家の近所にある芝生で日光浴をしながらみたアンバリッド。
数年前に金箔を貼りなおしたということで、青空にきりりと映える勇姿。
こういう歴史あるその国のよさを表すような建造物の保存と修復にお金をかけるというのは、フランスのよいところだと最近あらためて思います。

今朝はトレーニングにでかけていましたが、するとなにやら右後ろのほうからねばついた、気持ちの悪い「気」をかんじました。普段はトレーニングのときは自分のことに集中してるのですが、気なるので振り返っておそるおそる見てみると、年配の男性が懸命に腰をまわしながら、不気味な柔軟体操をしていました・・・・ひょぇ〜・・・・。いかめしい修行僧のような表情をして、あごひげを蓄えていましたが、なんだかべとつくかんじ・・・怖いものみたさで「気」をとられてもいけないので、視界に入らないところで私は練習に励むことにしました。(笑)
何だったんでしょうか?あのねばつきは気色悪いものでした。(爆)
などと考えながら家にかえると、マダム・XXXがきていました。
家に定期的にアイロンかけと掃除に来てくれている年配の家政婦さんです。
友人によれば、そのほかに2、3人若い家政婦さんにお願いしたことがあったそうですが、いない留守に来てもらって、勝手にタキシードやスーツを借りたり、長距離電話をかけまくったり、留守に人を連れ込んだりしたことがあってこりごりしたそう。彼女はそういったことがないということでした。
ブラジルなどでは、家政婦さんの手引きで強盗殺人などが起きることが多いといいますから、下手すれば命がけ。そこまでではないにしても、鍵を渡す人をみつけるのは、簡単ではないようです。
私はそんな話をきかされてよい印象をもっていたわけで、はじめてあったときは「お世話になっています」という気持ちをこめて、気持ちよく仕事をしてもらおうと世間話などをにこやかにしてお茶の時間にはケーキなどをだしたりしていました・・・。
しかし、素朴な人というかんじがした一方、なんか悪い意味で「変」でした。
友人によれば、彼女は通称「マダム・ブンブン」ということで、いろんなものを壊したり、みつけられないようなところにものを仕舞い込んだりされるので、来る前に片付けたり注意が必要といいます・・・。それでも長い付き合いだからと基準よりもかなりよいお給料を時給で支払っています。
実際、1年くらいの間で判ったことは、誰もいない時が殆どなので、このマダム・ブンブンは長いこと遅くきて早く帰っていたらしいということ、掃除が好きではないらしいということ、食べかけのものがあれば食べてしまうということ、化粧室のクリームや香水をふんだんに使うこと・・・・、普段こわれないようなものもかなり壊すということでした。面白いのは家には置物や植物などが飾ってあるのですが、それらの配置を換えたりして楽しんでいるようだということでした・・・微笑ましい反面、埃のひとつも払ってもらったほうがいいとおもったりしましたが、あえて言いませんでした。
そのうちに、自分がものを壊したり、乱雑に扱っておきながら私には「壊れたのであれを買っておいてくれ」とか「こんなんじゃやりにくい」とかいろいろぶつくさといいはじめる。友人にはこれみよがしに、にこやで愛想をふりまくのに、私にはかなりぶつくさいったりする・・・様子をみてだまっていましたが、ついに友人にそれを話すとびっくりしていました。
後でわかったところによると、マダム・ブンブンの頭の中では私は友人に「拾われた」若い中国人女性だったということで、偏った知識や固定観念から、はなはだしい誤解をしていた模様・・・。私にエイズの検査はするべきだとか、男性は信用できるかどうかみきわめないと捨てられて泣きをみるとか、わけのわからないことを舌たらずのフランス語で語っていました。友人についてもかなり人物像をゆがめてとらえていたらしく、かなり笑える話もありました・・・が、本人は気分を害した模様。
いずれにしても、マダム・ブンブンの抱いていたあまりにも次元の低い勝手な想像にごっそり気分の悪くなった私は、友人に彼女の仕事なら私がやっても大して負担にはならないと提案しました。現に細かいところの掃除は私がしているのですから。誰かを雇って気分が悪くなるなら、雇わないで済ませたほうがいい。
マダム・ブンブンはとどのつまり「悪い人ではない」ということになるのですが、一方、見識とかセンスがないというか、頭の中で自分の発想にまかせて勝手にいろんなことを作って生きているタイプ。
友人がそもそもマダム・ブンブンを紹介してくれたある家政婦さんからきいたところによると、ブンブンは若いときに身ごもって捨てられ、その後身重のまま酒飲みの職人と結婚したらしい。はじめの子供を夫が認知せず、次に夫との間に生まれた子供とは認知したとかしないとか、夫には服従しながら、自分は家計を支えるためず〜っと家政婦を続けてきたというもの。逞しく見える手は腱鞘炎で震えていました・・・。
マダム・ブンブンは働きづめに働きながら、他人のクリームや香水を使ったり、食べかけのお菓子を食べたり、できるかぎり「さぼったり」することが慰めであり、楽しみだったんだろうということになりました。「たいしたことではない」と友人はいいます。でも、私はやはり嫌だなぁ・・・。
私がはじめに感覚でかんじた彼女に対する「違和感」とはこういうことだったんですねぇ。
自分の中ではよかれと思ってしていることでも、それが伝わらない人はかなりいます。そういった当初はわからないけれども「ズレがあるよ〜」というのを知らせてくれるのが、この「違和感」、便利に使うことを覚えたいと思います。同時に、相手の中ではよかれと思ってしてくれていても、私にとっては丘と違いということもあるわけです。
その後、ブンブンにはどう対処しているかって?
たまに友人に顔をだすようにしてもらって、私自信あまり笑って話さないようにしたら、きちんと定時にきて前よりも目につかない仕事もするようになりました。マダム・ブンブンにとって、うちの仕事はかなり楽で良い仕事に入るらしいので、失いたくないという気持ちが働いたからでしょう・・・・この場合、恐ろしいほど察しがよい。
尊重して自由裁量にまかせられてきたことの幸運に気がつかず、いざとなったら職を脅かされるかもというほうに発想が働くタイプのよう・・・。
これも傍から見れば、自分の意識が現実をひきよせているというか、まさに作っている。
悠々と生きるよりびくびくとしえ生きるタイプ。
自己評価が低いといえばそうですが。
一方、マダム・ブンブンの40年来の友人で、彼女を友人にそもそも紹介してくれたという家政婦の方がいます。
彼女もやはりヨーロッパの移民で、若いときに身ごもって大きなお腹を抱えて相手の男性を追ってパリにでてきたものの捨てられてしまい、パリに出てなんとか家政婦をしながら生活をはじめたそうです。
彼女の人生はスタートこそ同じ、でも対照的なのです。
この方は昔、友人のお兄さんの家で週に一度家事をしていたそうですが、教育こそなかったけれどとても頭がよく、文学や絵画などに興味をもっていたそうで、仕事もかなり細かかったらしい。
そんなことから、文化人の家で家政婦のお仕事をしたりすることが多かったそう・・・。あるとき、ある仕事先の(根拠なしに可能とあらばえばるタイプの性格の人らしい)奥さんがつまらないことでいちゃもんをつけた際に、「そういったものでもないのに、大奥様ぶる人物には耐えられない」とさらりといい、あっさりと辞めたそうです。その後、その家では数年、家政婦さんが入れ替わり立ち代り・・・というかんじで苦労したそうです。
その件について、私の友人は「あぁ、彼女はとてもきちんとした仕事をする賢い人だったし、著名な優れた人の家で働いてきたから、つまらないことをいわれてまで働きたくなかったんだろう」とまわりと話したそうです。実際、彼女にお願いしたものの手が一杯で、その友人ということでマダム・ブンブンが来たというわけです。
その頭のよい家政婦さんはもう引退したらしいいのですが、再婚もせず、必死になって稼いだお金で娘に教育を受けさせ、自分の国に家を建て、自分の娘とその旦那さんと一緒に幸せに暮らしているということです。
その家政婦さんは、誇りをもってある意味仕事先の人を逆に品定めさえしながら仕事をし、よい仕事をきっちりして家まで建て、今は安心と自適に暮らしているそうです。
例えば、この2人の家政婦さんの話ひとつをとっても、実はその人の持っている「質」というか「価値観」みたいなもの、「意志」みたいなものは人間の人生において、年月となって形をとって現れてくるものだと思いました。
自分が心の底で自分にとって相応しいと思っているものを人が手にするというのは本当なんだなぁ、とあらためて思ったエピソードでした。