下手な思い込みやイメージは排除して、実
際自分の身に起きていることから物事をみていかないと危険です。

意識の問題なんですね、全て。

例えば、以前私が生理用品を使い捨てから洗って手入れをして使うものに変えたことで、
体の調子とともに精神的にも非常に良い効果を経験したことを友人知人に伝えたことがあり
ます。驚いたことに、3人の友人が、私が頭がおかしくなったのではないか?という反応を
示してきました。
私はいいことずくめだったので、嬉しくて人に伝えたかっただけなのですが。

これも意識の問題。

そういうことに抵抗を示すから低いとか、使っているから高いとかをここでいわんとしている
わけではありませんよ。
ただ、自分のこうだと信じている固定した枠組みに忠実に生きていると、本当のことが見
えてこないということを言いたいのです。その上で人それぞれ選択の自由というのは歴然
としてあると思います。

私は「温暖化」によって目覚めたエコロジストでは決してありませんが、個人的に生活の質
を高くしようとした結果、はたから見ると結果的にはそういう人みたいになってきます。

食べ物しかり自分の体しかり、自分のベースの部分で手間をかけることを「雑用」だとか
「面倒」だとかいう人が多いことが・・・・もしかすると、今世の中で起きている悪いことの
原因だったりして・・・・。そういわざるをえない状況で生活するのが大半の現代人といえ
ばそれまでですが・・・・そういってしまえば身もふたもない。
自分の生活の基本に関わることを「雑用」として簡単に済ませてしまうのが、いままで
の現代人でした。でも、ちょっとそれってもうスタレタかんじ。

難しいことはわかりませんが、ある意味、格差社会というのは単なる所得の差ではなく
なってくるような気がします。意識の差、意識の差が人生の質を左右するんだと思いま
す・・・。だから、幸せとそうでない人の格差が広がる社会になると思います。

生活習慣、食事などというものは最たるものですが、これは文化や伝統だけでなく、
個人の体質や性格などたとえ家族でも人それぞれです。
でも、人生のどの部分であっても解決しなくてはいけない、「問題」が出てきてしまった
ら、それはその人の生き方の癖や習慣、すなわちそれを決めている意識にかかわって
いるのだと思います。

テーマが深すぎて、一度には語れませんが。

青虫体験から学ぶことは結構大きい。
でも、やっぱり怖いです。(笑)

2008年3月31日 改めて、「千と千尋の神隠し」は凄い映画なんですね

もう、本当に春です。
しかし、パリは寒いです。
ただ、今日は午後からお天気に恵まれて、本当に快適でした。




本当に遅まきながら、先日、「千と千尋の神隠し」なる映画をみました。
凄い映画だと思い、立て続けに2回もみてしまいました・・・・。
日本ではDVDの色調がよくなくて、映画自体は素晴らしいという割にはブーイングがあるようで
すが、こちらで入手したDVDにはそういった問題は一切なく、最高品質のアニメーション映画とし
て巷で親しまれています。

ただ、ご承知の方も多い通り、あれは子供向けの映画ではないんですよね。(子供がみてもそれな
りに楽しめるようにはできているけれど・・・)
それを日本人以外、特に西欧の人たちがどこまで認識しているかは疑問ですけれども・・・。
それにしましても、なんでこんな凄い映画を今までみなかったのでしょうか?

おそらく、これを読まれる方はもうご覧になっていると思うので内容の説明はしませんけれど、
舞台になっている「湯屋」というのが娼家の暗喩になっていて、主人公の千というのが現代社会
でさまよう思春期の少女という風に考えられるらしいのですね。一方、おそらく江戸時代以前の
昔の日本にあった大らかな性意識、生活風習なんかも伺われます。
マダム・クロード(以前フランスで世界最高の娼家を営んでいたという人)を彷彿とさせるような
ユバーバの存在・・・。橋をわたって「湯や」に出入りするっていうのも、なんか意味があるの
でしょう。

また、主人公の親が豚になってしまうというのも、強烈な現代社会に対する風刺。
子供のおかれた、ある意味救いようのないような難しい社会状況、でも主人公は生き抜いて
自分の力を(はじめて)取り戻す(本来備わっている魂の力、愛)・・・そういう話という解釈
もできる。

神様やそれにまつわるお話が大好きなので、湯屋に訪れる個性豊かな神様キャラクターをみる
だけでもワクワクしてしまいましたが、考えてみれば女神様は一人もでてきていませんね。
やはり、それってそういう暗喩なのかもしれません。

何よりもキーとなるのがあの「カオナシ」というお化け。
結構、哀愁ただよわせながらも、怖い・・・・。
おそらくは蚤かなんかをモチーフにした化けものだと思うのですが、私は以前仕事などを
通して、あぁいう人を何度かみたことがあります。ですから、個人的な記憶とかと混じって、釘
付けのようになってしまいました・・・・。お金はあるけれど、孤独で寂しい魂、自分の居場所を
みつけられない・・・・実際は金や力にまかせて人を操ろうとしたり、支配したりしている人。
魂や心の寂しさ悲しさを行き場のない怒りとして外にむけて暴力的に表現する人・・・。
でも、いつまでたっても本当に自分の欲しいものは力では得られない。

2度しかまだ観ていないのですが、あの映画でやはり印象的なのは「食べる」という行為でした。
人間の強欲さ、食べ物を貪るという行為、現代社会が飽食してもまだ飽き足らずに食べまくる。
私自身、食べるのが大好きですが、食べるということについてここ数年、本当に考えるようになり
ましたので、余計その部分が目に付いたのかもしれません。
おそらく、豚みたいになっちゃうんですね、「上手いもん上手いもん」と食べるために生きると。
でも、豚に失礼かもしれません。

映画の中で千という名の主人公は、いきなりこういった水商売のような業界で新入りとして
生き延びなくてはならなくなるわけですが、そこには華やかな舞台の裏側で働く人々の
人情みたいなのも描かれていたりして・・・?こういう人の温かみがなんともいえない郷愁を
誘ったりなんかして、これが宮崎監督の作品が愛される理由なのでしょう・・・・。

2回みたくらいではこの映画を語ることは到底、できないので、また明日みてみましょう。
渋谷陽一氏(ロッキンオンの編集長だった方で、洋楽好きには昔FMでDJをやっていた番組
が懐かしいかも・・・)が宮崎監督にインタビューしたものをまとめた本が出ているということで
すが、もう少し自分なりに理解が深まったら読んでみることにします。

名前を質に証文をとられて、一生こき使われるというのも、凄い表現だと思いますしね・・・・
この映画のメインテーマというのについて考えるのは、相当深いことかもしれません。
性(おそらく)、金、食、愚、愛、生命、喜。
欲に実は貪り食われている人間とそれから救われる人間・・・・
結構、怖いかも。
ディテールだけでも最高、面白いけれども・・・。
とにかく、凄い映画ですねぇ。

監督のことはファンということでもないし、あまり存じ上げないのですが、おそらく鋭い感性
ゆえに見えてしまう世界の闇(人間の業の深さ)とすがすがしいもの(彼はそれを少女や
少年の姿で描くのかもしれません)を実は人間全員のなかにある(?)、ある「救い」とし
て登場させてきていているのでしょうか?やはりお腹が出た永遠の少年のロマン
と恋心、怒りや悲しみ、そしてやはり日本人としての形容しきれない細やかで大らかな感覚
など・・・・やはりいいものは世界で認められるんですね。でも、日本人に生まれてよかったぁ
と思います、こういうのをみると。

とにかく、いろいろと批評する人の多い世の中ですが、おそらくご本人の意図を超えてしま
ったかもしれないほどの「凄いこと」をこれだけ美しく、誰にでもとっかかれる形で、自分な
りのスタイルを貫いて作品にしてしまうんですからね。世の中の天才という人たちは、おそら
くご本人を超えたものをそれこそ天から下ろされて、それを芸術としてこの3次元に表現する
役目を賜っているのでしょう、と考えてしまいます。そういった意味ではこれは4次元、俗に
いう人の情念が渦巻く霊界のことを描いている映画かもしれませんね。本当の神様という
のはそれより上の次元にいるということですから、もし監督に心当たりがあるなら、もう一段
上の世界も巻き込んだ作品を作っていただけたら(まだ時間はありますから)いいなぁ。

ご自分なりにこう解釈するというのがあったら、どなたかお聞かせ願いたいです。
日本って凄いものを生む国ですわね。

















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