
東京で最も古いお寺だそうです、浅草寺。
由緒書きによると飛鳥時代に現在の隅田川で檜前(ひのくま)の浜成・竹成の(はまなり・たけなり)兄弟が漁をしていた際に、網の中に小さな黄金の(5.5センチ)観音様の像をみつけました。当時その地域を担当していた役人(郷司)、土師中知(はじのなかとも)という人物はそのお姿にいたく感銘をうけ、おそらくそれを自分の役目とし、自宅をお寺にして聖観音様として祀り、出家してご供養に生涯を捧げたというのが起源だそうです。
ほどなく、勝海上人というお坊さんが夢見を受けてこのご本尊を秘仏(普段は一般が拝観できない)とし、お寺としての場所を整えました。
さらに平安時代になり、入唐八家の一人であり比叡山を開いた最澄の信頼厚い、円仁(慈覚大師・比叡山三代主)がやってきます。そして、一般参拝のための観音像を彫って残したそうです。
この円仁という人物、当時のエリート中のエリートであると同時に、上からも下からも信望の厚い、偉大な方だったようです。ということで、もともとは天台宗のお寺だそうです。こちらのお寺は、江戸城の風水をしかけた天海(比叡山の出)とも関連が深かった模様。
ちなみに、有名な雷門は現在あるのは実は松下幸之助氏の寄贈によるものだそうです。
私の好きな神社やお寺には何故かよく松下幸之助のご寄進によるものがあるので、個人的に非常に興味があります・・・。(笑)今ある日本を作った偉大な先人のお一人として、今尚、尊い存在感、私にとっては神様のような方です。
東京大空襲で壊滅的な打撃を受けた浅草ですが、心ある方、地元の方のご尽力があり、現在ある姿に回復しました。楽しい場所として有名ですが、凄いパワースポットというか聖地なのだと今回あらためておもいました。どこになにがあるとか、参拝者の多いところなので、失礼になるので書きませんが、入ってみると不思議なことに気がつかれる方も多いとおもいます。
由緒にあるとおり、ご本尊は聖観音(しょうかんのん)。
浅草寺は聖観音信仰の総本山だということです。
鎌倉は杉本寺にはじまる(このブログの長谷寺もそうです)源頼朝により発願された坂東三十三箇所観音霊場の札所のひとつであり、江戸三十三箇所観音霊場はこちらからはじまります。
そういえば巡礼など33箇所まわるところが多いですよね、一説によると、観音様は人々(衆生)を救うために、時と場合によって33種類の姿に変えて現れるからだといわれています。そういえば、京都の三十三間堂も千手観音様の像で有名ですね。
とにかくも、いろいろ興味深いお話があります。
詳しくは浅草寺のHPまで。
http://www.senso-ji.jp/
元気でお参りするために腹ごしらえ。(笑)
大好物の大黒屋の天丼・・・ゴマ豆腐もおいしかったです。
写真ではあの美味しさが伝わりきれないかも・・・

大黒家さんのサイトです。
http://www.tempura.co.jp/
楽しい仲見世見学、そしてお水でお清めをしまして、煙で「いたいのいたいのとんでけ〜」(笑)。
そして、常に多くの参拝客で賑わう本堂には見事な天井画がありました。
川端龍子作の龍の姿と、堂本印象の天女の図。
美しい弁天さま・・・。

浅草寺の山号は「金龍山」、こちらで売っているお線香「金龍香」は素晴らしい香りがします。毎回、自分のお土産にいただく、一番のおすすめです。
本堂の向かって右脇には浅草神社があります。
「浅草の三社祭り」というのは有名ですが、その三社権現をお祭りしている神社。
観音像をみつけたご兄弟、とお姿に感応してご供養に生涯を捧げた土師氏をお祀りし、大国主命と徳川家康を合祀されているということです。三代目将軍の家光の寄進で建てられたということで、これもまさに天海の案によるものでしょう。
私は必ず、こちらにもご挨拶するようにしています。
今回はなんと、奥で結婚式がおこなわれていました。白無垢の花嫁さんの後姿がみえました。
ひそやかに粛々ととりおこなわれておりました。
おめでたい席にいあわせるとはなんという素晴らしいプレゼント、お幸せに!!!
実は、人で常に溢れている親しみやすい場所にもかかわらず、他にも増して「凄い」場所。
平和祈願の平和地蔵様。
実は、浅草寺の守り神ではないかと私には思えます。
綺麗なお姿です。

人々を救うために煮えたぎる地獄の池にまでも飛び込むという地蔵菩薩・・・。
菩薩の上は如来といわれますが、如来界(というランクの上の世界)に行くより、あえて下界で助けを必要とする人のために菩薩にとどまるのが地蔵菩薩ともいわれています。
「上にいかねば」というのは健全なようでいて、実は上下というのは言葉であらわしているだけで、神仏の世界ではそのようなものはないように思えます。上だ下だといっているのはこの次元での話。要は、上にあがろうと頑張ってはは上にはあがれないということ。
「上には上がある」とかいいますが、上にいけばいくほど上下にとらわれることがなくなる。
いたずらに上下にこだわるうちはそのような階層にいるともいえるのでしょう。
お地蔵さんの話を読むとそう思えてきます。
言葉では関与できない次元のことを、言葉が介在するこの世であれこれとこねくり回すからそうなるのかもしれません。お地蔵さんのお姿を拝見していると、そう思えてきます。
実は、私達の中にもお地蔵さんはいて、誰かを自分の命もかえりみず救おうという気持ちがあるとしたら、その勇気と愛が発動した姿が、自分の中のお地蔵さん。地味でありながら、人々にいつも愛されている理由は、上下問わず、清濁(善悪)とわず、人を救うことに徹する「真心」が私達の心に響くからなんでしょうね。
世界(宇宙)平和、浅草寺、浅草神社の益々のご開運をお祈り申し上げます。
2009年の素晴らしい日本めぐりの旅も、めでたく終了。
温かく迎えてくださった神様、仏様、家族、親戚、友人、その他、お目にかかった全ての人達、みなさまありがとうございました。また、仲良く参ります。
眠りにつくまえの読書・・・。