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なんかその都度「?」と感じた一見関連性のない細かいことが最終的に大きな像を結ぶ。そんな観点から幸せを実現していきたいという気持ちからはじめたサイト。よろしくお願いします。

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2009年9月1日 プロヴァンスを体現する人・・・パニョール、ミストラル、アルフォンス・ドデ



この写真は、「ドデの風車小屋」として知られているものです。
ごつごつとした岩がむき出した乾いたかんじ、このかんじがこの地域の風景を特徴づけていますが、ここは、フランスで一番美しい村といわれるボー・ドゥ・プロヴァンス(Beaux de Provence)から車で15分くらいいったところのフォンヴィエイユ(Fontvieille)という小さな村のはずれにあります。

フランスのニュース雑誌「L’EXPRESS]の8月20〜25日号によると、フランスでは、その地方で傑出した人物を土地と結びつけ傾向がことのほか強いようです。例えば、アキテーヌ地方はモンテーニュ、ブルターニュ地方だとアンヌ・ドゥ・ブルターニュ、ロレーヌ地方だとジャンヌダルク、という風に。

そしてプロヴァンス地方といえば、まずはパニョール(Marcel Pagnol 1985−1974)という作家がこの土地を体現しているそうです。彼はオバーニュで生まれマルセイユで育ち、パリに出て劇作家として「マリウス(Marius)」という作品を書き、映画を作ったことでよくしられています。日本では「愛と宿命の泉」という名前のクロード・ベリ監督、イヴ・モンタン、ダニエル・オトイユ、ジェラール・ドパルデュ、エマニュエルベアール出演の映画が最も知られているところでしょうか。

パニョールについで、他にも昨日ご紹介したミストラル、そしてジョーノ、そして今日ご紹介するアルフォンス・ドデ(Alphonce Daudet 1840−1897)という人物がプロヴァンスを代表する作家として挙げられます。

アルフォンス・ド・デは世界的に「アルルの女」という戯曲を書いたことで知られています。

彼はニームのブルジョアの家庭に生まれ、リヨンで学生時代を過ごし、その後、故郷近くのアレスという町で教職につきますが、好きになれずに辞めてパリにいるジャーナリスト志望の兄のところへところがりこんできます。兄の影響を受けて自分でもものを書くうちに、才能があきらかになっていき、フィガロ紙(フランスの有名紙)のコラム担当兼小説家という形で雇われたことから、世に認められはじめます。ほどなく、ナポレオン三世の異父弟であり政治家でもあったモルニー侯爵にみいだされ、秘書の地位を与えられたことから、社会的に活躍する有利な状況が揃います。

1859年に「恋する女たち」を書き、翌年1860年にはミストラルと出会っているそうです。
1866年には上の風車を題材にした「風車小屋だより」が大成功を収め、1872年には戯曲、「アルルの女」を書きます。この劇の上演にともない、ビゼーが27曲を作曲し、これらのうちのいくつかが組曲となり、今私達がよく耳にするものとなりました。

実はドデは、業績的、才能はより偉大とされるミストラルよりも一般の人の記憶に強く残っている作家で、それは彼の作品が人間関係の機微をリアルにとらえ、描き、人生の不条理の悲しさや人間の感情の美しさを誰もが鑑賞できるような形で表現しているからだといいます。

プロヴァンスの強い太陽の光、独特の地方の風景を鮮やかに描写し、人間というものを生きたものとして書いたような、そんなかんじをうける作品を残しているからなのでしょう。

ここには料理や絵画、歴史、文学と様々な領域でかなり掘り下げて楽しめるものがたくさんあるようですが、今回は文学についてちらりとご紹介してみました。

一度聞いたら一生忘れないというあのメロディー・・・「アルルの女」と「カルメン」。

ビゼー:「アルルの女」&「カルメン」ビゼー:「アルルの女」&「カルメン」
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子供向けの文学としても知られています。
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(1958/01)
ドーデーAlphonse Daudet

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これはパニョール原作で、彼本人の監督作品ではなく、クロード・ベリによる作品・・・キャスティングが豪華ですね・・・なんだか。
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2009年8月31日 フレデリック・ミストラルの里・プロヴァンスのマイヤンヌ村

ここはオリーヴや糸杉の丘、果樹園とセミの鳴き声に囲まれた村、
マイヤンヌ(Maillane)。
プロヴァンスのブティックやレストランが立ち並び、有名人やヨーロッパのやんごとなき人も夏場にやってくるという洒落たヴァカンス地としてしられるサンレミ・ド・プロヴァンスから北東に7kmほどのところにあります。

素敵なプラタナスの並木道を伝って村に入ると、小さな木陰に人がまばらに世間話をしていたりして、石造りの美しい家々、古い扉、ブルーや緑色をした色あせた鎧戸、花に彩られた窓、ひっそりとやさしい風が通り抜ける路地・・・義理の兄の家があることから、毎回こちらにきていますが、来るたびに愛情が増す土地です。



毎日、40度近い暑さでもう、午後の4時ともなるとさっさと滞在先であるこちらに引き返してきます・・・。
すぐさま水着に着替えてプールに飛び込みます。
実は、ここでの暮らしにプールは必需品です。
冷房はなしで、プールで涼みます。

プールから塀越しにみる、村の教会・・・朝7時から夜10時まで、毎日欠かさず時報の鐘がなります・・・プールに浮かびながら夕方の時報を聞くと、「あぁ、こんな風に暮らすなんてなんて幸せ・・・」と思ってしまいます。

この村は典型的なプロヴァンス地方の村、静かで地方独特の色がとても美しく、住民の自治精神がまだ生きています・・・。とはいえ、夜になると流れてくる人もいるらしく、戸締りやセキュリティには気をつかうそうです。

ここはノーベル賞作家であるフレデリック・ミストラル(FREDERIC MIStRAL 1930−1914)の生まれた村として知られ、彼の暮らした家はいまは一般公開され、ミストラルに関わる品が展示されている資料館になっています。彼は1904年に「ミレイオ」という作品でノーベル文学賞を受賞し、生涯をかけてプロヴァンス語の普及に尽力しました。

言語学、フランス語の歴史をかじった人はご存知のことですが、中世の頃はここプロヴァンス地方はの言葉はオック語またはラングドックとよばれる(Lenga d’oc)言葉で、北フランスではオイル後もしくはラングオイルという言葉がそもそも使われていました。フランス語の「Oui」という単語を「オック・oc」と読むか「オイル・oil」と読むかということでこういう呼び名になったそうです。
といっても、フランスを旅したことがある方は気づいたかもしれませんが、北と一口にいってもブルターニュ語もあれば、まるで違うアルザス語もあり、2分割ではフランスは語れないというかんじもします。

ご承知のとおり、大抵は、ある民族なり土地なりを支配しようとするとき、言語統制という手段が使われます。これはどこの国でも同じです。逆にいえば、その民族の言葉というのはもしかすると無形ですが一番大切な財産だということです・・・・それを否定して統制するというのはとても残酷なことなんですね・・・。というか、暴力といえるかもしれません。言葉というのは非常に深く、個人の根までしみているもので、私などは日本食は食べなくてもこまらないけれど、日本語を使えなくなったらおそらくは生きてはいけない・・・・とおもってます(笑)・・・・というわけでブログをしているということもあるわけですが・・・。こういったことは万国共通なのであります。

で、このミストラルという御人は、「フェリブリージュ」(Le FELEBRIGE)というグループを設立し、7人のプロヴァンス語(オック語)を擁護しようという仲間とともに自らの言葉を保護・保存していくという運動をおこしています。ちなみに、このフェリブリージュというのは勿論、プロヴァンス語だとおもうのですが、これは「赤ちゃん」という意味があるそうで、自らを芸術の女神の子供達であるという意味をもたせて命名されたそうです。ノーベル文学賞を受賞したことから、この運動も大いに励まされたということです。

南フランスの訛りというと、マルセイユの人などに代表されますが、つぶさに聞くとヴァラエティに飛んでいます(笑)。私もどの言葉であろうとも、訛りだろうとも、やはり大切な文化遺産だと思います。

このプロヴァンス語はOccitan(オキシタン)と呼ばれ、この言葉を話す人もオキシタンと呼びます。あるクリームなどのプロヴァンス地方のメーカーがこれをブランド名にしていますよね、あれはやはり会社を作った人が自分の国に対する愛情をあらわしたんでしょうね、素敵な名前だとおもいます。

で、この言葉、義理の兄の奥さん(ということは義理の姉か・・・)が子供の頃に話していたということでした・・・・イタリア語に近かったり、スペイン語に近かったり、ポルトガル語にも似ているようで・・・とはいえ、やはりそのどれでもない。まだこの地方では高齢者でこの言葉を日常で話す人がいるらしいですが、若い世代までは広がらないだろうということです。イタリアのピエ・モンテ、スペインのカタルーニュア地方の一部でもこの言葉を話す人がいるということで、あわせて現在、600万人の人がオキシタンというわけです。

また、中世にはプロヴァンス地方にはトルバドゥール(Troubadour)というオック語の抒情詩人や歌手が活躍していました。スタイルとしては、騎士道、宮廷風恋愛といったもの、彼らがうたったいくつもの種類の歌のうち、ソネット(Sonet・プロヴァンス語の綴り)という形式のものがありました。ソネットとは簡単にいえば十四行詩のことですが、これがイタリア語のソネットSonettoの原型となり、16世紀にはそれがイギリスにもたらされて、シェイクスピア、ワーズワース、ミルトンなどを代表とするイギリス式のソネットとなったといわれています。英語を話す方はご存知のとおり、フランス語から当時英語へと語彙が輸出(?)されていったこともあります・・・ヨーロッパの文化的な洗練はその昔、ここいらへんにルーツがあったのではないかと、建築や美術、文学などをみていると思えてきます・・・。

現に、かのルイ14世をして、南仏のオランジュの劇場の建築は「世界で一番美しい」といわしめ、ニームの噴水庭園をして「最もあっぱれな庭」といわしめたとかないとかいいます。

ちなみに、フランスでは国が分裂主義になることを恐れて、弾圧的ともいえる言語政策がとられ、地方語を認めない立場をとっていることから、学校教育でオック語を教えることを禁止したそうです。独立扮装が今も各地でおきますから、体制側としてはそうなってくるのでしょう・・・。2008年にはヨーロッパの少数語憲章への署名を拒否したということで、この姿勢はかわらないようです。言葉を文化遺産と考えるか、政治的なものととらえるかの違いということなのでしょう・・・。文化、芸術の国フランスの、ある一面です。

この村はとても敬虔なカトリック信者の方がかなりいるということで、綺麗な鐘の音をきかせてくれる村の教会はいつも生花がたくさん飾られ、綺麗な水が張られ、お掃除が行き届いており、盗難がひどいため常時扉を開かなくなった教会が多いなか、いつもお参りができる状態でいます。Eglise Ste Agathe・聖アガタ教会というこの教会には、大好きな聖人、聖テレーザの像もあります。

そして、教会の奥には、この美しい12〜13世紀の木造の聖母・御子像がひっそりとしかし丁重に祀られています。
8月のおわりには毎年、このNotre Dame de Grace de Bethlehem(ベツレヘヘムの聖母)に捧げるおまつりがあるそうです。



とても綺麗ですね。
心が優しくあらわれるかんじがします。
プロヴァンスの魅力は語りつくせない・・・・というかんじで、もうはまっています。(笑)

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