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なんかその都度「?」と感じた一見関連性のない細かいことが最終的に大きな像を結ぶ。そんな観点から幸せを実現していきたいという気持ちからはじめたサイト。よろしくお願いします。

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2008年5月17日 女性の一側面

今日のパリは午前中に強い雨がいきなり短時間降ってましたが、長袖のシャツ一枚で気持ちのいいかんじの温度。それにしても、海外で暮らすのが楽だと思うことのひとつに、自分が暑ければ薄着でもいいし寒ければ厚着をしていても全然、気にならないということ・・・・そんなことを考えている自分はやはり日本人なのね、と逆に思ったりします。

何故かしらないけれど、イギリスでの短期休暇明けから戻ると、以前にもまして凄まじいほどの片付け物衝動が起きて、昨日は一昨日に続いて「大物」を処分しました・・・・。

いらないものは殆ど捨てるか、寄付するか、人に譲るかしていたのですが、実は人知れず「開かずのつづら」みたいな箱があり、その中には20代後半にブランド病を患っていた頃の「戦利品」が収まっていたのです。皆さんにもあるのではないでしょうか?そういうものなりスペースが。

そこで、サンジエルマン・デ・プレに一軒、たまに足を運ぶ古着屋さんがありましたので、そちらに「行商」にでかけました。ご存知の方も多いと思いますが、パリには古着屋さん、特にブランド物のバッグなどの小物を専門とする店がかなりあります。ただし、ここのところ、パリの街は移り変わりが実は激しく、知らないうちに消えていったお店もあります。私の行くこのお店は、小さくて薄暗いのですが、他の店にくらべると趣味のいいものが置いてあり、状態のいいものがリーズナブルな値段で手に入ったり、何かと気に入るものがあるところです。母娘二代で競争激しい世界を生き残っています。

それなりに自宅で選んでから、ブランド病時代の遺品を持ち込んでみました。そのうち、数点、受け付けてくれました。

はじかれたもののうち、一点、実はいらないと去年から思っていたハンドバックがありました。
フランスの某有名ブランドのもので、特別に知り合いの宝石屋さんが買い付けたものを15万円で買ったことを昨日のことのように覚えています・・・・。半年後くらいに、日本の老舗デパートで当時、そのバッグと色違いのものをみたら45万円していたので、のけぞった記憶があります。

本当に、凄まじい「物欲の時代」だったんですねぇ・・・日本はあの頃。
なんだか、このバックをみているとこの春あたりから暗いかんじになるんです・・・・使っていたんですけどね、ちゃんとたまに・・・。人にあげてしまおうかとも思いましたが、白い袋にいれて、「ありがとう」といってから捨てました。これまで捨てたあまたのもののうち、2番目にインパクトが強く、昨日はなんだかひどく眠りたくなりました。非常に大きなことをした後のような疲れがあったのです。

一方、定価10万円もする(実際は8割引でかったと思う)という、ある意味恐ろしいチェーン・ベルトを引き取ってくれましたが、これは確かにゴージャス。身長が169センチと決して小さくはない私であっても、このボリュームには押しつぶされてしまうかんじで、バランスが取れませんでした。「大人になったら、こういうものもスカッとワンポイントに着こなせるはず・・・」と思って大切にとっておいたのですが、これは今冷静に考えると、私の雰囲気ではない。ボリューム的に身に余るんですね。

それにしても、このつづらの中身、遥か昔のことであっても値段をきっちり思い出せるところをみると、たいていは、値段やブランドにこだわっていただけなのかもしれません。(苦笑)

とにかく、今回、この「開かずのつづら」を処分することで、自分についていろんなことを教えてもらいました。何を勘違いしていたのか、何を夢見ていたのか、何がずれていたのか・・・・、恐ろしいのは、おそらく、この作業をしないでいたら、さもなくば、きっと今回、決別した変な思い込みの半分は、私の中では永遠に「有効」だったのではないだろうかということです。怖い。

特に30代以上の女性の方、思い出してみてください。
小さい頃、または思春期の頃、そして20代の頃、どんな女性に憧れていましたか?




かなり深いんですよ・・・・片付けものって、ある程度、量が減ると本当、一点、一点の品について考えることが多くなるのでセラピー効果が高くなっていく・・・・身に着けるものとか車なんかもそうですけど、自分の持っていたまたは持っているセルフ・イメージを目の当たりにすることになります。
あくまでも個人的な考えですが、人間やはり自分の不変ともいえるピュアな部分は大切な持ち味として持っているべきだと思います。一方、歳をかさねるにつれ、リフレッシュしていかなくてはいけない部分ってあると思うんです・・・。

人によっては母親の影響をモロにうけたまま大人の年齢になる人、「女っぽい、色っぽい」ということに存在価値がすべて帰結するタイプの人、常に自分がこれではいけないとか「完璧に」とか思っているので武装が必要なタイプの人、また自分が「私は特別な女」というある意味、妄想(確かに一人ひとりが特別な存在ですが、人と比べるもんではないでしょう・・・)を持っている人、または「これくらいもっているっていう基準(どういう基準か判らないけど、日本人の女性はこういう言い方をする人がいました)は満たしたい」と何かの安心のために買う人、今回のような使わないブランド品を負担になりつつも保存していたり、山ほど洋服をかかえこんでいる人の場合、ファッション・ヴィクティムだった頃の原因を探るというのは、自分の中の弱さや傷、「バグ」を発見するよい機会です。

それにしても、本やCDの整理もかなりインパクトがありましたが、かなりお金をかけた洋服やハンドバックはきつい。まだ、物欲から抜け切れていないのでしょうね(笑)。
まぁ、人間であるので、物欲も多少あったほうが人生は面白いけど。

今日、DVD屋さんにある映画を探しにいって、思わず違うのを買ってしまいました。
おそらく邦題は「ハイ・ヒール」というこの映画はPedro Almodovarという監督の映画で、かなり昔のものです。以前、映画関係の仕事をしているときに、友人から「すごいよい映画であんたがすきそうなのがあったんだ」と、サンプルのヴィデオ(その頃はそういうメディア)を借してもらったことがあります。シャネルとかディオr−ルとかとにかく衣装も素晴らしいけど、それもとりまぜて、母娘の問題を鋭く描いています。ただ、日本ではこのDVDってもう中古でしか入手できないのかもしれない(とてもいい映画なのに)のですが、同性愛者ということを自ら認めているこの監督、母親の影響(スペイン人の男性って本当、母親に対する思いというかこだわりが凄いと思います・・・・みていても)はすさまじく、母親とか女性の母性を映画の中に引き出して、女性の本性と死というものをテーマにしたものが多いようですね。こちらも、フランス人は賛否両論ありますけど、私はこの監督好きなんで、映画館まで見に行きました。

ただ、テーマは暗いですよ・・・・ラテン系の本質というのはそういうものなのだろうかと思っています。
これからみてみようという場合、そのつもりでご覧くださいね。

ちなみに、同じ監督のものですが、こちらの映画はカエタノ・ベローゾが音楽を担当しています。
男性の究極の愛を2パターンだしてます。
愛においても、女性と男性はこうも違う。
これをみて「病んでる」と思うか、情熱とはこういうものだと思うか。

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本当に、ラテンというのは素晴らしくもあり恐ろしくもある。
日本人にはとうてい持ちこたえられないような、血なまぐさいというか非常に人間の動物的な部分というか愚かさ、そして強さ、とにかく人間っぽいなぁというところがあります。
だから彼らは情熱的なんだと思います。

どうも、スペインの映画や小説とブラジルの映画や小説は私には近いと思えることがよくあります。
私のブラジル人の友人も、日系以外はポルトガルかスペイン系の姓をもっているようですから、不思議はないのだと思いますが。

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ヨアンナ・コバ、ロラ・ドゥエニャス 他

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とにかく、これらの映画はある意味、ある程度人生経験がないとよさがわからないかもしれません。
というより、人間の本質について素手でさわってみようという気がない人にはかえって不快かも。
ただ、ヘビーなテーマをカラッと描いています。
この矛盾に耐える生命力、だからラテンなんです。
ただ、この監督にはまると、はまります・・・。

話はもどって、必ずしもものを捨てればいいというのではないと思います。
ただ、上手くそしてときには思い切って、自分のこれからを愛する気持ちでとりくむと、大きな大きな収穫があるみたいですね。きちんとした気持ちで自分を整理すると、変わってきます。いや、もうそういうことをはじめた時点で、変化ははじまっているんだと思います。

ちなみに、同じ映画でも、今回は違ってみえました。

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