カレンダー

10 | 2008/11 | 12
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

プロフィール

つばきりゅう

Author:つばきりゅう
なんかその都度「?」と感じた一見関連性のない細かいことが最終的に大きな像を結ぶ。そんな観点から幸せを実現していきたいという気持ちからはじめたサイト。よろしくお願いします。

クリック募金

FC2カウンター

カテゴリー

最近のコメント

素晴らしいリンクの数々

月別アーカイブ

最近のトラックバック

2008年7月5日 誠実さというぬくもり

土曜のパリはの朝は雨。
日本の梅雨をおもわせるような陽気でした。
今日は謎の「ドラゴンフルーツ」というのを買いに中華街に行って、白い百合をかってきました。
大好物のナムルを作って、今は玄米を炊いているところです・・・あぁ、お腹すいた!

本日は、今年になって縁がでてきた画家、George Rouault(ジョルジュ・ルオー)という方について、ひととき思いをはせてみました・・・・

上の写真は、彼の代表作である「キリストの顔」その他の絵葉書をポンピドゥ・センターで写したもの。先日、マチスの絵をみに立ち寄った同センターで、はからずもルオーの展示がありました。
20点あまり主に1905年から1914年までの彼の作品を展示してありましたが、このセンター所蔵といわれる代表作、「キリストの顔」の展示は今回はありませんでした。
製作年代が展示の設定からはずれていた(キリストの顔はもっと後期になってから)のかもしれません。

その点が、ちょっと残念ですが、素晴らしかったです。
いつか、そのうち拝見できるでしょう。




先日、日本の老舗画廊である吉井画廊の創立者である吉井長三先生とお目にかかる機会に恵まれました。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、同氏は画商として大成されただけではなく、かねてより武者小路実篤氏などの白樺文学の作家の方々や、佐川一政氏や梅原龍三郎をはじめとした日本の代表的な画家の方々との親交が深く、諏訪のほうに美術館や画家育成のための施設などを建てられたことでも知られている方です。

フランスでも文化勲章を授与されて、知る人ぞしる文化人であられるわけですが、実際はとても気さくで、自然体のさりげない方でした。実はこの方はルオーと深い関わりがある方だったのです。

パリの画廊にお邪魔した際に、応接のわきに無造作に置かれた数々の絵は、絵にそれほど詳しくない私でもひと目で「これがルオーか!」とわかりました。
そこで、ミーハーな私は吉井氏とルオーの絵をはさんで記念撮影まで撮ってしまいましたけれども・・・。(三つ子の魂ってやつです・・・笑)

吉井氏は30代前半までサラリーマンをしていらっしゃったそうなのですが、ある展覧会でルオーの絵をご覧になり感動したことをきっかけに、画商になられたのだそうです。

ここまで画商として成功されただけではなく、日本の歴史に名だたる芸術家の方々と勝るとも劣らない才能と風格みたいなものを感じて、この方の人生自体に興味を覚えます。

そこで、(不躾とは思いましたが)、ルオーの絵をはじめてご覧になられたときに、どのように感動されたのかというのをうかがいました。それこそ、人生を180度変える転機、大きな出会いだったはずですからね。

氏曰く、当時は戦後で日本も貧しく、とても大変な時代で、心がみんな暗くなりがちだったんだそうです。そんなとき、東京の展覧会でルオーの絵をご覧になったとき、癒された、「なんだか、ほっとした」んだそうです。
殺伐とした時代にやすらぎをかんじた」んだそうです。それ以上は語られなかったのですが、それが彼の第二の人生、本当の使命を果たす契機だったわけですね・・・個人的には、その後、どうやってここまで歩まれたのかがききたかったのですが、「そんなの、簡単なことだよ」とおっしゃられるにとどまりした。

ご苦労がなかったわけではないのでしょうが、その道を歩まれることは、神のご意志だったんでしょうね、きっと。そういう場合は「大変だった」とは感じないのかもしれません。

実際、ルオーの本物をみたのはそのときがはじめてだったのですが、絵のそばにいくと、体温が上がるかんじがしました・・・。
太陽の熱でもなく、焚き火の熱ともちょっとちがうし、炭火っていうのもイメージとしてはあるけど違う。なんだか、絵のそばにいくだけで、そう、ガスで調理するときに「ボッ」と青い炎がでるでしょ、あぁいうかんじでハートに温かい火がともるかんじでした。ほの暗いかんじだけど、煮物を仕上げる火のようにふつふつと温かくなるかんじの熱です。

とりあえず、この作家について不案内な私が薀蓄をもっともらしく述べるわけにはいかないのですが、ご参考までにさわりだけ書きます。

このルオーという作家は1871年にパリのベルビルというところで生まれました。ベルビルっていうと、今ではパリで最大(?)の中華街があるところで知られています。下町っていうか、庶民的なところで安くて美味しいお店があるところです(笑)。彼はステンドグラスを作っていたのですが、パリの美術学校に入り、かのギュスタヴ・モローに師事し、マチスと机(?)を並べて絵の修行をしたそうです。

このモロー氏(偉大な人にはこれまた偉大な人がつく・・・)は、決して生徒を自分の型にはめずに、のびのびと、個人のやりたいように才能を伸ばすことのできた器の大きい先生でもあったようです。
ルオーという人は、ことのほか、律儀なところがある人のようで(作品みてもそれは判りますけど)、このときの師を終始大切に敬っていたとか。

今回のポンピドゥでの展示は彼の没後50周年を記念したものだそうです。

今回の展示は、説明書によりますと、1905年の「秋の展覧会」というのに出品されたものをはじめに、主にフォービズム(野獣派なんて訳されますが)の画風に近いと評されてきたものを展示したとあります。フォービズムというのはコントラストの強い原色づかいが特徴で、ヴィヴィッドでまるで野獣の檻にでもいるかのような感覚を与えることからある人により名づけられたそうです。

有名な画家にマチス、アルベール・マルケ、アンドレ・ドゥランなどがいて、このフォビズムに影響を与えたといわれる、似た画風(素人っぽくいえば・・・汗)の作家にゴーギャンやゴッホなんかがいます。

しかし、実際はルオーはこのフォービズムに属することは実際なく、独立独歩ともいえる個性あるキャラクターをもった絵描きとして特定のカテゴリーに分類されない作家となっているそうです。
静かな個性派っていうかんじですね。
派手じゃありませんが、頑固にそして誠実に自分の道を歩いた人らしいです。現に、自分を世に出した画商の手元にあった未完成の絵を、納得できないものを自分の作品として扱ってほしくないと主張して全て焼き払ってしまったというエピソードがあるほどです。

そしてルオーは近代の宗教画の一人者ともいわれています。
独特の肉厚なざらざらしていてそして温かみのあるような輪郭と色づかいで、不慣れな私のような人間でも、すぐに彼の作品だとわかります。彼は下層階級の人やサーカスの芸人や露天商などといった、一般に社会的にあまり尊重されなかった身分の人達の絵を描いています。
キリストの絵でも知られています。詳しくは画集などを見てみてください。

自分の仕事を黙々と仕上げていった一人の人間の姿をかいまみることができます。
才能だけでなく、絵を通じておそらくは彼の誠実な人柄に魅了されます。

独特な色づかいから、ピカソの「青の時代」と比較されたり、オディロン・ルドンをして彼の青の使い方が宗教画の伝統に忠実で、それ故に崇高さや不思議な魅力が出ているとも言わしめたそうです。

こう展示説明を読んでいくと、あながち、ガスコンロのとろ火というのもあたらずとも遠からずといったところでしょうか、ね。(笑)

誠実さ、一途さ、律儀さ、ものづくりの良心、謙虚さ、なんていう日本人が愛した(今もだと願いたい)ものを持っている作家だったように思います。機会があったら、静かに鑑賞なさってみてください。人間のそういった美点を、素朴な温かさと共に感じることができると思います。

今が殺伐とした世の中だとしたら、こういう絵を見ることが一層大切に思えてきます。

今日は、日本の天才芸術家のひとり、手塚治氏の作品を推薦します。

空気の底 (手塚治虫漫画全集 (264))空気の底 (手塚治虫漫画全集 (264))
(2000)
手塚 治虫

商品詳細を見る


手塚治の漫画の中でも、マイナーかもしれませんが、世の中について見知ってしまった暗さやるせなさを、人間としての悲しみと憤りをもって、まさしく彼自身の体温でもって描いたような作品です。
空気の底、社会の底辺で生きる人達を描いています。

<< 2008年7月6日色気と食い気 | ホーム | 2008年7月4日 コントロール >>


コメント

キリスト

ルオーは本当にキリストが好きだったんですね。
今、毎日DVD「マリア」を見ています。これはいい話しで・・・生まれたてのイエスが可愛いです。
苦労するのはヨセフね。
見ながら「ヨセフ、しっかり!(笑)」と声援を送っています。神の子の親ともなる人はやはり強いです。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 BLOG TOP