曇りのちパラパラっと雨が降る日曜日のパリ。
市場もなじみの八百屋さんはヴァカンスでみなれない顔がちらほらり。
今週末から8月15日まではフランスでは、日本のお盆に相当するヴァカンス期間。
この期間も当然、パリに残る人はいるのですが、かなり雰囲気が変わってきてます。
私の住む建物の住人も半分は長期で留守にするので、それらの留守中のアパルトマンを短期で借りてヴァカンスしている見知らぬ人と日々、すれ違います。
Rue de la Seine もことのほか、ひっそりしています。

先週末、知り合いの画商の方からヴァカンス出発前にお昼でも食べましょうというお誘いを受けて、あるトレンディなレストランにお食事に出かけました。有名なデザイナー、コンラン氏のプロデュースによるものだそうです。言われてみれば、ロンドンによくあるかんじのお店のつくりです。この場所は、以前長いことキャバレだったらしいのです。それも、おかまショーで有名な・・・場所柄、かなり洒落ていたのではないかと思います。持ち主がなくなった後、暫く手付かずの状態だったのを数年前に今のレストランにしたとのことで、キャバレだった当時の名前のみ残っているとのこと。お料理のほうはそれほど特別ではなかったかなぁ・・・。まぁ、雰囲気がモダンというかファッショナブルということで、13時すぎにはこのガラガラの時期なのに、ほぼフランス人で満席になりました。
この友人も日曜に南フランスにヴァカンスにでかけられるということで、もう、あと一日という仕事がかなりだるいご様子・・・・何故か冷房が効かない店内で、デザートのシャーベットで涼みながら、いろいろと情報通の友人とゴシップ談義に花が咲きました。
中でも、カーラ大統領夫人の話は時節柄、面白かった。
私はあまりゴシップ記事を読んだりしないので知らなかったのですが、彼女の実の父親はブラジルに移民したイタリア人なんだそうです。今年はじめに告白記事が出たらしいのですが、フランス人の事情通はたいてい知っていた話だったそうです。カーラは母親が30半ばくらいの頃、20歳そこそこのギタリストとの間に不倫でできた子だそうで、そういえば、姉の映画監督とは全然、似てもにつかない顔をしています・・・・異父姉妹ですね。カーラ自身、母親に似ているともいわれますが、お姉さんのほうは父親似なんだろうくらいに思っていました。大きくなるまでカーラ本人は自分の出生の秘密を知らなかったらしく、それでいて何かを感じて育っていたのかもしれません。おそらくはそこで父親コンプレックスからあの変な恋愛遍歴癖が生まれたのではないかと思われます。
人のことをみていても、本当に愛し合う人と結婚し、また、結婚を通じて愛を育てていける相手をみつけるのは簡単なようで非情に難しいことなんだと思います。何の変哲もなさそうな、中年のご夫婦でも手をつないであるいたり、仲良く自転車にのっていたりしているのをみますが、あぁいう姿の裏にどういう曲折があるのかもしれないと思ってみたりします。
この年になってはじめて、結婚とは生活のためにすることなのかもしれないと思ったりします。
お金持ちになればなるほど、そういうことが多いみたいですね。
男性でも女性でも若くて綺麗とだけいうなら、いつでもスペアはありますが、よほどのことがないかぎり、「遊び」の道具というかお相手にしかすぎません。ただ、若くて美しい意外にも何か強いものがある人は「転んでもたたではおきない」んでしょうけどね。それでは結婚というと何なのでしょう?できれば双方、多くの場合、一方が「愛」を相手に移しこんでしまう、もしくはやはり気があって価値観があうので、一緒に生活をしても快適というだけのことなのかもしれません。一番の理由が、政治的な結婚みたいです・・・自分の家の事業、家名、これらを栄えさえたり維持するための結婚、ヨーロッパのお金持ちの場合はこれが多いみたいですね、未だに。
カーラの実家の場合、したがって、ブルジョアの家にはよくあることなんでしょうけれど、父親も女性関係が派手で、母親も不倫をしていたということで、実の父親のほうも派手っぽいけどどうなんだろう。実の父親のほうは、ブラジルで成功したビジネスマンで、なんとなくカーラに面影がある。見た目より幸せではないというかんじです・・・・以前、よくみてもらった占い師の方が、テレビや雑誌をみていると気持ち悪くなるといっていました・・・・有名人の実際の姿が透けて見えるからだそうです・・・判るような気になってきました、ここんところ。
いろいろ、話をきいていると、お金もちになるほど、お金、お金、お金という人生になっていて、それに不倫などのスキャンダルが絡まっているというかんじです。「お金の奴隷になっている」というのが、私のゴシップをみるたびに思うこと。本当は愛とか綺麗なものが欲しいんだろうけど、全部お金と欲というフィルターに通しちゃうからおかしくなる。
一方、上手のセシリア前サルコジ夫人も実は、ニコラと離婚後、今の実業家と結婚が決定する直前にあるカメラマンの恋人と分かれていたらしいです・・・・ゴシップ通によると、「やっぱり、もっとお金をもっているほうがいい」ということで、前付き合って一度別れた実業家と結婚することに急遽したそう・・・カメラマンのほうもなかなか経済的に成功していたそうですが、資産総額の面では及ばない・・・・でも、よほどニコラはいやだったんでしょうね。権力の座よりお金そのもののほうがいいという女性らしい。
ただ、かなりやり手というか、凄腕の女性のようです・・・・きついみたです。(笑)
ちなみに、フランス人はイギリス人とはゴシップ好きといってもまたちょっと違いますが、とにかく新聞、雑誌をよく読みます。特に、政治記事が大好きなフランス人はその周辺のゴシップにも、「人知れず」通じています。だから、よ〜くわかっているんですね、特にパリにいる、ある程度の人達は・・・でも騒がない。そういうもんだと、おもっているようです。パリの新聞、雑誌の質が以前と比べて非常に落ちているということを言う人も、識者の中にはかなりいます・・・・ヨーロッパ人の「賢さ」と「弱さ」が、こういう人達と話しているとよく判ります・・・。
いろんな話をしていると、私はいかに自分が世間しらずでウブなのだろうと思ってしまいます(笑)。
知れば知るほど、汚らしいもんが一杯みえてきてしまうような・・・・
で、世の中の貧しい人や、そういうお金や権力と無縁に暮らしている人のほうがいかにシンプルで幸せというものを知っているかと思うのですが、そう世の中単純でもない・・・・でも、彼ら自身、機会がないだけで、もし環境がゆるせば、同じようにお金を追っかけて生きていくのだろうと、それが人間の性なのだから悲しいけれど仕方がない・・・といわれると、もう救いがないようにさえ思えます。
私はかねてから、お金というものがこの世に生まれたこと自体、それがアダムとイブの原罪に等しいのではないかと思ってきました・・・・もっといいものがあるよ、もっと気持ちのいい生活があるよ、もっと美しいものが手に入るよ、もっといろんなことができる、もっと楽ができる、もっと・・・・という風に囁かれるわけです・・・。お金持ちはお金持ちなりに、貧乏人は貧乏なりに・・・
私はこういうのから、一切、賭け値なしに自由という人にあったことがあります。
ブラジルの自然保護地区マットグロッソ、ここのある農園に観光客としてお世話になっていた頃、私の部屋を毎日お掃除してくれたり、毎朝のパンやチーズを作ったりしていた女性。私はブラジル、それも地方でチップを渡すときには、それなりに気を使っています。なぜなら、お金さえもらえればいいという考えでなく、誇りを持っている人が結構いるからです。でも、生活があるでしょうし、こちらもそれなりにサービスを受けているので、お互い様ということです。それを忘れると、人間としておかしくなります。
この彼女、一週間、毎日、枕の下にチップをおいても一度も受け取らず、しまいには紙に「いつも、ありがとう、ほんの感謝の気持ちなのでどうか受け取ってください」と書いても受け取らなかった・・・・
いろんな人がいますが、ここまで徹底した人も珍しい・・・旅立つ前の早朝、凄い鳥の声でたいていは目が覚める(様々な野鳥がけたたましくひとしきり鳴くと、そのあとに鶏が鳴き出す、凄いコーラス)のですが、彼女が牛の乳搾りをさせてくれました・・・私には才能がないみたいだけど・・・そのときに、まじまじと彼女をみましたが、インディオの若い女性で、ほっそりとしていて、長い髪をしていました。とっても綺麗な人なんだなぁと思ったのを覚えています。あぁいう、さりげない美しさが、「豊かさ」や「開発」や「近代化」のなの元に失われていくのかとおもったりもしました・・・・。
単なる、理想主義でもロマンチストでもなく、あぁいう美しさを前にすると、普段の生活に戻ってどうしたらいいかわからなくなるときがあります・・・・。パリの人にはいくらいってもわからないことでしょう。
ただ、田舎に引っ込むだけが解決ではないと私は思っている、どうやって私は生きていくのが幸せかと思っています。
にしても、興味本位というだけでなく、違った観点からゴシップ記事を読んでみるのも面白いかもしれませんね。お金をこの世でたくさん持っている人達が一体、お金儲け以外で何をしているのか、それをみてみるとのは結構、自分とお金についての考えを深めてくれるかもしれません。
お金はとても大切、そしてそれと同時に、どういう人、人達と生きるか、どう生きるか、それも大切。どっちのほうが大切と言い切れない部分が、この世の難しいところ。どちらかだけを知って居れば、かえってそれはそれで楽なのかもしれませんが・・・・。
じゃあ、一体、愛とはなんでしょうか?
これらの要素全てを考えて、全てを動かして生きるということが、この世を生きるということなのでしょうか?「あまり、考えすぎてはいけないよ」と友人は笑っていました。
ふ〜む。
これはやはり、かなりよくできた映画だと思います・・・・とってもヨーロッパ的です。
小説というか、原作のほうは勿論、文学的にもかなり水準の高いもので、これを読んだというとフランスの知識人には「よくできました」と桜マークをもらいます(笑)。
本当に魅力的な登場人物で・・・そして本当の愛をどうして人がつかめないかを考えさせられます。
ある意味、生活で必死な人達には起こらない不幸といえばそうかもしれません。
これも悪の咲かせる華のひとつなのかもしれません。
やはり、ゴシップにはフランスの真実、伝統が垣間見れますね。
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