カレンダー

09 | 2009/10 | 11
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

プロフィール

つばきりゅう

Author:つばきりゅう
なんかその都度「?」と感じた一見関連性のない細かいことが最終的に大きな像を結ぶ。そんな観点から幸せを実現していきたいという気持ちからはじめたサイト。よろしくお願いします。

クリック募金

FC2カウンター

カテゴリー

最近のコメント

素晴らしいリンクの数々

月別アーカイブ

最近のトラックバック

2009年10月29日・パリ生活がどんなものか知りたい人へ・・・

実は、フランスで暮らす人のために本当に役に立つ真面目な情報であると同時に、あまりにもリアルにパリで暮らすかんじが伝わるサイトをみつけましたので、ご紹介します。

これは、フランス(とくにパリ)で車を運転するときの注意点なのですが、実によくできているというか、とっても親切な情報です。個人的には縦列駐車とバス専用車線の部分が面白かった・・(笑)。

http://www.fr.emb-japan.go.jp/jp/anzen/france-kotsuhoki.html

特に、パリで暮らしたいという人はこれを読んでみると、大体ここがどういうところなのか想像がつくかと思います(ただし、車の運転をする人で状況がリアルにイメージできる人に限りますが)。

ちなみに、スペインやブラジルの友人は殆ど問題なく車を運転していたようですが、あるぴかぴかのメルセデスを運転するドイツ人は憤死するのではないか・・・とおもうほど「ぶっちぎれ」ていたことを思い出します・・・ははは。

ちょっとした、異文化体験になるかもしれません。

こちらはフランスで大ヒットした映画。
フランスの学生達の間では、自分がみつけた一番ブスだとおもわれる女の子を友人と合同のディナーに順番に誘い(勿論、本人はそんな意図はしらない)、誰が一番ブスを連れてきたか競うという、意地悪な遊びがあったそうですが、この映画はそれを捩ったもの。主人公を演じるティエリー・レルミット(個人的にファンですが)は、このブスディナーならぬアホディナーというのを定例にしている悪趣味なパリジャン。正真正銘の「アホ」をみつけそれを(影で)からかうために、夕食を開こうとするのだが・・・このアホを演じるのが、名優ジャック・ヴィルレ・・・。意地悪(?)だけど悪人にはなりきれないパリジャンの習性というか性質がよく出ています・・・ティエリー・レルミットはたいてい、こういう役を演じるみたいですが・・・。まだほんの10年くらい前のパリって、こういうかんじでしたねぇ・・・。私がパリに来た頃ですが、今はちょっと変わってしまったかんじもします・・・・たったの10年足らずで。
まだの方は、是非ご覧ください。

奇人たちの晩餐会 [DVD]奇人たちの晩餐会 [DVD]
(2000/04/28)
ヴラディーミル・コスマ

商品詳細を見る

2009年9月25日・めでたい日本めぐりの旅・浅草は浅草寺の巻

画像 326

東京で最も古いお寺だそうです、浅草寺。
由緒書きによると飛鳥時代に現在の隅田川で檜前(ひのくま)の浜成・竹成の(はまなり・たけなり)兄弟が漁をしていた際に、網の中に小さな黄金の(5.5センチ)観音様の像をみつけました。当時その地域を担当していた役人(郷司)、土師中知(はじのなかとも)という人物はそのお姿にいたく感銘をうけ、おそらくそれを自分の役目とし、自宅をお寺にして聖観音様として祀り、出家してご供養に生涯を捧げたというのが起源だそうです。

ほどなく、勝海上人というお坊さんが夢見を受けてこのご本尊を秘仏(普段は一般が拝観できない)とし、お寺としての場所を整えました。

さらに平安時代になり、入唐八家の一人であり比叡山を開いた最澄の信頼厚い、円仁(慈覚大師・比叡山三代主)がやってきます。そして、一般参拝のための観音像を彫って残したそうです。

この円仁という人物、当時のエリート中のエリートであると同時に、上からも下からも信望の厚い、偉大な方だったようです。ということで、もともとは天台宗のお寺だそうです。こちらのお寺は、江戸城の風水をしかけた天海(比叡山の出)とも関連が深かった模様。

ちなみに、有名な雷門は現在あるのは実は松下幸之助氏の寄贈によるものだそうです。
私の好きな神社やお寺には何故かよく松下幸之助のご寄進によるものがあるので、個人的に非常に興味があります・・・。(笑)今ある日本を作った偉大な先人のお一人として、今尚、尊い存在感、私にとっては神様のような方です。

東京大空襲で壊滅的な打撃を受けた浅草ですが、心ある方、地元の方のご尽力があり、現在ある姿に回復しました。楽しい場所として有名ですが、凄いパワースポットというか聖地なのだと今回あらためておもいました。どこになにがあるとか、参拝者の多いところなので、失礼になるので書きませんが、入ってみると不思議なことに気がつかれる方も多いとおもいます。

由緒にあるとおり、ご本尊は聖観音(しょうかんのん)。

浅草寺は聖観音信仰の総本山だということです。
鎌倉は杉本寺にはじまる(このブログの長谷寺もそうです)源頼朝により発願された坂東三十三箇所観音霊場の札所のひとつであり、江戸三十三箇所観音霊場はこちらからはじまります。

そういえば巡礼など33箇所まわるところが多いですよね、一説によると、観音様は人々(衆生)を救うために、時と場合によって33種類の姿に変えて現れるからだといわれています。そういえば、京都の三十三間堂も千手観音様の像で有名ですね。

とにかくも、いろいろ興味深いお話があります。
詳しくは浅草寺のHPまで。
http://www.senso-ji.jp/

元気でお参りするために腹ごしらえ。(笑)
大好物の大黒屋の天丼・・・ゴマ豆腐もおいしかったです。
写真ではあの美味しさが伝わりきれないかも・・・
画像 315

大黒家さんのサイトです。
http://www.tempura.co.jp/

楽しい仲見世見学、そしてお水でお清めをしまして、煙で「いたいのいたいのとんでけ〜」(笑)。
そして、常に多くの参拝客で賑わう本堂には見事な天井画がありました。
川端龍子作の龍の姿と、堂本印象の天女の図。
美しい弁天さま・・・。

画像 321

浅草寺の山号は「金龍山」、こちらで売っているお線香「金龍香」は素晴らしい香りがします。毎回、自分のお土産にいただく、一番のおすすめです。

本堂の向かって右脇には浅草神社があります。
「浅草の三社祭り」というのは有名ですが、その三社権現をお祭りしている神社。
観音像をみつけたご兄弟、とお姿に感応してご供養に生涯を捧げた土師氏をお祀りし、大国主命と徳川家康を合祀されているということです。三代目将軍の家光の寄進で建てられたということで、これもまさに天海の案によるものでしょう。
私は必ず、こちらにもご挨拶するようにしています。

今回はなんと、奥で結婚式がおこなわれていました。白無垢の花嫁さんの後姿がみえました。
ひそやかに粛々ととりおこなわれておりました。
おめでたい席にいあわせるとはなんという素晴らしいプレゼント、お幸せに!!!

実は、人で常に溢れている親しみやすい場所にもかかわらず、他にも増して「凄い」場所。

平和祈願の平和地蔵様。
実は、浅草寺の守り神ではないかと私には思えます。
綺麗なお姿です。

画像 324

人々を救うために煮えたぎる地獄の池にまでも飛び込むという地蔵菩薩・・・。
菩薩の上は如来といわれますが、如来界(というランクの上の世界)に行くより、あえて下界で助けを必要とする人のために菩薩にとどまるのが地蔵菩薩ともいわれています。

「上にいかねば」というのは健全なようでいて、実は上下というのは言葉であらわしているだけで、神仏の世界ではそのようなものはないように思えます。上だ下だといっているのはこの次元での話。要は、上にあがろうと頑張ってはは上にはあがれないということ。

「上には上がある」とかいいますが、上にいけばいくほど上下にとらわれることがなくなる。
いたずらに上下にこだわるうちはそのような階層にいるともいえるのでしょう。
お地蔵さんの話を読むとそう思えてきます。

言葉では関与できない次元のことを、言葉が介在するこの世であれこれとこねくり回すからそうなるのかもしれません。お地蔵さんのお姿を拝見していると、そう思えてきます。

実は、私達の中にもお地蔵さんはいて、誰かを自分の命もかえりみず救おうという気持ちがあるとしたら、その勇気と愛が発動した姿が、自分の中のお地蔵さん。地味でありながら、人々にいつも愛されている理由は、上下問わず、清濁(善悪)とわず、人を救うことに徹する「真心」が私達の心に響くからなんでしょうね。

世界(宇宙)平和、浅草寺、浅草神社の益々のご開運をお祈り申し上げます。

2009年の素晴らしい日本めぐりの旅も、めでたく終了。

温かく迎えてくださった神様、仏様、家族、親戚、友人、その他、お目にかかった全ての人達、みなさまありがとうございました。また、仲良く参ります。

眠りにつくまえの読書・・・。

感動は心の扉をひらく―しらくも君の運命を変えたものは?感動は心の扉をひらく―しらくも君の運命を変えたものは?
(1988/07)
椋 鳩十

商品詳細を見る


人生はいつでも今がいちばん 幸福はきょうという日にこそある―豪華愛蔵版お地蔵さんの本〈上〉 (豪華愛蔵版お地蔵さんの本 (上))人生はいつでも今がいちばん 幸福はきょうという日にこそある―豪華愛蔵版お地蔵さんの本〈上〉 (豪華愛蔵版お地蔵さんの本 (上))
(2004/12)
殿村 進

商品詳細を見る


絆 愛あればこそ―豪華愛蔵版お地蔵さんの本〈下〉 (豪華愛蔵版お地蔵さんの本 (下))絆 愛あればこそ―豪華愛蔵版お地蔵さんの本〈下〉 (豪華愛蔵版お地蔵さんの本 (下))
(2004/12)
殿村 進

商品詳細を見る

2009年9月25日 ・めでたい日本めぐりの旅・皇居見学の巻

東京に生まれて、東京で働いたり暮らしたりしていたにもかかわらず、一度も見学したことのなかった皇居・・・。日本で一番面積の広いパワースポットという噂もあります。

宮内庁に申し込むと一般公開されている場所を見学することができます。

平日でしたが、集合場所の桔梗門にはかなりの人数が揃っておりました。
画像 309

日本史でもならいましたが、皇居というのは元の江戸城。
江戸幕府を開いた徳川家康が来るまでは小田原城を築いた後北条氏、その前は上杉氏、もとは栃木の江戸氏の管轄にあったお城でした。室町時代の武将、太田道灌が1457年に築いたものを家康入城跡、増改築が行われたということです。

この太田道灌なる人物はいろいろなエピソードのある多才な人物でしたが、その才能と堂々たる態度が傲慢とうつり、その大いなる手柄と働きにもかかわらず仕えていた君主の手のものにより暗殺されてしまいます。

才能があってそれを隠せない人というのは、奉公するという立場にはいないほうがいいという例なんでしょうか?いつの世もかわらないドラマの元があります。

一方、歴史は歴史に過ぎないのですが、歴史上の人物でも世が世がなら、大きな世俗的な権力をえていたにちがいないのに、位をもたずに世を達観しながら芸術などの世界に生きた人もいました。
でも、太田道灌はあくまでも武将、武士として生きるというのはいずれにしても大変そうですね。

輪廻転生の観点からみれば、こうやって地上で「魂」を鍛えていた時代があった・・でも何かマイナスの念が残る生き方というか残りやすい環境で嫌だなぁ。

興味のある方は太田道灌について読んでみるのもおもしろいかもしれません。

話はもどって、豊臣秀吉の小田原征伐で戦国武将の北条氏が滅び、その旧領(関八州といって、山梨県を除く首都圏一帯)を家康が引き継ぐことになりました。そこで、駿河の国(静岡)から1590年にこちらに引越してきたということです。

徳川ファン(?)にはお馴染みの通り、江戸城をはじめ江戸の町づくりは謎の風水師(?)である天海僧正が中心となって企画、実現されたといいますが、三代の将軍に仕えた天海が風水による江戸の護りを今残るようにかためたのは三代目将軍、家光の時代だということです。

この天海僧正、そういえば名前が空海と似ていますが(いとも単純な感想・・・汗)、天台宗の僧で、知識、才能もともかく、なによりも権力の中にあって無事に長寿をまっとうしたという人。

何より、時の権力者を魅了し、しっかり信頼されていた人です・・・・ある意味、これができて初めて上司の「上手」に立つということなんでしょうか・・・。比叡山を信長に焼きだされてから、武田信玄にみとめられ、そして遂には家康に認められて、百歳を超える長寿を全うしたという名僧。

こういう「腹」(人としての器)なくば、才に恵まれた場合は才をつかいきれない、活かしきれないということなんでしょうか・・・才や技をみがくよりも一番それが難しいのかもしれません。
いろいろ不思議なエピソードもあるので、「人間」の枠を超えていた存在だったのかもしれませんね。(笑)僧として当時は、最高の権力を手にしていたといいますが、自分の護りもしかりとしていた人。

ちなみに、赤白黒青黄のお不動さん(目黒不動、目白不動・・・)は天海が選んで家光に江戸の守護(幕府の守護)としたといいます。これは(ご想像の通りかも)、五行説に由来したものといわれます。
詳しくは以下の荒又宏氏の「風水先生」をご覧ください。

一方、この天海は比叡山の延暦寺の江戸版とでもいうべき上野に寛永寺を家光に建てさせているのですが、延暦寺に対する琵琶湖、その琵琶湖に浮かぶ竹生島になぞらえて、上野は忍の池に弁天島として弁天様をお祀りしたということです。大津のほうのご出身という説もありますし、面白いです。

ちなみに、日枝神社や築土神社、道真公を祭る神社などを江戸城のまわりに勧請したのは太田道灌。

天海と太田道灌はあまりにもたくさんエピソードがあるのですが、京の都を考案した陰陽師といわれる人達と調べ合わせてみるとおもしろいかもしれませんね・・・。

皇居の中は自然がとっても豊かでした。
まだの方は一度訪れてはいかがでしょうか?(要予約)おすすめですよ。

次回は是非、京都御所を見学してみたいです。

これをさらりと読めば、東京(江戸)の風水のしくみで殆ど知りたいことは網羅されてしまう気もします。
風水先生―地相占術の驚異 (集英社文庫―荒俣宏コレクション)風水先生―地相占術の驚異 (集英社文庫―荒俣宏コレクション)
(1994/04)
荒俣 宏

商品詳細を見る


あまり普段小説は読まないけれど、歴史モノは背景や流れをしるのに楽しんで手っ取り早くよめるので読んだりします・・・入り組んでいる人間関係などは資料をあたるより頭に入るかんじ。
小説 太田道潅 (PHP文庫)小説 太田道潅 (PHP文庫)
(1994/07)
童門 冬二

商品詳細を見る


けっきょくは、「とぐろ」なんですね・・・。
どの国でも、これが基本。
江戸の陰陽師―天海のランドスケープデザイン江戸の陰陽師―天海のランドスケープデザイン
(2001/11)
宮元 健次

商品詳細を見る

2009年9月24日・めでたい日本めぐりの旅・榛名神社の巻

さて今回の旅も終盤です。
いよいよ上越新幹線で高崎へ、念願の榛名神社に向かいました。

一言でいって、素晴らしいところでした。
画像 245
お陰さまで、榛名山の素晴らしい気をうけ、このふくよかな笑みをうかべる布袋さんのように、ニコニコニコニコと笑ってお参りができました。私の中では布袋さんは「大満足の神様」、まさにそういう一日でした。お世話になったみなさまありがとうございました。

高崎駅からバスで一時間ちょっとの道のりをゆられていきますが、駅前あたりからしてゴミひとつ落ちていないというような清潔さ・・・もうすでに門前というような気になっていました。

今回の旅行で思い知ったのは、自然の中を歩いて疲れるのと、人ごみや騒音や空気のよごれや電磁波なんかで消耗するのは全然違うという、当たり前のようで忘れがちなこと。神社めぐりは足をいたわることが大切(次回は靴に気をつけるとして)ですが、続けると知らないうちに体が強くなり、精神的にも軸が整いやすくなります。

隋神門という見事な山門を通過して参道をすすみます。
水がしたたるような青葉の中を「泳ぐよう」に参りました。
画像 279

最初は門の向かって右脇にまず毘沙門天様が、そして、寿老人様、布袋様、福禄寿様、恵比寿様、弁財天様、そして大黒様の像があります。それぞれ欲しい運や好み(?)により記念撮影をしたりするのも楽しい。こちらの山の木、水、土などがぼわ〜っと心身を包んで、命の水で潤してくれるような気がする場所です。

美しい朱塗りの橋があったり、三重の塔があったり、常にふとみれば豊かな木と谷川が・・・、とにかく凄いところだとおもうのであります。噂どおり、龍神様がたくさんいるかんじです(笑)
こちらは三重塔。
画像 248

一年中水の枯れることがないという万年泉や、行者渓とばれる深みなどがさりげなくあったりします。
とにかく空気が違う。

大黒さまこと大国主命。
昔から人々に人気のある神様。
人に好かれることが豊かさをもたらし、それ故にまた愛されるというこの世の循環を体現しているお姿。次回は出雲へご挨拶に参りたいのでよろしくお願いします。(笑)
画像 254

ほどなく手水舎、こちらではお水舎とよばれるところにつきます。
例によって、左手、右手、お口、左手、柄杓の順でささっと清めます。

ところで、かなりそういう人が多いのですが、口をすすぐのと、汚いものを吐き出すのを間違えている参拝者の方がいるのがここではとくに気になります。お清めの場所をことさらに汚すことは自分にケチをつけること・・・あえて腹をたてないようにしたいとおもいます。

こちらでもお水を300mlくらいいただきます。最初は飲みにくいようで、実はミネラルたっぷりの水だとわかってきます・・・金運がよくなりそうなありがたいお水。(笑)

いよいよ、凄い場所にやってまいりました・・・・お水とりをした場所から階段を上がります・・・振り向くとそこは中国の山水画の世界です。

リンク先の「顕現力」の著者の濱さんによると、こちらの階段には2匹の龍がいるということですが本当のようです・・・ただごとではない・・・凄い場所。

その名も「双龍門」・・・伊達や酔狂でつけた名前ではないようです。
画像 273
前をみて階段を登るともう、「凄〜い!」というかんじで、ざば〜っときます。
これが龍の行きかうという道・・・、凄い〜。
画像 252

門の両脇には右回りと左回りの龍の彫り物があります。
それをみていておもったのが、ここにはなんだか宇宙的・・・天にむかうピラミッドと地にむかうピラミッドが合わさったかんじ、もしくは∞の形、そういう場所だぁ。

画像 258

画像 259

いろんな翻訳というか解釈というか譬え方があるのだと思いますが、私にとっては、ここは地球にあって地球にあらざるところというか、完全に宇宙的な場所でした・・・ピラミッドにはまだいったことがないけれど、ここに見えないしくみがあるとしたら、ピラミッドと同じ原理なんじゃないか・・・とにかく、宇宙、「星」というかんじの場所でした。

これを書いていておもいあたるのが、神社というのは地上の「星」を現しているのではないかということ。

これは、エジプトにでかけなくてはならない・・・という気がしてきました。
きっとエジプトの遺跡のどこかで、同じようなものに遭遇するだろうという気がしたりして・・・。
ワクワクするというのはこういう瞬間、神社めぐりは面白い。(笑)

というわけで、本殿前につく前にすっかり「ハイ」になっていました。

詳しいことは榛名神社さんのHPでご覧頂くのがよろしいとして、簡単にご紹介させていただくと、こちらは榛名山という那須火山帯にかかるお山。赤城山、妙義山とともに上毛(じょうもう)三山とよばれるそうです。

ヴァーチャル参拝ができるというかんじの、榛名さんのHPです。
http://www.haruna.or.jp/

弘法大師が杖でつついて井戸を作ったという噂もあったり、天狗さんの大きなお面も境内にあり、修験道、山岳信仰のメッカ。

近くにはカルデラ湖の榛名湖があり、近隣に伊香保温泉もあるので、次回は温泉もあわせて楽しみに参ります。

というわけで、いろんな意味で素晴らしい本殿前に参りました。
画像 262

実は本殿の後ろにそびえる御姿山というのがご神体。
こちらのご祭神は火産霊(ほむすび)神と埴山姫(はにやす)神という火と土の神様。この二柱の神様はいざなぎ、いざなみの神様から生まれた神様といわれています。

合祀奉るのが、大国主命というか大穴持命(おおむなちのみこと)の和御霊(自然の豊かなめぐみそのもの)としてお祀りされたといわれる大物主神(おおものぬしのかみ)。
そしていざなみの神様は火の子供、火産霊神を産んだときに焼けどを負って亡くなった(黄泉の国にいくことになった)ことからいざなぎの神がおこって火産霊神(=迦具土神・かぐつちのかみ)を斬り殺したときに生まれたという高龗神(たかおかみのかみ)と闇龗神(くらおかみのかみ)・・・雨乞いの神様でもあり、貴船さんのご祭神としてしられる神様、ならびに雨や水の神様である水分神(みくまりのかみ)、富士山の木花咲耶姫(このはなさくやひめ)の神様だということです。

紀元前7世紀には神様が鎮座されていたということで、6世紀になり社殿が造営されたということです。白髭神社の由緒でもありましたが、先史時代にすでにお祀りされてあった場所だったわけですね。南北朝時代には天台宗のお寺となったということですが、明治時代に神社とされて現在に至るとのことで、三重塔などにその歴史の名残がみれます。

素晴らしい大木(なかでも、武田信玄が戦勝祈願した「矢立杉」が有名)、そして超パワフルな岩、優しげで神秘的な流れる水・・・地球の恵みというか凄い滋養の土地で、感じる宇宙の「星」。

こちらではめでたい七福神さまの絵馬を奉納し、お世話になったこちらと縁のありそうな友人のためのお守りを入手。

主人はいたく気に入ったようで・・・・水の気が強いところは大好きなようです。

火山の火と粘土の神様を祀る神社。
強力なパワーと優しい潤いをうけて帰ってまいりました。

今回いろんなところへお招き頂いた弁才天様、なにかお役目として果たせることがあるのかもしれません。それにしても、お美しいお姿です。
画像 275

直会(なおらい)は、まずは途中にある売店で、大胆にも柿をいただきまるかじり・・・(笑)。

そして門前脇の氏子さんらしきお宅(?)では、その場で一匹づつ地元の天然の鮎を串にさして、炭火でやいてくれました。手打ちの蕎麦と手作りの山菜や木の芽の佃煮、地酒をコップで頂きました。お味噌も自家製ということで、全て美味しかった・・・・特に鮎の味は忘れられません。
昆虫を食べた鮎というかんじの味で、昆虫は食べませんが・・・昆虫が美味という人の気持ちがなんとなくわかる味、美味。榛名さんの水でいれたコーヒーを食後にいただき、ちょっと酔っ払ってバスに乗って帰ってまいりました・・・。

知っている方はなんと、このお山のすぐそばにお住まいでした・・・毎日、このミネラルたっぷりのお水を飲んでいるとか・・・素晴らしい幸せですね・・・・次回はお目にかかれることを楽しみに。
フランス人超感激!の榛名山。
日本人で宇宙人の私も超感激でした・・・地球にある宇宙の「星」。

榛名神社の益々のご開運をお祈り申し上げます。

またお参りさせていただきま〜す。

ギザの大ピラミッド―5000年の謎を解く (「知の再発見」双書)ギザの大ピラミッド―5000年の謎を解く (「知の再発見」双書)
(2008/10)
ジャン=ピエール コルテジアーニ吉村 作治

商品詳細を見る


聖なる幾何学聖なる幾何学
(2008/07/10)
スティーヴン スキナー

商品詳細を見る


フラワー・オブ・ライフ―古代神聖幾何学の秘密〈第2巻〉フラワー・オブ・ライフ―古代神聖幾何学の秘密〈第2巻〉
(2005/09)
ドランヴァロ メルキゼデク

商品詳細を見る


2009年9月23日・めでたい日本めぐりの旅・京都から東京への巻

京都で楽しくも体育会系の日々8を過ごし、神社めぐりというのは体力勝負だと実感しながら、新幹線で一路、東京へ。

京都駅でお弁当を買おうと、とても京都らしいこんなのがありましたので購入。
大型の百人一首でも入っているのかしらというような綺麗な化粧箱入り、葵弁当。
流石に人気があるらしく、売店では最後のひとつを主人に譲り、私は好物の奈良名物は柿の葉寿司を・・・ぱくりぱくり・・・。勿論、デザートも忘れずに・・・大好物の黒ゴマ八橋や赤福餅をおやつに買ってルンルン気分で、ゆったりと車中の人となりました。

楽しく豊かな気分にしてくれる、こういう美しい駅弁はかなりいいんじゃないでしょうか。
画像 099

私は柿の葉寿司と赤福餅で上機嫌。

東京駅について滞在先へ、以前仕事やアフターファイブでお世話になっていたなじみ深い街、赤坂。
早速、日枝神社に挨拶にうかがいました。

ご祭神は大山咋神(おほやまくひのかみ)、京都の加茂神社のご祭神でもありました。丹塗りの矢に化けて巫女を孕ませる(?)神様として語りつがれていたりしますが、神話というのは譬え、その話が象徴するところに意味があるのでしょう。大変大きな神様、もとは比叡山(ひえいー>日枝)の山の神様で、延暦寺を護る神様としてもしられていて、「山王」様とも呼ばれています。京都最古といわれる神社、松尾大社のご祭神としてもしられています。東京では、江戸城を鎮護の神社ということです。

総本社は滋賀県大津市にあります。

ところで、伏見稲荷さんの記事でもちょっとだけ触れましたが、京都にある松尾大社というのは秦氏の神社で、お酒の神社としても知られています。山の神様であると同時に農耕や穀物とも関係した神様ということです。加茂氏と秦氏が常にキー(鍵)なわけですね・・。

興味津々。

相殿におわしますは国常立神(くにのとこたちのかみ)、伊弉冉神(いざなみのかみ)、足仲彦尊(たらしなかつひこのみこと)。

国常立神は国土や生命の形成に関わる神様で、天之常立神(あめのとこたちのかみ)とならび、神代七世(かみよななよ)の一代目の根源神。大本教や日月神事などでは「艮(うしとら)の金神」といわれています。

伊弉冉神(いざなみのかみ)は日本の神話で一番初めの夫婦神の妻神、ご周知の神様。

実は今回初めて知ったのですが、足仲彦尊という神様は、日本武尊(やまとたけるのみこと)の第二王子で第14代天皇の仲哀天皇のこと。皇后は気長足姫(おきながたらしひめ)・・・後の神功皇后。
すなわち応神天皇こと誉田別命(ほんだわけのみこと)のお父上にあたります。

八幡神社では通常、誉田別命、神功皇后そして比売神をお祀りしているのですが・・・知らずにお世話になっていた神様の流れが少しみえてきたような(?)気持ちになったりして・・・。

知らぬことが多く失礼しておりますが、お世話になっております、ありがとうございます。

実は参拝させていただくのも初めて(汗)、末社に崇敬神の猿田彦大神がお祀りされていているのを知ったことをきっかけに参ろうと思い立ったのですが、こういうタイミングは実は見えないところで図られているのでしょうね、(とはいえ)遅ればせながら失礼いたしました。

末社の稲荷神様の前ではもの凄い気が漂っていました・・・・まるで澄んだ冷たい清水の中にいるようでした・・・。

日枝神社の益々のご開運、世界、日本の平和をお祈り申し上げます。

今しなければならないことがひとくぎりついたら、「ローマ人の物語」をしっかり通読したい。神社のことを考えるにつれ、その思いを強くするというのも不思議ですが・・・。
ローマ人の物語〈15〉ローマ世界の終焉ローマ人の物語〈15〉ローマ世界の終焉
(2006/12)
塩野 七生

商品詳細を見る


ローマ帝国の次はエジプトも読みに行こうということで、現在資料を物色中・・・。

エジプト学 オシリス神の墓を求めてエジプト学 オシリス神の墓を求めて
(2005/12/09)
ドゥガルド・A・スティール吉村 作治

商品詳細を見る

2009年9月22日・めでたい日本めぐりの旅・白髭神社の巻

画像 840

曇り空の下、また晴れとは異なる趣があります・・・まるで厳島神社を思わせる美しい丹塗りの鳥居。
近江最古の社である白髭神社の総本社にやってまいりました。

もしかするとこの通り、琵琶湖のあるところに古代文明があった当時から鳥居のようなものがあった場所ではないかと、思えたりするのですが・・・。琵琶湖のあるところは当時はどのような様子だったのでしょうか・・・?

竹生島と白髭神社を訪ねて、古代のこの地に興味が湧いてきました。(笑)

JR湖西線の近江高島駅で下車すると、早速タクシーで実は数年気になっていた白髭神社へと向かいました。というのも、こちらの神社のご祭神は私の崇敬神である猿田彦大神様。崇敬神社である椿大神社、そして次回にお参りする予定の猿田彦神社と並び、猿田彦大神をご祭神とする代表的な神社三つのうちに数えられます。

白髭神としての猿田彦大神様はは、数あるご神徳の中でも延命長寿で知られていますが、「導きの神」として、縁結び、子授け、交通安全、開運等、守備範囲が広い神様です。

高島駅から徒歩で40分ほどいくハイキングコースもあるそうで、、歩くのを旨とする私としては、帰路は是非とも徒歩でと、運転手さんにどのようなかんじがきいてみました。すると、池あり仏像郡ありちょっとした山道ありと盛りだくさんの様子・・・歩きでがあるとのこと。実はこのあたりは野生の猿が出るということで、「山の薄暗いところにいくつもの眼が光るのはかなり気持ち悪いもんだけどねぇ〜」と話していました・・・。(笑)

車だと5分ちょっとで到着。
こちらの神社は近江で最古のお社、こちらの裏には鵜川古墳なども発見されていて、古代にはすでに神様が鎮祭されていたということです。神社の由緒書きによれば2000年もの昔、古墳時代の皇族であった皇女倭姫命がそれを再建したという記録があるそうです。

第十一代、垂仁天皇の皇女であった倭姫命(やまとひめ)は叔母の豊鍬入姫命から御杖代(ミツエシロ)といわれるお役目をひきついで、天照大神をお祀りする(大神さまがお鎮まりになる)土地を求めて全国を旅したというお話があります。

その倭姫命が古代すでにこの地にあった社を再建し、後の1603年に豊臣秀吉の遺言で秀頼の寄進により現在の本殿と拝殿が造営されたとあります。他方、7世紀後半に天武天皇の勅旨により「比良明神」という号が与えられたとあります。

琵琶湖ならびにその周辺からは数々の遺跡が発掘されており、白髭古墳とよばれる遺跡もあります。お参りしながら、この土地にまつわるいろいろな意味に思いをめぐらせば、現在、車だジェットスキーだとこの神社のまわりで我が物顔で走り回っているという人々の様子がかなり薄っぺらな「現象」にみえてきます・・・。人間が浅知恵でこの100年あまりで「築いてきたと信じているもの」は、実は大きな見地からみると「なんでもない」ことだと、諭されているかのようです。

後ろに比良連峰、前には琵琶湖の水、現在は国道161号線が神社と湖の間にあります。

画像 230

豊臣秀吉の遺命により寄進された木造の美しい本殿と拝殿。
見事な茅葺屋根に入り母屋造りという桃山時代独特の様式で立てられていて、さりげなくしかし見事に手入れが行き届いていました。

さて、手水でお清めさせてもらい本殿で大好きな神様にご挨拶、上之宮と呼ばれる本殿奥の山の傾斜にあるお宮へと向かいます。手水舎の脇に歌碑がありました。

 「しらひげの神の御前にわくいつみ これをむすへは人の清まる」(前半与謝野鉄幹・後半晶子)

石段を登ると、伊勢の外宮の豊受大神さま、そして内宮の天照大神さま、そして八幡三社(加茂・八幡・高良)、天満社、稲荷社、弁財天社、寿老人社などがありました。どちらもきちんと修復されていて、とても気持ちのよいかんじ。

今回お世話になっている八幡様、加茂神、稲荷神、弁天さまにお招きいただきましてありがとうございましたとお礼を述べました。(笑)

向かって右手にあるのが岩戸社とよばれるお社。
画像 838

印象としては、山のお社というのと同時にとっても「水」というか海をかんじるところでした。
湖のほとりで海ではないのだけれど・・・

「うみよりも深き恵みか みな人のよはいをし良す 白髭の神」 
(千草有功・・江戸時代終わりの歌人)

おそらくはとっても古い時代から聖なる徴とされてきた岩。
画像 837

位置的には、この岩戸社と岩のあたりからむこう鵜川古墳といわれる遺跡があるらしいのですが、有史以前にすでにこちらにあった集落に住んだ人達の気配があったりして・・・、まさかね・・・。(笑)

尚、末社、若宮には太田命(猿田彦大神の末裔ともいわれる)がお祀りしてありました。すでに17世紀はじめにはあったということですが、起源の詳細は不明とか。

というわけで、本殿脇におりてきて、みつけたのがこちら。
画像 227

こちらは琵琶湖のほとりにたたずむ風光明媚な自然にかこまれた名刹。

この説明書きにあるように、南北朝時代から室町時代にかけて活躍した観阿弥の作による謡曲「白髭」は、この神社の縁起を寿ぐものだったようです。この地が遠いむかしから神聖な土地であったということ、白髭の翁こと比良明神こと猿田彦大神が楽を奏じて、天女(弁天さま)や龍神さまが舞い踊ったとあります・・・。

是非とも一度、能の舞台で拝見したい・・・さぞかし美しいことでしょうねぇ・・・(笑)。

この観阿弥という方はかの世阿弥の父君であらせられるとか、父子で能というものを大成したといわれています。そもそも、田楽、猿楽とは鎌倉時代以前に神さまに奉納されるために行われた舞や歌のこと(神楽)。

神楽は猿田彦大神さまの御妻神である天細女(あめのうずめ)命が天岩戸の前で踊ったのが起源となっているといわれています。

ちなみに、この観阿弥の出所はさだかではありませんが、伊賀の人だという説も在り、そもそも御神楽(宮中で行われた神楽のこと)のルーツであるといわれる加茂家の氏神、もしくは京都の石清水八幡との関連もうかびあがってきます。今回の旅は繋げたわけではないけど、繋がっているというのは、このブログを読んでいただいている方にはもうお気づきのことかと思います・・・。

おもしろいですね・・・神社って。

こうなると、今回あちこちと旅してみてあらためて実感するのですが、自分のまわりでおきることや自分がすること、遭遇すること(人、土地)は全て、何らかの因縁があるということです。理屈ではそうだろうとおもってはいても、知らずに行動した結果、点が繋がってくるように何かが浮かび上がってくると、びっくりします。

私個人とのつながりについては、まだわかりませんけれど・・・今回のことを機会にいろいろ読んだりしてみたいとおもいます。

簡単にいうと、シンクロ現象がきて、意味がわからないまま、興味のむくまま、たどっていくと、さらなるシンクロを呼ぶということ。

神社や聖地というのは自分で身をもって辿るからこそ意味がある・・・といわれるのはこういうことなんでしょうね。

願掛け行脚とか禊とか、自分の足りないところや逆にいらないものをどうにかしようと頑張ってまわるというのではなく、もっとリラックスしてしかし真面目に神社をめぐることの意味はここにあるんじゃないかとおもうのです。

結果として、気がつくと前よりも幸せになっていたり、心身ともに爽快になったり、今まできがつかなかったことに気がつくようになるということが起きてくる。変な言い方ですが、自分の後ろにいる方々ともご一緒していることはいうまでもありません。「自分が、自分の」というのが強くて願をかけたり厄払いをすると深いところまで、神社にいった意味が浸透しないんでしょうね、きっと。

社務所によって、どこかのんびりとしていながら、紫の袴姿がびしっと見事な神主さんに神社の由緒書きをいただき、実家の分もふくめてお守りを頂きました。洋服でも着物でも、ぴしっと手入れをしてきるということは、立ち振る舞いも含めて非常に凄いことなんだと思います・・・形の大切さというか、これは人間の「格」をきめる基本でしょうね。格というのは虚栄や見栄とは違うもんだということです。

時間切れのため、椿大神社でお守りを買い損ねてちょっと悲しかった私ですが、こちらで家内安全、延命長寿の立派なお守りをゲット(笑)。いろいろ質問に答えていただいたりして、お世話になりました。

こちらは近江最古の古刹というだけあり、いたるところに歌碑がありました・・・。

「四方より 花吹き入て 鳰の湖」 (芭蕉)
「みおの海に 網引く民の てまもなく 立ちゐにつけて 都恋しも」 (紫式部)

他にも日本を代表する歌人の作品が境内の石碑にみられました。

ご興味のある方はHPをご覧くださいませ:
 http://shirahigejinja.com/index.html

白髭神社の益々のご開運をお祈り申し上げます。

次回は是非とも、猿田彦神社と、宮城の塩竃神社にお参りしようと、サルタヒコノタビの次回の構想を練りながら京都に戻りました。むふふふ・・・あぁ〜楽しい。

さて、暫く書いてはおりませんが、毎日3時にはかかしません。
直会(なおらい)というより、おやつですが・・・創業明治18年、太極殿本舗の琥珀流しを・・・築100年以上という町屋でお庭を眺めながら手作り、作りたての京菓子が賞味できます。京都であまた名店あるなか、私は三丘園、和久博とならんでこのお店のファンです。

画像 239

こちらの名物、麗しの「琥珀流し」というのは淡い触感の寒天が美しい風情でシロップ(蜜というべきか)に浸かっているというもの。月替わりで季節毎のヴァリエーションがあり、これを全部食べるのが夢というファンも多いとききます。(笑)尚、1月〜3月の冬季は琥珀流しはありませんのでご注意を。
綺麗な坪庭のわき、綺麗な屏風の前のお座敷席に通されました。

今回、私は色あざやかなぶどうのシロップに琥珀流しと白玉ミニぜんざいのセット・・・ワラビ餅と厳しい選択でした・・・(笑)。アイスクリームが好きな主人には、抹茶練乳がけのカキ氷・・・抹茶のおいしさにめざめたようです。お菓子ひとつ食べさせるのでも、この季節感、芸術感、流石でございます。(笑)見事な栗ようかんを、パリの自宅のお土産用にいただきました・・・。またお邪魔します。

太極殿茶房 栖庵
中京区六角通高倉東入ル
10h〜18h・水曜休

世阿弥―花と幽玄の世界 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)世阿弥―花と幽玄の世界 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)
(1996/11)
白洲 正子

商品詳細を見る


観阿弥の作といわれる「卒塔(都)婆小町」。平安時代の絶世の美女、六歌仙の一人として名高い小野小町が乞食の老婆となってあらわれるお話。三島由紀夫の作品でも知られています。
能楽名演集 能『卒都婆小町 一度之次第』(そとばこまち いちどのしだい) 半能 『松虫 勘盃之舞』(まつむし かんぱいのまい) 観世流 梅若六郎 [DVD]能楽名演集 能『卒都婆小町 一度之次第』(そとばこまち いちどのしだい) 半能 『松虫 勘盃之舞』(まつむし かんぱいのまい) 観世流 梅若六郎 [DVD]
(2009/08/21)
梅若六郎

商品詳細を見る


なんだか、日本の古典づいてしまいますが、「ローマ人の物語」を全巻そろえたので早く読破したいのですが・・・なんだか寄り道しています。(汗)

宇宙人ではなかったかと勝手におもってますが、この謎の人物・・・。
角川ソフィア文庫って、大変優れものなのだ。
おくのほそ道(全) (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)おくのほそ道(全) (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)
(2001/07)
角川書店

商品詳細を見る

2009年9月22日・めでたい日本めぐりの旅・竹生島の巻

次にやってまいりましたのが(笑)、琵琶湖八景のひとつである、弁財天さまの島として知られる竹生島(ちくぶじま)。

オリジナルの旅程はまるで違う場所が2候補、しかし予想外の暑さと足が痛いため、私ほど特別の思いいれ(先入観のない)のない主人に決めてもらいました。
「水のあるところ、湖がいい」ということで、琵琶湖の弁天様ゆかりの土地に決定。

京都からJR湖西線の近江今津へ、そこから琵琶湖汽船で30分弱、快適な船旅でつきましたのが、花崗岩からできた周囲2キロの聖なる島。

今津港では多少待ち時間があったので、ここから遠くないところにあるかねてから行ってみたかった「白髭神社」にはどうやっていったらいいか、琵琶湖汽船の係員の方になんとなくきいてみることにしました。

親切な60歳くらいの男性で、ここから各駅停車で数個先の高島駅からタクシーにのるといいと教えてくださいました。というわけで、今回は竹生島と白髭神社、どちらもいってみたいけれど行こうと具体的におもいきれなかった場所に行くことに・・・。

後で今回はこちらにうかがうべくしてうかがったとわかるのですが・・・・やはり神社参りは面白い。(笑)

能でも有名なこの島ですが、船から間近にみる姿は実際はかなり木が枯れてわびしいかんじ。きけば、お寺や売店のない側は川鵜が多数住み着き、その糞害によるものだということです。一日も早く、かつての美しい姿をとりもどして欲しいです。

売店のある船着場からみた島はこんなかんじ。
画像 817

ちなみに、琵琶湖というのはまだまだいろいろな謎の多い湖で、湖からは縄文、弥生そして中世にいたるまでの遺跡が発掘されているそうです。ちなみに、この竹生島の周辺は水深100メートルあまりあるということです。

伝説によると、和歌でもよく歌われ、神話がお好きな方には日本武尊が傷を負ったとされる霊峰としても名高い伊吹山(夷服岳・いぶきかたけ)の神多多美比古命と、金糞岳(浅井岳)の神様である浅井姫命が山の高さを競ったところ、浅井岳のほうが高かったことを悔しく思った伊吹山の神が、浅井岳の首(上の部分)を切り落とししまい、その部分がこの島になったということです。

画像 823

小さな島ですが、その分斜面はきついかんじです。
こちらにある宝厳寺は西国三十三箇所の30番札所ということで、この日も多くのお遍路さんがお参りしていました。お年を召した方、足が弱っている方も急な階段をそれぞれのペースで登っていかれます。

画像 207

可愛い、心を和ませるみなさん。
この隣に海底から湧き出る聖水がいただける、これまたユーモラスな顔の龍の水場があります。
心をまろやかにしてくれるお姿でした(笑)。

165段の階段を上がって、向かって左手にあるのが赤い色が美しい弁財天堂こと宝厳寺。
聖武天皇の勅命により、8世紀前半にかの名僧行基が開山、ご本尊は勿論弁才天さま。こちらには樹齢400年を超えるといわれるモチノキ、三重塔や宝物殿があります。

ところで、とくに女性にお勧めなのがこちらの姫だるま祈願。心からの願いをひとつだけ紙に書いて、それをと〜っても可愛い真っ赤な小型の姫だるまの中に収めて奉納するというもの。
とっても、雅なかんじがします。

京都市内の市比売神社(下京区河原町五条下ル)というところでも、同様に弁財天さまに「心からの願いごと」をひとつだけきいてもらうことができるそうです。
画像 819

お寺の脇にあるこちらのお社は龍神様をお祀りしているとのこと。
ご夫婦で仲良くお参りしている姿は、弁天様と龍神さまの聖地であるこの島にふさわしいかんじ。画像 824

ところで、こちらは豊臣秀吉の縁深い場所だそうです。

島の右手にむかうと、西国第三十番の札所で、国宝、重要文化財にも指定されている、唐門と観音堂がありますが、まさに豊臣秀吉!というかんじの桃山時代のスタイルの門でした。こちらには怖いくらいの雰囲気をもった行基の坐像があり、中には重要文化財の舟廊下、こちらは秀吉の日本丸という船の舟櫓を使って建てられたとあります。奥には入島料と別料金がかかりますが、国宝指定の都久夫須麻(つくぶすま=ちくぶじまの旧称)神社本殿があり、狩野永徳、信光による天井画、襖絵など賢覧豪華であったといわれる伏見城を彷彿とさせる装飾が施されています。

舟廊下をそのまますすむと、竜神拝所という場所にでます。こちらでも弁才天様、龍神様、白蛇様への参拝ができますが、なんといっても琵琶湖を見渡せて風を直接に受けることができる場所。中でも下のかわら投げの鳥居は人気スポットらしいです(2枚のかわらを投げて鳥居をくぐらせると願いが叶うといわれている)。ここでは、江島弁天、厳島弁天さまあわせてお参りさせていただきました。

弁財天様の益々のご開運をお祈り申し上げます。

画像 829

一時間くらいの散策で、不思議と疲れが癒されました。

帰りの船が迎えにきます。


画像 831

船着場の手前は昔懐かしいかんじのお土産屋さんや食堂がならび、やっぱり「寅さん」してました。
京都ではあり得ないことですが、「外人さん」ということで主人はおばさんにじろじろみられると微妙な表情・・・とにかくも、シルヴァーパワー満開というかんじの、情緒あるおもてなし感がありました(笑)。

画像 223

帰りの船の中では、地元の男衆があかぺらで歌う昭和16年の流行歌、「琵琶湖哀歌」がなんともいえない昭和の時代と土地の風味を味あわせてくれました。「琵琶湖哀歌」というのは現在の金沢大学にあたる第四高等学校の漕艇部員11人が琵琶湖で練習中に突風にあおられ転覆し、若い命が失われたという悲劇を歌にしたものだそうです。いつかどこかで聞いたことのあるメロディーです。

今津港につくと、出発時に白髭神社への行き方を教えてくださったおじさんが、胸にA4の封筒を抱えて飛んできました。「あるもんばかり、かきあつめたんだけど、まだあったとおもったんだけどね」と、琵琶湖周辺の地図や観光ガイドがぎっしりと詰まった封筒を手渡されました。

感動。

ねんごろにお礼をいい(握手までお願いしてしまった・・・笑)、美味しいと教えてもらったすぐ向かいのお蕎麦屋さんで名物の琵琶湖周遊そばと鮒寿司をいただき、またよい思い出がひとつ増えたと心が温まりました。(笑)みなさんも、是非、行ってみてください。

3日連続で、お助け翁が登場。
これは実は、次にお参りする「白髭神」さまのお陰なのではないかと思いあたっていました。

何故か、私の中では豊臣秀吉は織田信長とならんで大陸的な印象を受けます。なんというか、純日本的というよりは外国人的なかんじ・・・型やぶり。それにしても、秀吉の生命力、運の強さ、豪快さというのはまるで宇宙から直接パワーを「どっか〜ん」と貰っていたかのよう・・・そんな印象を受けます。

豊臣秀吉〈1〉 (山岡荘八歴史文庫)豊臣秀吉〈1〉 (山岡荘八歴史文庫)
(1987/01)
山岡 荘八

商品詳細を見る


真説・豊臣秀吉 (中公文庫)真説・豊臣秀吉 (中公文庫)
(1996/04)
池波 正太郎高橋 富雄

商品詳細を見る


自分の両親でさえほとんど未知の世界かもしれませんが(笑)、きっと彼らの幼いときに流れていた曲なので、なんとも聞くと心に触れるものがあるのかもしれません。自分は直接親しんだわけでもないのに、懐かしいとおもう曲、これって細胞レベルで染み付いている「日本節」みたいなもんのせいなんでしょうか・・・というわけで、私は「自称」和魂外才。

決定版 東海林太郎決定版 東海林太郎
(2007/11/21)
東海林太郎ヴォーチェ・アンジェリカ

商品詳細を見る

2009年9月21日・めでたい日本めぐりの旅・・下賀茂神社の巻

京都通の方にはご承知のことかもしれませぬが、毎月21日は「弘法さん」といって弘法大師の命日にちなんだ東寺の縁日が開かれます。京都の地図でみてJR線の線路を境にこちら側は殆ど未知の世界となっているのですが、東寺といえば、弘法大師こと空海のお寺として有名。

823年にこちらのお寺、「東寺」をお上から賜った空海は、真言密教の道場(鎌倉時代以降は「教応護国寺」と称された)としました。後に東蜜(東寺で発達した密教)の中心となったところです。また、綜芸種智院(しゅげいしゅちいん)という身分の高低の別なく一般に開かれた、仏教、儒教、道教を教える総合的な学校もこの土地に隣接されていたといいます。

私などは空海といえば、高野山をすぐに連想してしまいますが、実は高野山と並んで訪れるべき弘法大師の本拠地なのだと改めて思い知ったのでした・・・。世界遺産として指定登録されています。

こちらの山号は「八幡山」。
どうやら、今回の旅では、「八幡」というのはキーワードのようです。(笑)

とにかく、みんな楽しそうで、凄い人でした〜。
画像 762

中でも、京野菜やくだものを売りにきているスタンドでは、旅行中なので買って帰れないのが悔しい。

画像 763

弘法大師の命日に開かれる骨董市、こうして死後長らくたっても、も一般の人にも尚、愛されてしのばれているというかんじがいたしますね。

ご本尊は重要文化財にも指定されている「薬師如来」。
次回は是非、弘法さんゆかりの地をさらに訪ねてみたいなぁと思ったりして・・・ウォーキング・シューズを履いてまいります・・・足がとにかく痛かった。

一方、この朝はこんないい天気なのに・・・とにかくも、残暑が厳しく、旅の疲れがど〜っとでていました・・・出来ることなら、ホテルで足をいたわりながら昼ねしたい・・・。

「人いきれ・・・」というかんじで、ほとほと、よれよれ〜と、痛む足をひきずるように、京都駅のバスターミナルへ・・・次の目的地は下鴨神社。

あまりの人に圧倒され・・・疲れた頭でどうしよう・・・としていると、目前に丁々発止というかんじで人々にどのバスにのればよいかと回答を与える一人の翁が・・・・?まるで辻説法師のような構図。

呆然としている私に、「あんた、どこいきたいんや?」と聞いてくれる・・・というわけで、あれはこ〜して、これかって、これくれるからこれみて、ほんでもって・・・と至れりつくせり・・・「おじちゃん、親切やなぁ、バスの会社の人かいな?」ときいてみると、「な〜に、ボランティアや、京都のことはしっとるさかい」とにこにこ〜っ!

「元気でるな〜、こういうの。」(笑)

「おじちゃん、きっといいことあるよ、えらいおおきにな〜!」と関西人のフリをして、笑顔を倍返し。ねんごろに御礼をいい・・・バスで下賀茂さんへ。

吉方位旅行の醍醐味は、こういうよい縁、円、運の循環。

思えば、前日の伏見さんから京都滞在中は一貫して、「お助け翁」のように困ったときには65歳〜のきのつく男性が出てきてなんか教えてくれるということが、お陰様で続きましたね、そういえば・・・。

下鴨さんこと、正式名称は加茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)、山城の国の一宮です。

ご存知の通り、京都には上賀茂神社と下賀茂神社がありますが、共に元来は「加茂氏(うじ)」の氏神様をお祀りする神社。加茂氏といえば、先日登った伏見さんの秦氏と同様、京都で最も古い神社を立てた一族です・・・そいうえば、鴨川というのも山城の国(京都)を開いた加茂氏に由来しているのでしょうね。

加茂氏がどういう一族であったかは、またいろいろと読んでみるお楽しみとしても、かの有名な陰陽師、安部清明のお師匠さんでもあり、陰陽道の家元(?)でもある加茂忠行を出した家系というと、なんとなくかんじがつかめるかもしれません。

最強のパワースポットといわれるのもうなずけまする。

画像 774

見事な朱塗りの楼門で有名なこちらですが、何故か疲れていたため、写真を撮っていません・・・しっかりとっていたのは、この「君が代」でも名高い、「さざれ石」。ご神霊のやどる尊い石、巷では非常に縁起のよいとされる石です。みなさまにもよいご加護とご開運がありますように、と謹みましてのご披露。

画像 193

ご祭神は賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)、そしてその娘である玉依姫様。

縁起によると、玉依姫さまがある日川あそびをしていると、上流から朱塗りの美しい矢が流れてきます。それを家に持ち帰ると身篭り、男の子が生まれます。その子が加茂別雷神(かもわけいかずちのかみ)という雨を降らせて清め潤す雷神さま、上賀茂神社のご祭神となります。

京都の有名な風物詩、三大祭のひとつである「葵祭り」はこの下賀茂、上賀茂神社のお祭りだそうです。当時の風雅な蹴鞠などの催しもいまだ、行われているとか。「雅」という形容がぴったりの、場所です。

話はもどり、この神社の縁起話の朱塗りの矢の正体は山の大神さまである大山咋神(おおやまくいのかみ)で、日枝神社、松尾大社のご祭神としても有名な神様・・・前述の秦氏の氏神さまでもあり、お酒の神としても知られます。実は八咫烏(やたがらす)というのは、この下賀茂神社に祭られる加茂建角身命の化身といわれているそうです・・・古代史が好きな人にはかなり楽しい話です。(笑)

ちなみに、こちらのタマヨリヒメは神話にでてくる山幸彦(箱根神社のご祭神であるヒコホホデノミコト)と豊玉姫とのお子であるウガヤフキアエズノミコトという神様を育てた、タマヨリヒメとは別の話ということになっていますが、いずれにしても水と子宝にかかわる美しい(玉)清らかな巫女さん(「依り」というくらいですから)というイメージで一致しますね・・・。

一説によると、八幡宮でお祀りされる比売神(ひめがみ)様というのは、たまよりひめさまという説もある模様。(数日前の鎌倉八幡様の神幸祭のブログご参照のほど)いずれにしても水にかかわる神様。

ご参考までに、この神社のある場所は、鴨川と高野川のつくるデルタ地帯。
こちらに向かう参道というか森の道にも「奈良の小川」というのが流れています。
なにより、貴船神社のご祭神であり水、雨乞いの神様でも有名な高龗神(たかおかみのかみ)のお社もありました。

画像 778
なにやら、水辺でひとりいそしむ観光客の女性の方もいらっしゃいますが・・・。
思い思いにこちらの気をいただいているのでしょうね。

糺の森(ただすのもり)といわれる参道をゆっくり歩きながら、疲れを癒します。

実は、こちらの神社はこれらのお話、様子からも想像されるように、水の気=恋愛体質づくりにはもってこいの神社とか。楼門の側には「相生神社」とよばれる有名な縁むすびの神様がお祀りされていて、こちらのお守りを買い求める若い女性の参拝客でかなり込み合っておりました。ご祭神のお名前は神皇産霊神(かむむすびのかみ)ということです。

そして、中でも一番こちらで個人的に今回、印象深かったのがこちら。

画像 783

「みたらし社(御手洗社)」、ご神事に使われるという清らかなお水の湧く井戸の上に立てられている綺麗なお社。祓戸四神のご一柱である瀬織津姫のお名前がありました・・・・罪穢れを川に流して祓い清めてくださる、大祓の祝詞でもお馴染みの女神様です。疲れてふらふらしていましたが、このときはしゃきっと、しっかり、お参りさせていただきました。お手洗いでお水を使うことは、本当にありがたい清めの行為ということにも思い当たったりいたしますね・・・本当に。

ちかくにはみたらすの池があり、ご想像の通り、あの美味しい「みたらし団子」はこちらが発祥の地とか・・・。とにかくも、水づくしというかんじの、偉大なる神社でございました。疲れていたのが、非常に申し訳ないというか残念・・・、次回は元気一杯、参ります。

ただ、神社は実は呼ばれて参っているもの・・・こちらに参拝したこと自体、自分の頭で考えて起きたことではないとおもったりして。(笑)

下鴨神社、加茂御祖神社の益々のご開運をお祈り申し上げます。

実は直会(なおらい)を欠かさない私としては(?)、みたらし団子の「加茂みたらし茶屋」という場所にたどり着きたく、しかし足が痛くて、痛くて・・・、というわけで、どうしても主人が行きたいという金閣寺行きのバス停に向かったわけですが、知る人ぞ知る、素晴らしいお菓子屋さんを発見。

えびす屋の焼餅・・・。ほんのり甘くて適度にもちもちっと、おいしい・・・日本茶と一緒に出して頂いて、美味しい、美味しいと頬張る・・・疲れにききます・・・。2人でぱくぱくといただきました。

画像 199

そういえば、こちらの神社は、事代主ことえびすさんとも縁の深いところ・・・
きっと、何か関連があるのでしょう。
恵比寿さんも今回も大変お世話になっています。

気力をふりしぼるように、金閣寺へ・・・いつも凄い人ですが、それ以上にシルバーウィークの人手はすさまじかった・・・とにかく、フランスでも写真をみるなり誰もが「綺麗!」と叫ぶ、流石、「美」の結晶ともいえる金閣寺。

画像 203

京都はやはり凄かった・・・・

鴨長明も、そのお名前から知れるとおり、加茂氏の家の人。
方丈記 (岩波文庫)方丈記 (岩波文庫)
(1989/05)
鴨 長明市古 貞次

商品詳細を見る


手元にある20冊ばかりの本を読み終えたら、次なるテーマは空海・・・かも。
しかし、膨大すぎるのでDVDで予習をしてめぼしをつけないと迷いそう・・・。
NHKスペシャル 空海の風景 [DVD]NHKスペシャル 空海の風景 [DVD]
(2006/09/22)
司馬遼太郎

商品詳細を見る


空海への道 DVD-BOX空海への道 DVD-BOX
(2006/05/26)
内海晴美、

商品詳細を見る


絶対の「美」という観念・・・10代の頃に天才の書く文とはこういうものか!と打たれてしまったのがこの小説。文庫本を2冊潰してしまったのだから、若かりし頃はいかに情熱をもって本を読んでいたのかと自分で偲んでしまいます・・・。(笑)まだの方、これを読んでから「金閣寺」=鹿苑寺を拝見すると、全然違うかもしれませんよ・・・。
金閣寺 (新潮文庫)金閣寺 (新潮文庫)
(1960/09)
三島 由紀夫

商品詳細を見る

2009年9月20日・めでたい日本めぐりの旅・京都観光の巻

京阪伏見駅で、居合わせた面白い列車。
画像 715

都市には独特の色使いみたいなものがあって、それが訪れる楽しみにもなるものです。

パリにはパリの、ロンドンにはロンドンの、ベニスにはベニスの、コペンハーゲンにはコペンハーゲンの、そして京都には京都の色づかいみたいなものが不思議とあって、それがその土地の風土や伝統や住民性なんかとあわせて、その場所の匂いというか香りとなっていて、それを「嗅ぐ」のも旅行の楽しみ・・・目で街の「香りをきく」というほうがいいかなぁ・・・(笑)。

というわけで、伏見さんの参拝を終えて午後は観光モード、京都の街でいろいろな色を意識してみました。(笑)

三十三間堂、美しいものがみたければこちらへ・・・というかんじの場所ですね。
イタリア人好みの色合いだなぁ、といつも思いますが、この日はイタリア人の中で見学していたというかんじで、たくさんのイタリア人に遭遇。 パワースポットだそうですよ、こちら。
画像 720

京都では着物レンタルが大盛況の模様、カップルで着物を綺麗に来た人もかなりいました。
こちらは、とても綺麗な人呼んで「インスタント舞妓さん」だそうです。
かわいいですねぇ〜。
画像 170

聖徳太子の時代んもんともいわれる塔だそうです。
古い木の色は、やはり古都というかんじでよろしいです。
画像 173

春夏や初秋の清水寺といえば、緑が鮮やかな中に美しい木の舞台というかんじですが、この日は人人人・・・一色でした。
画像 181

坂を下ると、こんな可愛い「歓迎」が。
愛らしいどす。(笑)
画像 730

同じ美しさでも渋い色と鮮やかで淡い色と、これがあわさって「京都」の色・・・。
日本の色といったほうがよろしいか、思う存分の人混みの中の京都観光・・・

一日を笑って締めるには、美味しいお酒と美味しい食事。
久しぶりにこれました、大好きな京都・本家鳥初さん。
秘伝のスープ、主人は5杯も飲んでました・・・・昔ながらの日本のおもてなし・・・お座敷で淡い藤色の着物もしとやかに、素敵な方がお世話してくださいました。
大好物のこちらの水炊き、お話も楽しくとってもよい思い出になりました、勿論、2人で「完食」。
またお邪魔させていただきます。

京都 本家 鳥初 ・・・ 姉小路通 河原町西入
075-231-4861

画像 186

そういえば、このお店のある近辺は以前、かの天才歌詠みであり美男の誉れ高かった在原業平が住んでいたとか・・・。

京都の夜は静かにそして闇は深く、水炊きの鍋が煮える音とともに更けていくのでありました。

伊勢物語―付現代語訳 (角川ソフィア文庫 (SP5))伊勢物語―付現代語訳 (角川ソフィア文庫 (SP5))
(1979/11)
石田 穣二

商品詳細を見る


在原業平・小野小町―天才作家の虚像と実像 (日本の作家)在原業平・小野小町―天才作家の虚像と実像 (日本の作家)
(1991/05/30)
片桐 洋一

商品詳細を見る


見果てぬ夢―平安京を生きた巨人たち 在原業平・平清盛・後白河院・後鳥羽院 (日本を見つける知の探訪)見果てぬ夢―平安京を生きた巨人たち 在原業平・平清盛・後白河院・後鳥羽院 (日本を見つける知の探訪)
(2005/09)
JR東海生涯学習財団

商品詳細を見る

2009年9月20日・めでたい日本めぐりの旅・伏見稲荷大社の巻

京阪線で四条からやってきましたのが、おそらくは15年以上ぶりに訪れる伏見稲荷大社。
なんかもう、駅降りたときから、地元の香りがでていていいんですねぇ〜雰囲気が。(笑)
しかしながら、以前にきたときに比べて雀や鶉の丸焼きを売っているお店が少なくなったように思います・・・美味しい朝食を頂いてもいますし、大好物の稲荷寿司はちょいおあずけ。

伏見稲荷さんは、ご承知のごとく、全国5万社以上とも言われる稲荷神社の総本山として名高いところです。奈良時代の711年、こちらの稲荷山とよばれる霊地の三ヶ峯に稲荷神さまが御鎮座されたということで、朝鮮半島にあった百済もしくは新羅から渡来し帰化した有力豪族の秦氏の氏神様をお祭りしたのが起源ということです。

お稲荷神さまは、「倉稲魂(うかのみたま)の神」あるいは「宇迦之御魂神」というお名前の穀物の神様。穀物の神様ということで、卓説的に豊受大神(とようけのおおかみ)様と同一の神様と考えられることも多いそうです。

駅から近いほうをいくと、御幸道からお参りするかんじになります。
画像 685

ということで、仕切りなおして正面からお参り。
こちらの楼門は豊臣秀吉が16世紀後半に、ご母堂様の病気快癒を祈願して立てたものだそうです。
画像 686

流石、いろいろなご利益で有名な大社、日本人だけではなく中国や韓国からの参拝者が元気に動きまわっているという雰囲気でした。さすが、商売繁盛を祈願されている神様だけあり、いつも活気があります。

とても大きな社で、豪快で華やかなかんじがいたします。
硬貨を入れたり、お札を入れたり、とにかく参拝者の「お願い」しますという気迫がシャンシャンと伝わってくるようなかんじです。これはこれで、縁起がよいかんじもいたします・・・。「景気いい」かんじ。
画像 687

さて、なぜ今回私が京都行きということで、まず第一に伏見さんにこだわったのか、それは自分でもわかっていませんでした。ただ、こちらのお山に「登らねば」という積極的な気持ちがありました。願掛けはこちらでは、まだしないようにということを心がけておりましたので、こちらのお山に楽しく登れればそれで善しというかんじの久しぶりの参拝。

前回はかなり昔のことで、記憶がおぼろけですが、とにかくのぼりたいということで上ります。
千本鳥居のはじまりです。

画像 141

伏見さんにお参りしているという実感がこみあげてきます。
嬉しいです。

画像 142

「新池」と呼ばれる眠るようなベージュの池、「こだまが池」と呼ばれることもあるようで、いなくなった人を探すのにこちらの池にむかって手をたたいて音が返った方角にいると教えてくれるといわれる場所だそうです。熊鷹大神がお祀りされています。こちらの土地が、古くから霊地であったということがず〜んと判るかんじがする場所でした。

実はあだやおろそかにお参りするなかれというかんじもしました。
畏まるというかんじでしょうか・・・、実はとても楽しい伏見さんの参拝、常に頭というか心のかたすみにあったのはこの気持ちでした。

画像 694

稲荷塚の間を縫うようにして、石段はまだまだ続きます。

途中に御茶屋さんなどの休憩所があってよいかんじです。
まだ残暑が厳しかったせいで、なんともよき日本に伝統の夏という風情がここかしこにあってよかったです。ところてんか「冷やしあめ」でもいただきたいところ・・・しかし、「四つ辻」までは一気に上ります。

画像 145

縁側にあるクラシックな応接セット、昔ながらのガラスが入った戸がまたいい味だしてます。

自分では気がつかなかったのですが、凄い速さで飛ぶように上っていたらしい・・・「ここで夫を置いてきぼりにするのか?」と下から声が聞こえます。(笑)

画像 697

なんだかんだと、午前中10km近い山歩きになりました。私はそれこそあまり他に注意をしていなかったのですが、主人によれば、引き返す人もかなりいた模様、もっとがしがし歩ける靴を次回は用意しようと思います。神社にお参りするというのは、元来、「歩く」ということを覚悟するものだったと実感することになりますが、不思議な願掛け云々ではなく、歩いて御前まできちんとたどり着くということに意味があったのだと思います。

気は心、神様に通じるのは真心です。

四つ辻のすぐ手前で、絶景かな!というかんじの眺め。
画像 698

「四つ辻」とよばれる休憩場所では、冷たいものが美味しい。

この後、稲荷塚の中に何かただならぬ重大なお祀り方をされている場所を何度か通り、ことさらに大きなお祀りをされている向かいにある売店の前に出ました。水分補給をしてかなり、暑さもしのげましたが、「一体、どこまでいって、どうなっているのか知っているの?」と主人に尋ねられると、判然としません・・・・先をみるとなんだか下りになる模様・・・と、いうことは、ここが頂上ということでしょうか???

さて、なんだか判らなくなってしまい、売店のご主人にここはどこかと尋ねます。
品格のあるご主人は、お参りに来られたのならば、そちらの説明と地図を読まれるといいといわれます。みると、説明と地図が・・・・しかしながら、思考回路が働かない・・・はて?気分を鎮めるために、そちらのご主人と世間話をしながら、教えていただくことにしました。

どういうわけか、私はここで、椿大神社にお参りしたことを話しています・・・、それをきいて、こちらのご主人は「あぁ、そうでしたか、そうでしたか」と微笑まれる。きけば、私の崇敬神社をご存知のご様子。かくして、貴重なお話を拝聴し、自分がどうして今回、この山に登りたかったのか8割方、わかってまいりました・・・私に縁の深い神様が少なくとも三柱、お祀りされていたのですね・・・事前にネットで調べたときにはあまり判らなかったのですが・・・。

霊験あらたかといわれる聖地、ご神域の稲荷山より、空をみあげます。

画像 154

ご主人と奥様にお礼をいい、再訪を約束してにこにこと改めて二の峯、三の峯にお参りに今きた道を戻ります。

思えば、ふと先刻、「四つ辻」で目についたのがサイダーを冷やす水の中に気持ちよさそ〜にたたずむ蛙・・・、ぱちりと撮ってみましたが、そういうことだったんですね。(納得)
画像 148
思えば、ここから二の峯にお祀りされているという佐田彦大神(猿田彦大神さま)のお社はすぐでしたね〜。やっぱり、サインを出してくれていたというわけですね・・・ありがとう、蛙さん。(笑)

とはいえ、よくわからないので、ご眷族(神様のお使い)のみなさまにはあまりいらぬことは言わないようにしておりましたのに、何か言うとしたら、神様の御用をありがとうございますとだけ言っておきましたのに、フランスに戻ってからはいろんなものが夢に遊びにきてちょっと困惑しましたよ。

あるときは、山の中食堂に案内されるように辿りつくのですが、そこで私の世話を勝ってでたのがフランス人の顔みりしりの女性・・・彼女は今はどうしているか知りませんが、よくニシキヘビのような柄のタイツをはいていたのが印象的な気の良い女性。牛丼のようなものに生卵を割って食べるのですが、不味そう・・・おまけに30ユーロも払わされる・・・それでも好意的なので従っていると、実は生卵の中ではすでに人の形が半分ほどできていて、ねと〜っとした赤い色の液が人型をしているような・・・・気持ちの悪い卵を割って食べている・・・私は何も口にしないで目が覚めました・・・。あくる日も、いろんな国籍の人間がでてくる場所で、またお金を払って変なものを食べるような夢なのですが、そこでも食べませんでした・・・夢の途中で「これはきつねだよ」という声がして、納得。

一貫して、友好的なかんじですが、なぜかお金をとられてました。
夢の中では何もいわず、言われるままに払って様子をみておりましたが、食べていないので、また、返してもらいましょう(笑)。

あちらはそれこそ「百貨店」のようなところ、いろんなタイプの場所があり、たくさんの念が残っていたり、いろんなものがいますので、ご用心ください。

ただ、とっても楽しい時間をすごせました。
ありがとうございました。

伏見稲荷大社の益々のご開運をお祈り申し上げます。

というわけで、古代史へのロマンは広がります・・・。

四天王寺の鷹 謎の秦氏と物部氏を追って四天王寺の鷹 謎の秦氏と物部氏を追って
(2006/05/19)
谷川 健一

商品詳細を見る


猿田彦と秦氏の謎―伊勢大神・秀真伝・ダビデの影猿田彦と秦氏の謎―伊勢大神・秀真伝・ダビデの影
(2003/02)
清川 理一郎

商品詳細を見る


シルクロード渡来人が建国した日本―秦氏、蘇我氏、藤原氏は西域から来たシルクロード渡来人が建国した日本―秦氏、蘇我氏、藤原氏は西域から来た
(2005/05)
久慈 力

商品詳細を見る


中学、高校生の頃、はまってました。
やはり、「陰陽師」やこういう作品を読むと、日本の漫画家の方というのは凄い・・・と思います。
日出処の天子 (第1巻) (白泉社文庫)日出処の天子 (第1巻) (白泉社文庫)
(1994/03)
山岸 凉子

商品詳細を見る

2009年9月20日・めでたい日本めぐり・京都の朝の巻

朝8時にはホテルからふらりと出て、朝ごはんさがし。
街中に滞在する場合はとくに、可能なかぎりホテルで朝食はいただかず、近くに美味しくて手ごろなモーニングサービスがある場所をみつけるのが、結構楽しい・・・。
ホテルからすぐそばにありました、マエダコーヒーさんの本店。

画像 137

京都では毎朝、オリジナル龍之介ブレンドコーヒーとトーストを頂いていました。
朝食に生野菜とバタートーストという完全にフランス人にとっては未知の出来事、主人は口をへの字にむけて食べ始めましたが、実はこの朝食がとても気に入ってしまい、結局は滞在中ずっと出発まで、毎日同じものを注文してはよろこんで食べてました。

香り高きこちらのコーヒー。
今回、香りのものは良縁につながるということで、後に会う予定になっている方々にそれぞれお土産にしてもらいました。お世話さまでした〜。

支店もありますが、本店はこちら・・・朝7時から開いてるそうです。

前田珈琲 本店 ・・・京都市中京区蛸薬師通烏丸西入橋弁慶町236
年中無休とか

京都という町はとても清潔で調和がとれた美観のせいか、すっきりとしています。
ご存知の通り、四方を山で囲まれ、桂川と鴨川という2つの川が南に向かって幅を広げて流れております。流石、風水の都に住む人の多くのお方のお陰で、この土地の風土と歴史にあった「様式美」みたいなものが、いつもかわらず、京都らしい町並みときりっとした清潔さとかにしてあらわれていますね〜。

前日の夜通った四条通りも、朝はちょい違うかんじ。
平安京の時代には今よりも道幅が広かったということですが、京都を歩いていておもうのはやはり東京とは違うということ・・・次回は是非、京都御所の見学を申し込みたいとおもいました。

画像 671


商店街にちょっとした「隙間」があり、なんとも奥ゆかしくもぴしっとしたいい気が流れているなぁ〜と、寄り道すると・・・「安産祈願」のお寺でした。こういうものに出会うことが多いと、豊かな気持ちになりますね。京都にくるといつも、「また今回も、綺麗なとこ、寄らせてもらってます、おおきに〜」という気持ちになります。(笑)

画像 676

京都はいいなぁ〜と、鴨川をわたり四条京阪へ・・・。

画像 678

美味しい朝食に町並みも綺麗で嬉しい、元気に山登り、いざ。

清明ファンでなくても、京都では「陰陽師」や平安の都の風水まわりの本をちらり読んでおくと、楽しみ方が格段に違ってきます。

陰陽師―安倍晴明の末裔たち (集英社新書)陰陽師―安倍晴明の末裔たち (集英社新書)
(2002/12)
荒俣 宏

商品詳細を見る


源博雅の笛譜 仁明天皇の雅楽源博雅の笛譜 仁明天皇の雅楽
(2002/11/21)
長谷川景光

商品詳細を見る

2009年9月19日・めでたい日本めぐりの旅・京都到着の巻

画像 653

名古屋を過ぎると、東京人には違う文化圏に入ったという雰囲気が強くしてまいります。

今回の宿泊先は、はじめて利用する三条近辺のヨーロッパ調が売りの某ホテル。
しかしながら、同じランクとされるホテルに比べても部屋が狭くて窓が小さい。
着心地のよいパジャマがついているのと、お部屋つきの日本茶がよいものを置いているというのがよい点。なにより、地の利は確かによいのですがね・・・
せまくて、これでは疲れが癒えないし、何より荷物が2人分広げられません。
ホスピタリティーとか「おもてなし」というのではなく、姿勢が一貫して「採算ベース」のマーケティング一辺倒。公共スペースの飾りや部屋の色調でラグジュアリーを演出する努力は認めますが、ただ滞在していて豊かな気持ちにはならないかんじのホテルでやんした。

とけちょんけちょんにいってますが・・・(笑)

しかしながら、せっかくの素晴らしい旅行、こんなことで気分が曇ってはいけませんので、早速、大好物の松葉のにしんそばを南座横まで食べにでかけました(笑)。

実はできるかぎり機嫌よくしているといのは、開運の秘訣・・・幸せの秘訣、家庭の宝。身近な人が機嫌がよいというのはお互い、なによりの幸せになりますし・・・、美味しいものや綺麗なものはそれだけでで不機嫌という貧乏神を追っ払ってくれますので、ありがたいですね。

久しぶりの京都、なんとも嬉しい〜。

画像 655

松葉さんは、京都駅の新幹線ののりばのところにもお店が出ていますので、時間が押していても必ず滞在中は一杯は食べることができるようになりました(笑)。でも、可能ならばこちらの本店で、頂くのが嬉しいかんじ。ビールにじゃこがちょこっとついてきたりして、京都に来てます〜というはじまりの趣です・・・主人は「にしんそば初体験」でしたが、一滴ものこさずぺろりとご馳走になりました。にしんの昆布巻きも美味しいのですがね〜。

もうちょい早ければ、ちょっと先の祇園小石さんでデザートもいけたかんじ・・・なんてったって日中は行列しておりますからね・・・また、次回に。

鴨川を渡って、先斗町を食後の散歩がてらひやかして歩きます・・・
お店がてんこもりのようでいて、こういった佇まいがひょこっとある、これが京都の間あいかもしれません。レストランやバーのハザマにひょこっとある、こんな玄関。

画像 664

私は幸い、あまり自分に関係のないものが見えないので煩わされずにすむのですが、京都はそういう何か得体のしれないものがたくさん見えるところらしい。それもなんか変わった姿、俗に言うお化けがかなりいるらしい・・・傘に目や手足がついたのとか、こなきじじいぃとかそいういう系統がかなり出ているらしのですよ。(笑)

この升目状になっている町のつくりも味噌らしく、いろんな次元の存在が交差する都市のようかんじになっているらしい・・・のがその理由とか。何かをお祀りしている場所が数歩あるければまたありました・・というかんじの場所ですし。

よく、超常現象を体験したいとか、目に見えないものがみたいとかいう人にあいますが、綺麗なものばかり見えるのでしたらいいのでしょうが、そうばかりでもなく、それこそ清濁あわせ飲むくらいの強さと人格がきちんとしていて、そういう特別な力の「誘惑」に飲まれない人以外はあまり興味を持ちすぎないほうがいい世界のようです・・・・京都などを歩くとそう思えてきます、益々。

京都の四条近くの夜は、これまたやはり品のよろしい華やかさでした。
画像 667

明日は、気力、体力ととのえて伏見さんにお参りです。

遅まきながら今回、全巻揃えて帰って読みましたが、この素晴らしい作品を仕上げるにあたってどれだけの力を使われたかと想像すると、畏れおおいかんじがします。
陰陽師 (1) (Jets comics)陰陽師 (1) (Jets comics)
(1999/07)
岡野 玲子夢枕 獏

商品詳細を見る


2009年9月19日・めでたい日本めぐりの旅・椿大神社の巻

鎌倉・藤沢・江ノ島で育ての神様達の温かい歓待を受け、箱根と三嶋で素晴らしい気を頂いた私達は、いざ、私の崇敬神社であります伊勢の国一ノ宮は椿大神社にお参りするべく出発!(かなり私は気合が入っていました・・・笑)

丁度この日は、シルバーウィークとやらで、新幹線はどこも満席。日本に到着してすかさず予約を入れても、喫煙のグリーン車のみ(今だにそういうのがあったのですね・・・うぅ)が空席ありとのこと。やっと入った予約なので、乗り遅れるわけにはいきませぬ・・・。

箱根園から小田原までは、45分という。
余裕をみてでて、箱根神社さんにお礼と無事に箱根を越えられるようにお願いしに、早朝参拝してからでかけましょう!ということで箱根神社に無事到着、石段の前であまりの美しさに写真を一枚・・・撮ろうとしたところ・・・バッテリーをホテルのベッドサイドで充電したまま忘れたのに気づく!あら〜ま〜!パニック大魔神を助手席に、ホテルにとって帰し、その後小田原駅まで行くにはいったが、気が動転していたため途中迷うはずのないところで道に迷う・・・。

どういうわけか、肝心のときに魔が入る。
いや、肝心なときに魔が入るというのはもはや、常識かも・・・!?

数年前、椿大神社の写真を始めてみたとき、「絶対に行きたい!」と強く思ったのがことのおこり。
遠いしねぇ・・・ということで途中で他に行こうかと思うことがあったのですが、そのたびに、この神社に縁の人物3人に仕事で出くわしました・・・。

なんと、フランスにいながらにして、数ヶ月の間に、こちらの神社にご縁のある人物がまるでたずねてくるかのごとく・・・、三人目に会ったときには、参拝の決意はゆるぎないものとなっておりました。

そして、初めて写真をみてから一年経たずに果たした初参拝は母親との旅行。

ところで、神社参拝にあたって、なるべく私は直前に髪の毛を切るようにしています。
なんか、すっきりするかんじがいいのです。

椿大神社への初参拝の前に髪を切ってもらいにいくと、そちらの美容師さんは実はなくなったお兄様が霊感の強い方で、たまにお兄さんが「やってくる」とおっしゃっていました。不思議話をしていて、「そういえば明日、行きたかった神社にお参りにいく」というと、その美容師さんはもっていた鋏を頭上にかかげ(レレレのおじさん風)て、「ちょ、ちょっとまって、兄が、また・・・神様の話するから・・・きたよ・・きちゃったよ」という・・・、唖然としていると、「待ってね、待ってね、僕じゃなくて、兄がいってるんだけどね・・・、あなたはいままでね、なんというかこっち(左のほう)に行こう、行こうとしていて、これからにこっち(右のほう)に行くんだって・・・とってもこれからよくなるんだって・・・」と、両腕を使って分かれ道を作っていました・・・。

びっくり・・・なんてったて、あちらの神社にいる猿田彦大神は道案内の神様。
正しく幸せに生きていけるように、導いてくれる神様。
どちらのどの神様にお参りにいくかとは、その時点では一言もいっていなかったのに・・・
これは本物だと、思ったものです。

その晩、今でもその感触を覚えている気味の悪いというか恐ろしい事件がありました。
深夜、眠っていると、誰かが枕元に「けけけ」と笑ってやってきました・・誰か家の人がふざけている?のかと思いました。すると、ぱさりと、私の顔に水まくらのようなものを載せます。それを笑いながら凄い力で押し付けてくるのです・・・冗談ではない殺気をかんじました。私は動けません。「何故?」「これは誰?」、これは良くないもの何かが、私にあちらに行って欲しくないのだと瞬時に思いました。恐怖に押しつぶされそうになったのですが、「ならば行かねば」と、「やれるものならやってみろ、私はあの神社に行ってみせる!」と腹を決めて声にならないが心で叫びますと、「けけけ」と不気味な笑いを残してその変なものは去っていきました・・・鼻の骨がこきっとなったのですから、笑い事ではないかんじ・・・凄い力でした。(冷)

そして翌朝、出発する際になんと新幹線にすんでのところで乗り遅れました。
キャンペーンの切符だったため、目的地にいくには、その場で切符を買いなおさなければなりませんでした。その時はお財布にちょっときつかったけれど(笑)、これはお試しだと思いました。

おまけに、台風のため暴風雨で新幹線のダイヤ自体も危ぶまれており、多くの東海、関西地方への列車がキャンセルになっていました。かなり旅行自体が危ぶまれる状態・・・でも、「行きたい!」という気持ちはくじけず。

何がどうなったのか、本当に奇跡的に暴風雨警報の間を縫うように、重大な被害が出ている地域までをも通過して、私達は伊勢まで無事にたどりつきました。特に、雨上がりの伊勢神宮、外宮ではとても暖かで清らかな神様の「気」までかんじたりして・・・感動でした。内宮も流石、素晴らしいところでした・・・。

お伊勢参りも楽しく、「お試し」はこれで終わったとおもいきや・・・大切な神社参拝という節目にきた「お試し」現象、次は私ではなく母親にやってきました・・・。その晩、宿で慣れないお酒をのんで倒れてしまい騒ぎに・・・・それが原因であくる日は大喧嘩・・・「勝手に神社にいけばいい、私は帰る」と母親はぶっちぎれる・・・。(笑)

大変な曲折を経て叶った初参拝。
着いたときは豪雨の雷ごろごろ・・・でした。
それでも大型の傘を手に「きゃ〜きゃ〜」と写真を撮ってくれとせがむ私に向けて母がシャッターをおすと、「バ〜ン!」と凄い音がして、なにやら空に凄い顔がぁ・・・!?
母親は「きゃ〜、あ〜、びっくりした、びっくりした」とあちらはあちらで大騒ぎ・・・(パニック)!
シャッターを押した瞬間、目の前がベージュ一色になったというのです・・・腰もぬかさんばかり。(笑)

暴風雨一過の初参拝、何故か、嬉しくて涙がとまらなかった記憶がありました。

それから、毎回帰国のたびに、こちらにうかがいますが、はじめの3度までは毎回、前日に不思議な夢をみてました。

2度目の参拝のときは、ガラス張りの空間にいるのですが、周りをびっしりと巨大なカナブンが襲い掛かろうと取り囲んでいて、足元にはゴキブリを踏み潰しているもの、しかし私には危害が加えられないという恐ろしいけど守られているということがひしひしと判る夢。

3度目の参拝のときは、いくつもの人物がでてきますが、それがよいか悪いかわからないでいると、そのうち炎で「ぼっ」と燃え尽きていくという夢、おそらくは私にとって悪いものが浄化の火で消えたのでしょう・・・。

そして、出発にあたって何か私の勇気や決意を試すような、魔が入ってましたが、最近ではすんなりいけるようになっていました。

思えば、あの初めてのこちらの神社への参拝は、私にとっての幸せへの分岐点でした。
実は、それを記念して、こちらのブログの名前としたのです。
こうして初参拝には不思議な話がいっぱいあったのですが、それでも何が何でもたどりつきたかったようです・・・・これは転じて「絶対、幸せになります」という自分への誓いとなったのです。

どなたにも、幸せの分かれ道があります、それを上手く察知して多くの人が正しい幸せへの道をすすんでいきますように・・・幸せな人はより幸せに・・・果てしない豊かさが宇宙、神様の世界にむけてあるようです。

さて、今回は、主人が一緒の旅です。
早朝、箱根から小田原にでるのにまずちょっとした悶着がありましたが、忘れたり道に彷徨いこんだり、これは自分の状態にかかわるものともいえますね。(笑)

詳しいアクセスはリンク先の椿大神社のHPをご参照いただくとして、こちらに来るときはやはり近辺に一泊されるのがベストのようです・・・私は日帰り参拝になれていたのですが・・・関東からだとタイトかも・・・。素晴らしいところなので、満喫されるのがよいろしいと思います。

さて、話はもどり、箱根から小田原について無事、レンタカーを返却。
一方、小田原ー名古屋の喫煙車は強烈でした(笑)・・・頭がいたく、いらいらします。名古屋駅に着くと、今度は荷物を入れるコインロッカーがどこも一杯。時間をすでに大分ロスしていて乗り継ぎも危うい。

近鉄の駅で次の特急券を買おうとすると駅到着から神社行きの2時間に一本のバスの出発まで2分しか時間の余裕がないことが判明・・・どうしよう?ふと、振り返ると急行があと2分で出発。急行でいくと5分の乗り継ぎ時間があると即座に駅員さんが教えてくれます。切符を買って、滑り込みで急行に乗り込みます。すかさず、後ろでドアが閉まります。やれやれやれ・・・

到着後、なんとか駅の構内を大きな荷物をもって2人で走りぬけ、無事にバスに間に合い、ゆらりゆられてやってきました、茶畑・・・ほっと一息。

画像 638

実は、こちらはとても美味しいお茶のとれるところなのです。

さて、バスが神社前に無事到着、疲れと空腹と大荷物でバテ気味の2人・・・。
神社にはいつも可能なかぎり元気な状態で参るというのが、私なりのささやかな礼儀作法のひとつ。
大切な場所に、疲れやなんだら「穢れ」を持ち込むことは避けたいもの。
お隣の椿会館で私は名物の鳥飯定食・・・・名物ということですが流石、美味しいです。主人はヒレカツ定食、はじめてのトンカツだったのですが、ぺろりと平らげ満足顔。
2人揃って、「あ〜ほっとした!」。
お土産にこちらのすぐそばの畑で取れた神様地元産のお茶を買いました。

いざ、元気に参拝。

昨晩、箱根で部屋の下に大合唱でお迎えにきてくれていたのは、実はこちらのみなさん(笑)。
猿田彦大神さまのお遣い、かえるさん達です。(笑)昨晩は遠いところ、ありがと〜!(笑)

画像 639

「無事にまたこちらにかえりましたよ!」とお手水でお清め。
「また一緒にかえりますね」としばしの別れをつげました。

いよいよ、素晴らしい気の満ちた参道を通り、恵比寿さんにもご挨拶、上品な木の精さんにもご挨拶。
よい神社というのはどこも、かなりメルヘンチックなものです(笑)。
それにしてもなんという、すがすがしい気でございましょう、こちらを歩くとすきっとします。

猿田彦大神さまの御陵にご挨拶して、たどりつきましたのが、椿大神社の本殿前。

画像 642

本当に、参拝できて幸せでございます。(感動)

そしてこの麗しきお宮が、ご妻神の天細女(あめのうずめ)の命のお社、椿岸神社です。
いつもお香のようなヒノキのようななにやら清らかでかぐわしい香りの漂うお宮です。

画像 132

猿田彦大神様は、交通安全や旅行の神様、そして道案内の神様などとして広く知られている神さまですが、古事記の天孫降臨のくだりでも有名です・・・何度話しても楽しいので簡単に・・・(笑)。

天照大神さまの命をうけて天下りをすることになった邇邇芸命(ににぎのみこと)をはじめとする天の神様のご一行は、天の八街という天と地の境(異なる次元や世界の交差する場所というかんじ)に天と地の両方にまで届くほどの大きな強い光を発する大きな神様と遭遇します。見慣れないこの存在に誰が問いかけをしたものかとご一行は思案の末、大胆でかつ機知に溢れ(その上魅力的な)女神、天細女命(あめのうずめのみこと)を差し向けます。この女神は天照大神が天岩戸に隠れた際に、今でいうストリップのような踊りをして神々を大笑いさせ盛り上げ、天照大神を岩戸から誘いだすことに成功した立役者の一人としても有名です。こちらの岐に立っていた大きな神様こそが猿田彦大神、国津神であらせられ、天津神の道案内をするために待っておられたといいます。そこで、無事に天孫降臨が叶ったというわけですが・・・。その後、猿田彦大神と天細女命はご結婚なされるというお話に続きます。詳しくは古事記やホツマ等、いろいろと比べながらお読みになってください。

猿田彦大神さまは、有名で、一般になじんでいるかのようでいて、実は謎の多い神様ともいわれています。ただ、私が感じる神様はとても大きくて、大らかで、厳しくて、優しくて、ユーモアがある・・・とても偉大な存在。言葉では語りつくせないほどの尊い神様・・・

ご妻神のウズメノミコトは芸能の神様、特に踊りなど花柳界の信仰も厚いといいます。
私はこの神様からは上品でいてそれで女性の中にある人を明るく楽しませるそんなパワーをかんじます・・・。お宮の前にいくと、大胆で勇気のあったはずの女神さまのたおやかさ、しとやかさをかんじます。

実は、後になって知ったことですが、こちらの神様は国際結婚の縁結びが得意とか・・・。天津神と国津神のご夫婦ですものね・・・。

こちらで素晴らしいお祓いとご祈祷、本殿で玉串を奉納させていただき、また感動。
毎回、涙がでてきてしまうのですが、これは神様をはじめこの神社に関わる全ての方のお陰だといつもありがた〜く感動しています。ありがとうございます。

お祓い直前になって時間がないことが判明・・・・帰りのバスまで40分足らず、前のご祈祷の方たちはかなりの人数のご様子・・・京都行きの新幹線に間に合わないと大変なことに・・・こうなればタクシーで名古屋駅にのりつけるか・・・!?主人は疲れと時間が押していることが心配でいらだち始め、初めてのお祓いご祈祷で緊張・・・、全てがあいまって急に怒りだしてしまう。

これが、今回のお試しかも・・・と、自分のしきりの甘さを棚にあげながら、主人にたたみかける(すごんでいたかも)ように淡々と・・・「こうなれば私も女だ、財布の中の現金を全て使ってもタクシーで名古屋に時間内に入ってみせよう!私が今回日本に来たのは、こちらでご祈祷を受けるためなのだ!よろしくたのみます。」と啖呵を切りました・・・内心はバクバク。

お祓い、ご祈祷中とまるで日本語を解するかのように、主人はきちんとした佇まいでいました。
夫よ、ありがとう!

直会のお酒を2人で頂き、みなさんにお礼をいい、やれやれとタクシーをどうしよう?とおもって、時計をみると、まだバスまで5分ある!?主人に「5分あるよ!」と叫ぶと、凄い勢いでおいとまをつげ、大荷物をそれぞれ担いで大好きな参道をつっきり、セーフ!
流石、猿田彦大神さま!

「今度はとまりがけで、ゆっくり参拝しようね」とは主人のねぎらいのことば。
もっといたかった〜・・・お守りも一杯、買いたかった!といいながら、バスに間に合ったことが何よりのプレゼントでした(笑)。

素晴らしいお祓い、ご祈祷ありがとうございました。

夫婦ともども、椿大神社の益々のご開運をお祈り申し上げます。

また参りま〜す!!!

帰りは快適、「禁煙」グリーン車で充実感と余裕にひたる京都行き・・・よい旅にしますね。
スリル満点の一日でしたが、最後はお陰さまで、感動と感謝と楽しさで豊かにしめくくることができました。
画像 651

お祓いの後、ご祈祷の後の清めの大波、清めの大海原を彷彿とさせる太鼓の音・・・・
ここでは鼓童で・・・
Heartbeat Best of KODO 25th AnniversaryHeartbeat Best of KODO 25th Anniversary
(2006/11/22)
鼓童

商品詳細を見る


こちらは、大好きなシリーズ本です。

サルタヒコの旅サルタヒコの旅
(2001/10)
鎌田 東二

商品詳細を見る



謎のサルタヒコ謎のサルタヒコ
(1997/10)
鎌田 東二吉田 敦彦

商品詳細を見る


隠された神 サルタヒコ隠された神 サルタヒコ
(1999/08)
鎌田 東二

商品詳細を見る

2009年9月18日・めでたい日本めぐりの旅・三嶋大社の巻

画像 610

昨日、九頭龍さんの記事をアップした後、天気予報ではそぼつく雨程度のお湿りのはずが、急遽、バケツをひっくりかえしたような勢いの雨とゴロゴロ、ピッカーの雷が夜半まで続きました。清めの雷雨・・・龍神さん雷神さん、なんだか力強いかんじがしました。

めでたい日本めぐりの旅、箱根駒ケ岳を後に峠を越えて着いたのが三嶋大社。

三嶋大社さんとのご縁についてはこんなエピソードがありました。
数年前、フランスで自分の地盤というものをきちんと固めたいと思っていた頃、何はともあれ気持ちだけでもしっかりしようと、三嶋大社のお守りは自分の足元をしっかりさせるのにいいようだという噂をきき、実家の母親に「機会があったら、三嶋大社のお守りを送ってよ」と電話で話しました。

一方、三嶋大社の近くに住んでいるわけでも、行く予定もなかった母親は「ちょっとそれは無理だわね」と言っておりました・・・。
それから一週間とたたないうちに、なんとパリの郵便受けに三嶋大社の素敵なお守りが届いているではありませんか!びっくりがてら(?)、お礼を言おうと電話をすると、「近所のみなさんとバスツアーで苺がりにいったのだけれど、バスの中で寝ていたら、途中でトイレ休憩だとおこされたら三嶋大社の駐車場だった」という話。それで、送っていただけたという訳です。

それ以来、里帰りのたびに母親とお参りに来ていました。

実は今回、三嶋の先に用事でいくことになり、三嶋大社の参拝はまだ決めていませんでした・・・。
しかしながら、箱根神社で弁天さまにご挨拶するつもりが恵比寿さんにご挨拶していたりして(汗)、「これは三嶋さんにもご挨拶しなくては・・・?」と思い当たってはいました。その晩、ホテルから母親に電話をしたら、「そうそう、三嶋神社に行くことがあったらちょっと買ってきてほしいものがある」と頼まれごとをされてしまい・・・、「やはり、ご参拝させてもらうべし」とお参りにあがった次第。(笑)

結局、当初予定していた訪問先は都合が悪く、三嶋大社にお参りしにきたという形になりました。

嬉しいお招きです。
ありがとうございます!(嬉)

三嶋大社のご祭神は大山祇神(おおやまつみのかみ)と事代主の神こと恵比寿さんです。
大山祇神は山の代表的な神様で、此花咲耶姫(このはなさくやのひめ)と磐長姫(いわながひめ)の父神であるといわれており、愛媛県に大山祇神社があり、全国に広く分祀されています。箱根神社にはこのはなさんがご主人と息子さんとお祀りされていましたから、箱根から三嶋に足を伸ばせる方はあわせてお参りされるといいかもしれません。恵比寿さんは、釣りに鯛のお姿がビールでもお馴染み(?)、大漁の神です。

こちらの神社で、しっかりとあせらずに自分の足場を固めて、それでなお人生をしっかり歩んでいけるような気持ちになるではありませんか!

この神社は平安時代中期にはすでに明神大社の格式をいただいていたという由緒あるお社。現在は伊豆の国一ノ宮として堂々たる風格に、参拝者が観光バスでいつも訪れています。源の頼朝の信仰も厚い神社だったそうです。

境内には樹齢1200年余りといわれる天然記念物に指定されているという見事な金木犀の見事な木があり、訪れたときは境内では素晴らしい花の香りが色濃く漂っていました。南東は風、香りの方位ですから、とてもよい贈り物を頂きました。

境内のお池には弁天さまの綺麗なお堂、勿論、ご挨拶させていただきました(笑)。

三嶋大社の益々のご開運をお祈り申し上げます。

ちなみに、こちらには「福太郎餅」という美味しい草もちのあんころもちがあります。
また、近くにはうなぎの名店2店がありますので、直会と称して、いかがでしょうか?

私達は焼きたてパンを食べ過ぎてしまったので、こちらではご挨拶と金木犀の香りを賞味させていただくにとどめました・・・次回に期待。

さて、箱根にもどろうとカーナビでちょっと違ったルートを・・・などとやっていたら、カーナビが暴走!?1時間じかく、どう従っても何故か富士山の裾野のほうに向かってしまう・・・箱根を背にして走りまくっています・・・ひょえ〜!!!雲行きが不安なので、用心のためできればホテル近辺に戻りたいところ・・・その日の朝、駒ケ岳から富士山が綺麗に姿をみせてくれていましたから・・・浅間さん(富士山ことこのはなさん)のお招き!?

主人は途中でグルグルいいはじめるし・・・・仕方ないっ!と、カーナビの電源を切って、箱根の山めがけて戻ることにしました。戻ったはいいが、未だに箱根にこのような道があったのかという狭い林間コース・・・隣の助手席で胃が痛くなるほど心配しているのはイライラ魔人へと変身寸前の男が一人(笑)。というわけで、その気を鎮めようと到着したのがポーラ美術館。

フランス人好み(?)の明るいガラス張りのスマートなスタイルの美術館。

画像 619

今回は「ボナールの庭、マティスの室内」という展覧会が催されていました。
他にもモネ、ルノアールの素晴らしい油絵などもあり、その道の一応プロである主人はそのコレクションの質の高さを称えながらも、えらく喜んでおりました。

その中で、私が思わず涙ぐんでしまうような作品が・・・ピカソがピエロの扮装をした息子ポールの姿を描いた油絵・・・・涙がでるほどなんだか、愛しくて素晴らしい・・・是非、見に出かけてください。(うるうる・・・) 素敵なカフェで美味しいカプチーノを頂いて、ほっと一息。

恐ろしいドライブだったぁ、疲れた〜だの、雨が降らないうちにホテルに戻りたい〜、などといいながら、「遊覧船に乗りたい」という主人。希望の海賊船はもう間に合わないので、箱根園の桟橋から最終便に乗り込みます・・・「今度はあひるのペダルこぎをしてみたい」という・・・あれは白鳥だと何度いってもアヒルに親しんだ歴史をもつヨーロッパ人にはアヒルにしかみえないらしい・・・(笑)

画像 622

ちなみに、南東の風の方位では、遊覧船に乗ることは開運行動のひとつらしいです。

強行なスケジュールにいろんなハプニングがありましたが、なんとも密度の濃い一日でした。
この日、雨は結局、降りませんでした〜。
温泉にゆっくりつかって、美味しいビールと和食にまた舌鼓。

箱根のロケがでてくる小津監督の映画・・・
最近の映画では物足りなくなっている今日この頃・・・です。

さて、夜も更けて・・・「何、あの音?」と突然、主人に起こされる。
「?」、さて、その音の主は・・・・?
あぁ、お迎えのご挨拶に来てくれたんだぁ〜!!!と私はにんまり翌日にむけて微笑んだのでした・・・。

彼岸花 [DVD]彼岸花 [DVD]
(2009/11/22)
佐分利信田中絹代

商品詳細を見る

2009年9月18日・めでたい日本めぐりの旅・箱根神社元宮の巻

画像 125

早朝の九頭龍神社、弁天様の参拝を終えて焼きたてパンのブランチを取りやってきたのが、駒ケ岳山頂です。頂上のお宮は工事中でしたが、ケーブルカーに乗り込んだのは私達2人のみ。

なんだか、ラッキーなかんじです。

画像 123
こちらには山の神様と空からの気を受けにまいりました。
ありがとうございますっ!(嬉)

出発に際して、ケーブルカーの乗り場もお手洗いもぴっかぴかだと、にこにこと主人が戻ってきます・・・・「何がトイレにいたかしってる?」というので「?」と顔をみやると、「ぴっかぴかのトイレ、便座を上げるとそこには真っ黒な蜘蛛が二匹ちじこまっていた・・・逃げるときに手を広げるとこの手のひらよりも大きい、こ〜んなの」と大笑っている・・・。よく、笑っていられるもんだと・・・・唖然としつつ、やっぱり、手入れされていても自然の真っ只中にいることを忘れないよう・・・彼らのほうにお邪魔しているのは私達のほうですものね。(冷汗)

こちらの起源は古くて、有史以前にさかのぼるそうです。
かねてよりこちらの神山一帯をご神体とした山岳信仰がさかんだったということ、聖占上人という方が2400年あまりも昔のこと山の神様を神仙宮にお祀りしたのがはじまりということです。以来、修験道の場として知られているところですが、奈良時代のはじめにかの万巻上人が芦ノ湖湖畔に箱根神社(里の宮)を建てられたそうです。

こちらに祀られている神様には特に、日本の国や世界、宇宙の平和など、大きなお願いをするのがよろしいときいています。また、何かインスピレーションのようなものを頂く人もいるらしい。

画像 118

こちらの駒ケ岳山頂にあるお宮は、昭和29年に有名な実業家の方のご寄進により建てられたものだそうです。これくらいのことができるのは、本当素晴らしいことです・・・なんとなく憧れですが。(笑)

こちらのお宮に登る際に、注連縄のしてあるお岩があるのですが、神馬に乗って神様が降りられたという「馬降石」とよばれるもので、よい力をくれるといわれています。

と、地上に戻ってまいりましたが、素晴らしいゴルフコースがみえたりして・・・・高所恐怖症の方はかなりパニックらしいです・・・主人は人知れずパニックていたと後で知りました。(笑)

画像 561

「午後からは雨になるかもしれませんよ」とはケーブルカーの案内嬢の弁。
さて、これから車でお昼にかけて、山を越えて三嶋へ向かうところ・・・。
とにかくも、おかげさまで頂上では雨が降らずラッキーでしたね、とにこにこ駒ケ岳初参拝でした。

リンク先の箱根神社さんで詳しいことはご覧いただくとして、10月24日にはこちらの駒ケ岳山頂でご神火祭というご神事が行われるということです。みなさんも、この日は箱根にむかって世界平和祈願の祈りの念をとばしてみてください。

2009年9月18日・めでたい日本めぐりの旅・箱根九頭龍神社本宮の巻

画像 105

箱根の朝は美しい。
というわけで、滞在先のプリンス箱根から遊歩道を早朝2時間も散歩してしまいました。
自然に神が宿るというのは本当のようです・・・怖いくらいです・・・ため息。

本日の朝の参拝は九頭龍さんの本宮。モータオーボートを借りなくても、陸路で樹木園の入り口から参拝できますよ・・・詳しくはリンク先の箱根神社HPまで。

毎月13日には良縁を願う参拝者の方がたくさん訪れるそうですが、連休前の朝は空いていました。以前は願掛けをする人がお酒や卵を置いて帰るため、カラスにあらされたりして境内がひどく汚れたそうですが、最近では参拝者の方のマナーも良くなったそうです。整然と清められた境内、お世話された方にありがたいと思いました。

あまりの静寂さ、清らかさに畏れ多いかんじですが、こちらをご覧の皆さんのご開運を願いまして、掲載させていただきますのが、こちらの佇まいです。

画像 108

元宮の手前、水辺から上がったすぐのところには弁財天様、市杵島比売さまがお祀りされてありました。夫婦円満、縁むすびはこちらの神様との仲睦まじさから頂いているんでしょうか、きっと。
いつものように、明るくあっさり、そして心をこめてご挨拶させていただきました。

こちらの由来は、前述させていただいた通りですが、元来、箱根権現としてお祀りされていた龍神さまのうち、青龍さんと金龍さんがこちらにお祀りされていて、白龍さんはこちらから近い白龍神社さんにお祀りされているということらしいです。

ちなみに、江戸時代までは、神様というのは仏様という姿を借りてこの世に現れて私達を救うという考え方がありました。ちなみに八幡神様は阿弥陀如来の形をとり、市杵島ひめさまは弁天様の形をとり、大国主命は大黒様の形をとり、天照大神は大日如来や十一面観音さまの形をとって現れるといわれています。明治時代に神仏分離が行われるまでは、神仏習合の神さまということで、こちらの箱根権現、伊豆の伊豆権現は武士をはじめとして、厚い信仰の対象になっていたということです。

こちらの箱根権現は、文殊菩薩、弥勒菩薩、観音菩薩の形となって神様があらわれたというものだそうです。詳しいことは各自でいろいろと読んでみてくださいませ。

私は九頭龍さんを今のように意識する前に、青龍さんと金龍さんのお姿を拝見したことがあるようなので、もしかするとやはりすでにお招きいただいていて、遂にこのたび、こちらに参拝かなったのかもしれません・・・。

白龍さんのほうは進めない様子でしたので、今回は参拝はしませんでした。
無理をして参拝しないことも、マナーというより自分のためですね。(笑)

画像 111

本当に美しいところでした。
水辺でひっそりと、新鮮なエネルギーをいただきました。
ありがとうございました、また仲良く参ります。

画像 106

九頭龍神社さまの益々のご開運をお祈り申し上げます。


ホツマ縄文日本のたからホツマ縄文日本のたから
(2005/02)
池田 満

商品詳細を見る


ホツマ物語―神とオロチホツマ物語―神とオロチ
(2005/11)
鳥居 礼

商品詳細を見る

2009年9月17日・めでたい日本めぐりの旅・箱根神社は里の宮の巻

寒川さんで旅の安全を祈願し、箱根湯元の天山でお昼前に「ひとっ風呂」浴びていくことにしました。
天山は日本に住んでいる頃には毎週、夜中に車を飛ばして通った懐かしい場所。東京や関東一円からの人で週末はかなりの混雑ですが、週中は空いています。手ごろな価格で本格的な温泉を楽しめる場所として多くの人を楽しませているスポットです。

箱根天山のHP  ・・・・・・・・・・・  http://tenzan.jp/

箱根のお湯を頂き、心身ともに「箱根モード」となりすっきりとした気持ちで芦ノ湖湖畔の元箱根に向かいます。お昼時ということで、元気で箱根神社に参拝できるよう芦ノ湖でとれた「わかさぎフライご膳」なるものを頂きました。「これは美味しい美味しい」と、思えばこの頃から自称「フランス人120%」の主人は箸を積極的に使いはじめました。やはり、人間は動機が肝心・・・・らしい。

にこにこ満腹で参拝にあがりますのが、不思議とこちらも何度きても懐かしい神社、箱根神社。
素晴らしい大木の間の階を特に身体の左側を意識して「気」をうけながら上っていきます。
主人は空気の美味しさにこれまた上機嫌。

たいてい、箱根神社さんには早朝参拝をこころがけているのですが、本日は昼すぎ。
観光バスも本日はつけていない模様で、個人参拝の方がちらりほらりというかんじでした。
素晴らしい神社です。

ご祭神は天孫瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)、ご妻神であられます木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、そしてお二人の御子神である彦火火出見尊(ひこほほでのみこと)の三柱。

歴史はとても古く、奈良時代以前にはすでに本宮のある駒ケ岳から一帯をご神体として信仰の対象となっていたとのことです。箱根の山は古くから修験道の盛んな霊地でもあり、奈良時代に箱根大権現を奉じた万巻上人がご神託をうけてこちらの里宮をお建てになったということです。

こちらでは必ず絵馬を奉納させていただきます。
今回は弁財天さまと九頭龍さんが仲良く描かれた絵馬を一枚。

画像 082

そして、大好き(ファンといったほうがいい)な九頭龍さんを祭る九頭龍神社へ。
こちらはかの万巻上人が芦ノ湖に住む毒龍を調伏し、霊験あらたかなる九頭龍神としてお祀りしたという由緒がある神社です。本宮は芦ノ湖のほとり、湖尻よりの坂下門入り口というところの樹木園の内側にあります。

こちらのお水を頂いて、主人にも300ミリリットルくらい飲んでもらいます・・・半時間たたないうちに身体の臓器に届き始めるそうです。鮮やかな色が魂の奥まで入ってきそうな、綺麗なお社でした。実は、九頭龍さんはここ数年来、超人気スポットとして、特に良縁祈願の女性の参拝者が後をたたないといいうことです。みなさん、よい縁をむすばれるといいですね。

画像 083

そして、こちらがなんとも優しいかんじの、「安産の杉」。

画像 091

ところで、箱根はいろいろなスピリチュアルスポットがありますが、私はまずはこちらでご挨拶をさせていただいて、旅行を安全に楽しくできますように守護をお願いします。

環境や周りの人への配慮はどこであろうとも当然ですが、その土地で開運や楽しみごとなど見えないものを願う場合は特に、きちんと正面からその土地を守る神様に挨拶するのは、礼儀というもの。
とくに、精霊の宿るような大きな自然の中で過ごすのは、こうした畏怖の念がベースになくては危険なこともあります。

帰りは下の茶店で、大好物の甘酒を頂きました。
主人は日本で美味しさに目覚めたというソフトクリームを・・・ぱくりぱくり・・・。
お茶屋さんのお兄さんが大変きさくな方で、温かい甘酒を注文した私に、「本来は甘酒はつめたい飲み物ですよ、どうぞ」とつめたい甘酒を振舞ってくださいました。(嬉)
なるほど、香りが高くて上品・・・、いぶかしげな顔をしている主人に勧めると、「あ、変わっているけどこれは香りがあって美味しい」ですと。皆様も、ご参拝の折には是非、お試しくださいませ。

にこにこ大満足で、ホテルに到着。
画像 101

見事なカシニョールの大きな油絵などを鑑賞しながら、湖のみえるお部屋へ案内していただきました。
箱根の夜は早く、7時半ともなるともう「夜」でした!

湖の水を眺めながらお湯をいただき、美味しいビールや和食を頂いて、9時には爆睡状態。
パリでは自称「不眠症」とやらで夜更かし傾向にあるパリジャンも、ここでは鶏のごとく、早寝早起き。
画像 093

まさに、自然の懐に心地よく抱かれて、日本人の心遣いの細やかさを味わえる場所。
箱根よいとこ、毎年来たい。

箱根神社の益々のご開運をお祈り申し上げます。

箱根ベストガイド 2010年版 (SEIBIDO MOOK BEST GUIDE 7)箱根ベストガイド 2010年版 (SEIBIDO MOOK BEST GUIDE 7)
(2009/04/08)
成美堂出版編集部

商品詳細を見る

2009年9月17日・めでたい日本めぐりの旅・寒川神社の巻

画像 077

藤沢、鎌倉、江ノ島を後にして私達が向かうのは箱根。
大好きな九頭龍神をはじめ、箱根の険しくも豊かな自然にどっぷりと浸かり、鋭気を養おうというもの。

そして、必ず車で箱根に向かうときには寒川神社にお参りさせていただきます。
この神社はいわば私の育ての神様です。
ご由緒、ご祭神につきましては諸説あるとのことですが、こちらの神社は江戸城からみてまさに裏鬼門にあたる風水からみても要所を護る神社。八方除けのご加護では日本一、世界一ともいわれます。

寒川比古、寒川比女をご祭神とする、相模国の一宮です。
一の鳥居から車で入り、車を降りて三の鳥居、太鼓橋を通って参拝させていただきました。
なんとも、明神大社(霊験あらたかな神を祀る神社として、律令制度下で尊重された格式の高い神社)として朝廷が厚く信仰し、武田信玄や徳川家康など歴史に名だたる武将の信仰も篤かったといいます。

電車で行かれる場合はJR茅ヶ崎から相模線に乗り換えて、宮山駅で下車して徒歩10分くらいです。

この日はきちんとしたスーツに身を包んだ、氏子さんらしきかちっとした男性がたくさんいらっしゃいました。八幡様同様、きりりと身のひきしまるかんじの神社。
こちらの八方除けはもって安心、カード型のお守りをそれぞれ頂いて帰りました。
かえりには脇のおだんごやさんでお茶を飲んでもよし、時間がないので日本茶のボトルを買って失礼しました。

風水、方位を気にする方はお参りされるとよい神社です。気にする方は方位を気にし始めて、身動きがとれなくなるようだと、逆によくありませんからね(笑)。

私は特定の団体とかグループとか、宗教や決まりごとに縛られるのは苦手なのですが、神仏からのご加護はありがたく頂いています。

簡単にいえば、きちんと手入れされて自然に囲まれた神社や教会などにこうして参拝させていただくことで安心と元気を貰い、また戻ってくることを楽しみに、日々の生活へとかえっていくというかんじでしょうかね。自宅に神棚をお祀りしていますが、自らが赴くというのはまた格別です。

藤沢・鎌倉・寒川さんと私が幼い頃から見守っていてくれている神様たちにお参りできて嬉しいという思いをひそかに感じながら、いざ、箱根へ。

寒川神社さまの益々のご開運をお祈り申し上げます。

徳川家康という方は、いろいろなご本がでていますが、あれだけの役割を受ける器と天命の重みに耐えて生き残ろうという力があった方・・・。戦国時代の読み物は読めば読むほど、もっと知りたく、もっと味わいたくなるものです・・・いろいろある中で、今回おすすめはこちら。
徳川家康〈1 出生乱離の巻〉 (山岡荘八歴史文庫)徳川家康〈1 出生乱離の巻〉 (山岡荘八歴史文庫)
(1987/10)
山岡 荘八

商品詳細を見る

2009年9月16日 めでたい日本めぐりの旅・鎌倉八幡宮は鈴虫放生の巻

画像 037

素晴らしい江ノ島参拝から竜巻のように江ノ電は腰越駅にもどり、時計をみやるとお昼の約束にジャストというかんじ・・・。若いときは非常に時間にルーズであった私ですが、あるときからその悪癖を自覚しはじめました・・・。とはいえ、「時間丁度に着く」という癖がぬけず、たまにこうしてポカをします。
主人といえば、常に30分〜1時間前には約束の時間についている人。

実は、約束に遅れるということは、相手の時間を奪ってしまっていること、そして自分の運を下げます・・・グレードが下がるというべきか。

そういえば、仕事でも多くの一流企業で常にトップにあられる人は国籍をとわず遅れません。
たまにそういう人もみかけますが、大方、健康で安定した地位を築かれる方は「遅れて走る」のを好まなくなる傾向があるようです。年齢にもよりますが・・・。何事も例外があるとはいえ、おもしろい。

お食事会は北鎌倉の知る人ぞ知る、人気店。
広告も記事掲載もお断りのお店ですが、連日満員のようですので、勿論、予約は必須。
車が入らないような細い道に、ひっそりと戦前の趣を残した綺麗に手入れされたお家があります。

幻薫庵・北鎌倉 山之内823・0467-43-5695

画像 467


季節の野菜を中心にしたコースで、こちょこちょと10品弱くらいいただきました(笑)。
気がつけばお腹が一杯、食後はお薄をいただきました・・・なんと3時間もかけてランチとは!
長いお付き合いの友人が忙しい中集まってくれて、のんびりと嬉しいひとときでした。
田中絹代さんも一時お住まいになっていたという噂があり、なにより「北鎌倉」をかんじるたたずまい。

武家をあずかる女性達のように、渋めの味のある素敵な着物をおめしになった方々がてきぱき、そして丁寧に、ときにはユーモラスに給仕してくださいました。

おすすめの隠れ名店です。

すっかり、午後も半ばをすぎてしまい、主人と友人と八幡さままででかけていきました。
午後は流鏑馬神事があったということで、さぞかし賑わい華やいでいたことでしょう。

実は、今回の旅行では鎌倉で是非、買いたいものがありました。
鎌倉彫の姫鏡(小さな手のひらサイズの鏡)です。

前日に雨の中を5、6件まわって心当たりをつけておきました・・・朱色の柄尽きの椿もの、朱色の丸型の椿、そして橙にちかい朱色の丸型で隅に唐草があしらってあるもの・・・。どちらも素晴らしい職人さんのものです・・・。

悩んだ末に、八幡さまの鳥居の向かって右にある、老舗のさりげない唐草のものにしました・・・・なんとも、そちらで接客をしていただいた女性は以前、パリで我が家の隣の通りにお住すまいだったことがあるとか・・・奇遇ですねぇ・・・。

菓子器などもすばらしいのがありましたが、今回ははじめの一歩ということで一番身近なものを頂いてみました。

博古堂・鎌倉雪ノ下2-1-18・0467-22-2429

厳選した素材と素材の準備から、彫りは勿論、漆を薄く塗ったものを研ぐという作業を何度丹念に繰り返し、艶やかなそして力とぬくもりのある作品・・・。数年前、奮発して薩摩つげの職人さん手彫りの櫛を入手しましたが、一緒に使わせてもらってバランスのとれる一品。作り手の思いと手が入った櫛や鏡はまずは女性のお守りともなります。大切にしますね。

ちなみに、伝統工芸の鏡ということで、風水でいえば鏡は今年のラッキーモチーフ、そして現在は特に「土」の気を強めたい私としては祖国の伝統工芸品、木彫りものということで、南東のオレンジ色ですし、吉方位のお土産としては最高ではないかと・・・、吉方位旅行でのお土産買いは楽しいものです。(笑)

お祭り最終日の八幡様であらためて参拝をさせていただき、友人がおみくじをひくと「大吉」!(笑)
よいことは連鎖する。

大銀杏の木を右手にみながら階段をおりると、舞殿には何かお供え物が。

画像 066

しかしながら、鏡を買いに行くのに時間が押していました・・・。興味を覚えつつ行こうとすると・・・
「なにかはじまる様子なので、5分くらいまってみよう」とは主人。

果たして、はじまりましたのが鈴虫放生祭。

後で調べたところによると、鶴岡八幡宮のHPに以下の説明がありました。(以下、引用)

「例大祭で神前にお供えした鈴虫を神域の自然の中に放す行事です。放生とは生き物を放つことであり、生命の尊さや季節に対する感性を大切に守り伝えようと、平成16年より始められたものです。儀式は舞殿にて執り行われ、雅楽の演奏と巫女による神楽舞を奉仕した後、境内の林に鈴虫を放ちます。」 (引用 おわり)

とても判りやすく美しいHPでした、 ご興味のあるむきはご参照ください。
http://www.hachimangu.or.jp/index2.html

雅楽が好きでよくフランスでCDなどをきいて、ひそかに「みやび」に浸っている(?)私としては、この雅楽の演奏家のみなさんが出てこられてかなりドキドキしてました(笑)。

画像 067

友人が「この音というのは、空とコミュニケーションするためのものらしわよ」といいます。
なるほど、道理で聞いていると意識が空にとぶようなかんじがしますね・・・。
空をみると、お慶びのようです。

画像 069

そして、神主さんたちがご到着になりました。
画像 070

祝詞を献上される間、周囲一同は頭をたれます。
穢れを祓い清めていただきました。
雅楽の素晴らしい演奏に、まさに龍神さまも天女さまも舞い踊るという空模様。

画像 072

なんとも間のよいことで、祝詞献上、雅楽演奏のおすそわけに預かりました。
鎌倉八幡さまの益々のご開運をお祈り申し上げます。

子供囃子が出ていました。
お祭り中はお囃子が絶えることなく、てけてん、ぴひょろと場をにぎわしていました。
お疲れ様でございました。

画像 075

友人と直会のお茶をいただき、鎌倉駅でしばしのおわかれをつげました。
鎌倉、江ノ島、藤沢のみなさん、ありがとうございました。

マルチ運転室展望 江ノ電 [DVD]マルチ運転室展望 江ノ電 [DVD]
(2000/11/21)
BGV

商品詳細を見る


鎌倉・藤沢には八幡さまをはじめとして、源頼朝、源義経をお祀りする「白幡神社」が各所にあります。木肌と黒と金具の色合いがなんとも美しい神社で、寒川の神様とともにしっかりとこの土地をお護りしてくださっています。個人の人生としては悲劇もありましたが、日本に生まれた素晴らしいご兄弟。
源氏将軍神話の誕生―襲う義経、奪う頼朝 (NHKブックス)源氏将軍神話の誕生―襲う義経、奪う頼朝 (NHKブックス)
(2009/02)
清水 眞澄

商品詳細を見る

2009年9月16日 めでたい日本めぐりの旅・藤沢は江島神社

画像 060

鎌倉滞在中、毎日窓から綺麗な姿を見せてくれていた江ノ島。
あちらには宗像三神をまつる江島神社がございます。
江戸時代までは「弁天さま」をお祀りする神社でしたが、明治時代、神仏分離でご祭神が現在のような祀られ方となったということです。

ご承知の方も多い通り、厳島、竹生島とならぶ三大弁財天とされています。
天河弁才天だという説もありますが、4箇所とも弁才天さまをお祀りする代表的な神社仏閣とされています。

一方、江ノ島の聖地としての歴史はとても古いようです。仏教などの大陸文化を日本に導入した聖徳太子より前の時代の記録も残っているそうです。役小角、空海をはじめ、日蓮、安然などの素晴らしい僧侶が修行をした霊地としても知られています。

参考までに、宗像三神というのは、福岡県の宗像大社にお祀りされている三柱の女神様で、「古事記」や「日本書紀」によれば、アマテラス大神とスサノオの命の約束により生まれた神々とありますすが、ルーツは当時、北九州地方で胸形氏などのの海人族が信仰する神様だった模様。多紀理比売(たきりひめ)、市寸島比売(あるいは市杵島比売、いちきしまひめ)、多岐津姫(たぎつひめ)の三神。

こちらの神様は八幡宮の総本社として名高い、大分県の宇佐神社にもお祀りされていて、八幡さまとは縁の深い神様だということです。
竜宮城というかんじで、楽しい入り口。
画像 428


神社が好きで神社をお参りされている方(単に個人的な願掛けというんではなく)は同じようなご経験をされているとおもいますが、神社には呼ばれてお参りしているというのが正解のようなのです。何かみえない糸にたぐらられるようにして、お参りしているのが実際であって、自分の深いルーツに関わる何かが垣間見えたりすることがあるのも、神社をめぐる不思議のひとつです。

ここで気になったのは、ご降臨の地が福岡県鞍手郡鞍手町の六岳だということ・・・私の父の出身地はまさに鞍手郡です。これを単なる偶然としてやり過ごすか?何かあると私は感じています。

よくアカシックレコードとか潜在意識とかいろいろいわれますが、自が導かれるように訪れた場所でDNAの記憶なのかそれとももっと純粋に霊的なものなのか、なにかが触発される、もっといえば性能がよくなる・・・「アップグレード」されるようです。勿論、その人の心や魂や身体の状態にみあった関わりを編んでいくわけですが・・・・。旅というもの自体、非常に個人的なものですが、神社が好きで神社をまわっている人達の中には少なからず、時空を超えて超個人的な情報が開くと同時に、もっと宇宙的なスケールで自分の扉が開いていくような感覚を覚える人がいるのではないかと思います。

これは念力によりなにかを成し遂げたり、超人化するとか、そういうのではなく、昔の古代の人がそれこそあたり前のように星や風のゆらぎをみて多くのことを理解できていたころの感覚が、もしかすると自分の中にもまだ残っているのではないかというような・・・・スペシャルでいて、元来は当たり前だったような能力に関わることだと思います。

などと、横道にそれてしまいましたが・・・

江ノ島は、それこそモダンになったりする部分はあれ、やはり昔の情緒が残っていて、貝殻細工のおみやげや、中をのぞくとヌードがみえるひょうたん型のキーホルダーや、海苔羊羹、蒸しまんじゅう、サザエのつぼ焼きなどを売るお店や食堂が立ちならび、嬉なつかしのスポットでした。父に連れられてここを登ったり、裏手の磯にでて釣りをしたことを思い出していました。

竜宮城のような江島神社。
最初の辺津宮の手前でお手水を使わせていただき、こちらにはまだ祓えの茅の輪がありました!ラッキーです。半年に一度、神社にいくとこの輪を∞の形で数度くぐってお参りしてお祓いをして無病息災を願うというもの・・・・。訳のわからない顔をしている主人と一緒に茅の輪をくぐります。(笑)そして、こちらは人型による厄除けができました。
辺津宮には多岐津姫(たぎつひめ)がいらっしゃるとのことです。
画像 435

そしてその脇にある奉安殿では、重要文化財にも指定される鎌倉時代初期の作といわれる八臂弁財天像がありました。こちらは音楽や芸術や財運の神としてられる弁天さまのイメージというよりは、八幡さまに共通するような勇気や勝負強さをかんじるような佇まいでした。その隣にあるのは、裸弁天として有名な妙音弁才天像で、琵琶をもったとても美しいお姿・・・で、女性はまるで「妙音」のようにかくありたいとため息がでるようなお姿でした・・・名状しがたい美しさを形にするとこうなるというかんじ(笑)。白龍神さんの銭洗いもこのすぐそばにあります・・・ざるで硬貨をせっせと洗いました(笑)。

画像 438


末社の八坂神社(スサノオさん)、稲荷社(トヨウケノオオカミ)を過ぎてまっていたのは、猿田彦の大神の碑。天孫降臨の際に道案内をして無事に天と地がおさまるように陰で尊い大きな働きをされる、偉大なる神さまです。私の崇敬神さまであられます。(なんか緊張してしまう)いろいろな形でいろいろなところにお祀りされている神さまですが、実は一般に知られるよりも遥かに偉大な神様なのでした。

道中の無事と感謝を捧げ、いざ。

今回の私の江ノ島での及ばれ先はおそらくは中津宮。
あでやかな美しい朱塗りの権現造りのお社・・・・綺麗。
画像 445

こちらには市杵島比売さまがいらっしゃいます。
この日もかなり観光客がいたようなのですが・・・こちらに来たときは私達以外人がいませんでした。
嬉しさとありがたさを捧げ(神様にささげるのは真心やよろこびだと私は思っています)に、神前にすすむと、風のない日に一陣の風が前から・・・・これはありがたくも、瑞兆(ずいちょう)をいただきました。
なんとも素敵な神心。(笑)

とはいえ、呼ばれて嬉しいというだけで、恥ずかしながらなぜ今回呼んでいただいたのかはまだ判然としていない・・・(笑)。清く正しく美しく、毎日しっかり生きていけばきっと、意味が顕れてくるのでしょう。ただ、参拝することが嬉しくて仕方ない、というだけでこの時点では充分。

たいていの観光客はこの上の展望台で帰ってしまうとか・・・・・

実はそういう私は今回きちんと3社回るのは、はじめてです(汗)。
奥津宮に向かいます。
画像 061

こちらには多紀理比売(たきりひめ)三女神の一番上の姉(神)さまをおまつりしているのがこちら。
3社ともかんじが違うので訪れて3度楽しいというかんじ。とても壮麗なおもむきのある社でした。
実はこちらに参るときの石の鳥居は、源頼朝が奉納された鳥居だそうです。
海の安全を守っている尊い女神様。

その先にはわだつの宮、龍宮がございました。
龍神ファンにはたまらないスポットです(笑)。

画像 062

この先でレトロなコーヒータイム。
寅さんの時代からかわらないであろうこの趣・・・・いいですねぇ。
窓からは海が見渡せ、眼下には磯釣りにいそしむ人達。
画像 459

実はこの後、岩屋におりて江ノ島を満喫したかったのですが、大切なお食事会が控えていました。
時計をみやると大変なことに・・・・

龍宮で時間を忘れた浦島太郎のことを思い出します。

あわてて会計をすませると、お店のお女将さん、「近道しってます?」
「教えてくださいっ!」と、凄い近道を教えてもらい、またたく間に江ノ島の入り口に戻ることができました。(笑)

「次回は丸一日かけて、江ノ島満喫したい」とは主人の弁。
夫婦揃って、江島神社の益々のご開運をお祈り申し上げます。

皆様も、お天気と相談しておでかけください。

寅さんもロケで江ノ島に来ています。
第29作 男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋 HDリマスター版 [DVD]第29作 男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋 HDリマスター版 [DVD]
(2008/10/29)
渥美清いしだあゆみ

商品詳細を見る

2009年9月15日 めでたい日本めぐりの旅・鎌倉は長谷寺の巻

画像 036

鶴岡八幡様で降った雨も上がり、雨露がしっとりと長谷の木々をぬらしていました・・・緑が水を含んだ佇まいに赤がぴしっと引き立ちます。ひっそりと気取らず気張らず、来る人を癒し楽しませる優しい場所・・・長谷といえば、前述の大仏さまと並んで愛されているのがこの「長谷寺」です。

私も幼い頃、母と妹と3人でこちらによく遊びにきていました。

浄土宗系の寺院で、「長谷観音」のお寺としても知られていますが、現在はこのお寺はなにがしかの傘下に入ったお寺ではなく、独立した存在だそうです。観音霊場の札所ともなっており、ご本尊は十一面観音、開山は徳道上人とあります。場所自体の創建は奈良時代にも遡るといわれておりますが、実は長谷近辺には奈良時代からともいわれる神社などの古い聖地がいまも点在しているとのことです。
画像 392
どちらをみても絵になるので、みなさん写真をあちこちで撮っています。

手入れの行き届いた境内は季節によりいろいろなお花が楽しめ、お池もあり、なにより展望台からながめる鎌倉の屋根と海がとても素敵なところです。とにかく、この場所にかんじるのは癒し・・・なのでありました。

画像 390


境内に歌碑がありました。

長谷寺に法鼓響く彼岸かな 高浜虚子

画像 057

鎌倉といえば、日本文学の巨匠ともいわれる方々が居を構え、または足繁く訪れたことでも知られています・・・鎌倉文士といえば、あまたある中おもいつくだけでも・・・川端康成、芥川龍之介、久米正雄、小林秀雄、志賀直哉、澁澤龍彦、堀口大学・・・・などなどなど、中でも高山樗牛とならび高浜虚子は長谷をこいとさらに愛した作家だったそうです。

そしてなんと、ここには弘法大師のお手によるものといわれる弁財天像があります。身を小さくかがめて、お庭の池の右手の洞窟(「弁天窟」)にもぐりこむと、そこは弁財天さまの世界!です。

このお寺はなんとも不思議(?)なところで、欧米からの来客をつれてくるとみんな一様にほのぼのと・・・「美しい」などといって大いに例外なく、気に入るようです。主人もとても楽しそうにしていました。

ちなみに、あの田中絹代さんも通っていた(?)といううなぎやさんも長谷界隈にあります。

ゆっくり、訪れて和んでみてください。


画像 002

長谷が大好きだったという作家で、この地に住まっていた高山樗牛。
文豪たちの大喧嘩―鴎外・逍遙・樗牛文豪たちの大喧嘩―鴎外・逍遙・樗牛
(2003/05)
谷沢 永一

商品詳細を見る



歌よみに与ふる書 (岩波文庫)歌よみに与ふる書 (岩波文庫)
(1983/01)
正岡 子規

商品詳細を見る

2009年9月15日 めでたい日本めぐりの旅・・・鎌倉鶴岡八幡宮の神幸祭

鎌倉の中心部は北・東・西を山に囲まれて、南は相模湾、海へと開けています。
その昔、鎌倉の中心にアクセスするには山を切り開いた「切り通し」と呼ばれる狭い道を通らなくてはならず、幕府を置くには守りやすい土地であったということですが、風水的にみてもと〜っても面白いかんじがいたしますね(笑)。

現在でも、車で藤沢や横浜方面から鎌倉に入ろうとすると、注意してみてみればこれが「鎌倉七口」(鎌倉へと通じる山の(はざまを)切って通した七つの道)とよばれるもののひとつが道路になったんだろうなぁということがみえてきます。

鎌倉といえば、大仏様と並んで有名なのが鎌倉八幡さま。
八幡さまといえば、稲荷さまとならんで日本ではおなじみの神様。
分祀の数は全国3万以上、本当にたくさんの神社がございますが、鎌倉の八幡さまは河内源氏の氏神さまである京都の石清水八幡を現在の材木座にあたる鎌倉の由比郷に若宮として勧請したのがはじまりだといいます。

そもそもといえば、それを遡り、八幡太郎という別名で知られる源義家が石清水八幡で元服したことに(歴史上は)はじまるようです。源八幡太郎の家系は平安時代のダイナミックな弓の名手である為朝から、後に頼朝、義経、彼らの従兄弟である義仲など、大河ドラマでもお馴染みの名だたる武将を輩出した家系としても知られていますが、それもこの八幡神のご神徳のあらわれだといわれます。

なんといっても、この鎌倉八幡から全国津々浦々に八幡信仰が広まったといいます。この神社には発展・発達の気が溢れているというのもうなずけます。よい気をいただきました!

といってもフランス人にはわからないだろうから、武将の神で、「勝ち運」を授けてくださるよ!と初神社参拝を励まして、若宮大路の老舗の「うなぎや」さんで腹ごしらえをしていざ、お参り・・・・はて、いつもにまして凄い人手で・・・何かとても大切なことが起きている模様・・・・古来の雅やかな正装に身を包んだ人達が準備万端で何かを待ち受けておられるご様子・・・・。

画像 020

画像 022


雨にかすむ本殿のほうからおでましになられたのは・・・大神様のお神輿の行列でした・・・・なんともご立派な!

なんとも豪華なプレゼントではありませんか!


画像 032

大変な重さであろうと思われるこの見事なお神輿、肩に食いこむのもなんのその、ご奉仕される方々の晴れやかな表情に、見ているほうも元気になります。
画像 027

ベストタイミングで行列をお迎えし、海を背に真正面(やや右よこで)お参りします。手水場でお清めをすませ、石段を元気に登って、本殿でご挨拶・・・我ながらお腹に力が入って「きりっつ」としたかんじがします。お神輿で神様はお出ましになられましたが、ちゃんと本殿にも神様はおいでです。石段の上で雨が強くなり、立ち往生・・・これも天の思し召しと暢気にしていると、主人は「雨で足止めをくってしまった・・・・」とカメラを片手に本殿脇の丸山稲荷さんに・・・・普段は稲荷神社にはあまり参らない私ですが、今回は伏見大社参拝の挨拶と、おそらくはこちらの土地の地霊であるこちらの神様にもお礼を申し上げるよい機会ということで、挨拶のみさせていただきました。
みずみずしい、よい参拝となりました(笑)。

実は私達の鎌倉滞在はこちらの年一回の大きなお祭りの日とぴったり一致していたのでした・・・
この日は氏子のみなさんが素晴らしい正装に身をつつみ、大神様を遷されたお神輿をかついで町内をまわる日だったのだそうです。

ちなみに、鶴岡八幡さまにお祀りされているのは応神天皇こと誉田別命(ほんだわけのみこと)、比売神(ひめがみ)、神功皇后ということです。この比売神様というのにはいろいろな説があるそうですが、私はこちらにお祀りされているのは市杵島姫さまこと弁才天さまではないかと思いました。ちなみに、こちらには重要文化財として13世紀のものといわれる木造の弁財天さまの坐像があるそうです。

雨も小降りになったのをみはからって、階段脇にある、名物、樹齢1000年ともいわれる大銀杏の気をいただいて、また参道を下って鳥居を出ると・・・・。

画像 050


そしてかわいらしいのがこちら・・・ちなみに、南東の象意である少女に緑とオレンジ、風にはためく布・・・などなど、南東開運旅行にどんぴしゃだというかんじ。(笑)
画像 043



ベスト・タイミングでお帰りのお神輿に遭遇。
あの雨は足止めではなく、神様の粋なはからいだったのですね。
ありがとうございます。
ところで、この後2週間に亘り、旅行中は晴天に恵まれました。
降ってもよし、晴れてもよしの開運旅行です。(笑)

そして、お約束の直会(なおらい)は・・・・こちら(笑)。
画像 051

神社でご祈祷をしていただくと、神様に捧げたお神酒などを頂きお力をいただいたいたりしますが、それと同じ気持ちで神社の敷地内や近くで参拝あとにおやつやお茶、お食事などを頂くことにしています。今回は、小町通を脇に入ったところにある知る人ぞ知る甘味処へ・・・・クリームあんみつ。
夫婦そろって最後の黒蜜一滴まで、美味しく頂きました!

2009年9月14日 めでたい日本めぐりの旅・鎌倉大仏様の巻

鎌倉というのは、東京からも近く、12世紀終わりごろから150年ほどにわたり鎌倉幕府が置かれた古都として人気の観光地でもあります。
また、多くの文人が住まった閑静な土地としても知られています。

開運旅行と称して、(出来る限り)吉方位に旅行するのを楽しみにしている私ですが、パワースポットとよばれる聖地関連を訪れると同時に、その土地の人と話したり、土地のものを食べたり飲んだり、その土地に生きた人、歴史、自然の特色などについてもさわりだけでも勉強したりするようにしています。

いずれの国、土地であれ、そこの特産物や風習、歴史は、そこに生きた人、関わった人がその土地の神様や精霊に見守られながら生み育て残してきているもの。それに思いをはせたり鑑賞したりすることによって、自然と感謝の念が生まれてきます・・・これが土地とのよい縁になって育つのだという気持ちで最近は旅をしています。

というわけで、良い旅をさせていただけば頂くほど、「聖地めぐり」というのはご利益やお陰を求めて行脚するものではないのだろうとつくづく思うのです。ただ、後になって自ら「足を運んで」参拝したことの意味が顕れてきます・・・神様というのは、本当におられるのだと思います。

その土地の自然、風土を知る、味わうには神社をまわって正解だったと、日本びいきでもなかったフランス人120%(?)の主人は申しておりましたが、すでにあちらなりにお陰様を頂いているというかんじです。(笑)

「はじめてのかまくら」の主人の希望で、長谷の高徳院に鎌倉の大仏様をたずねました。
本当に、美しい、立派なお姿です(萌え・・・・笑)



与謝野晶子もその美しさを讃えておりました。
「かまくらや みほとけなれど 釈迦牟尼は 美男におわす 夏木立かな」
裏手にその歌碑がありました。

神社やお寺の「裏」というのは、朝ならともかく午後や夕方はあまり行きたくないほうなのですが、こちらはかなりすがすがしい佇まい・・・。観月堂といわれる美しいお堂があって、聖観音像がお祀りされており巡礼の札所ともなっているそう。お堂の建物は朝鮮王宮にあったものを、寄贈により移転設置したものだということです。

ちなみに、こちらは阿弥陀如来をおまつりする浄土宗のお寺で、大仏様はお釈迦様ではなくて阿弥陀さまだということです。

こちらは、江ノ島電鉄の「長谷」駅から徒歩10分弱、もしくはJR藤沢か鎌倉の駅からバスも出ております。しかし、「江ノ電・長谷」の駅の情緒を是非とも味わっていただきたい・・・。

それから、まだアップしきれていませんが、新しく「おあそび」ブログ開設しました。
あちらは、字数が少ないブログです(笑)ので、たまに気分転換に遊びに来てください。
http://ofrancedayo.blog.shinobi.jp/

ちなみに、裏手にはリスがでます。
なんとも素敵な、しみじみほのぼのとした夕暮れとなりました。

小津安二郎監督作品サントラコレクション小津安二郎監督作品サントラコレクション
(1995/06/01)
映画主題歌

商品詳細を見る

2009年9月13日 めでたい日本めぐりの旅・鎌倉到着の巻

9月の吉日、主人と方位をあわせてわが祖国日本へと旅立ちました・・・。
南東、巽のさわやかな風の方位、日本の神様の懐へ晴れやかに飛び込んでいくような気持ちです。

私にとっては一年と9ヶ月、主人にとっては15年ぶりの日本(笑)。

訪問先、ホテルなどの旅程は全て、私に任せてくれましたので、今回は日ごろおそらく生まれる前からお世話になっている日本の神様にまずはお礼とご挨拶、そして開運祈願の旅となりました(笑)。

最初の滞在先はホテルは富士山や江ノ島、そして湘南の海が見渡せる鎌倉の人気のあるホテル。
全て海が見えるお部屋ということで、おかげさまで快適な滞在ができました。

実は今回は、弁才天様を強く意識する旅行となりました。

画像 315
こちらは到着した日の夕暮れの部屋からみた綺麗な江ノ島。

今回のことのおこりは旅の行く先を決めようとPCに向かい、奈良の吉野は天河の大弁才天社のHPを拝見していた時。天河神社のトレードマークでもある五十鈴の写真を眺めていたら、パリのアパルトマンの窓からなにやら白い物体がふわふわと風にのって・・・流れてくるではありませんか・・・手でそれをすくうようにすると、そこには、大きなタンポポの綿毛のようなもの三つ綺麗に合体して、形そのままに白い五十鈴となっていました。

そっとまるめた手のひらにすくってみれば、妙音代弁才天さまの下さった綺麗な贈り物がそよそよと揺れています。「日本で弁才天様にお参りさせていただきます。」とお礼をいって、窓の外にまた五十鈴をそっと流してやりました。

弁天さまは、七福神さまのメンバーとしてもお馴染み。
インドのヒンドゥ教ではサラヴァスティと呼ばれ、中国を通じて日本に入り仏教の芸術や学問の神様とされ、神道にいたっても智恵と芸術、財運、夫婦和合の神様として人気の神様です。

ちなみに、夫神はヒンドゥでは宇宙の根源創造の神ブラフーマン、この神様は仏教では梵天にあたります。というよりは、龍神様と大の仲良しで、江ノ島の弁財天様は箱根芦ノ湖の九頭龍神と中睦まじいことでも知られていますね・・・。

画像 086
仲睦まじい二神のお姿が描かれている絵馬。
こちらは箱根神社で奉納できます。

私の中では、弁天様といえば日本古来の宗像三神、その中でもとくに市杵島姫という神様というのが一番しっくりきます。実はこれには訳があったようなのです・・・。いずれにしましても、川、湖、海などをはじめるとする水辺に祀られる美しい女神様でございます。

到着して一息、ホテルの部屋からは見事な江ノ島の姿が見えました。

ご承知の方も多い通り、ここには日本三大弁財天を祭る神社がございます。
どんな素敵な旅になるのか、というかんじのはじまりでございました。(笑)

| ホーム |


 BLOG TOP