
曇り空の下、また晴れとは異なる趣があります・・・まるで厳島神社を思わせる美しい丹塗りの鳥居。
近江最古の社である白髭神社の総本社にやってまいりました。
もしかするとこの通り、琵琶湖のあるところに古代文明があった当時から鳥居のようなものがあった場所ではないかと、思えたりするのですが・・・。琵琶湖のあるところは当時はどのような様子だったのでしょうか・・・?
竹生島と白髭神社を訪ねて、古代のこの地に興味が湧いてきました。(笑)
JR湖西線の近江高島駅で下車すると、早速タクシーで実は数年気になっていた白髭神社へと向かいました。というのも、こちらの神社のご祭神は私の崇敬神である猿田彦大神様。崇敬神社である椿大神社、そして次回にお参りする予定の猿田彦神社と並び、猿田彦大神をご祭神とする代表的な神社三つのうちに数えられます。
白髭神としての猿田彦大神様はは、数あるご神徳の中でも延命長寿で知られていますが、「導きの神」として、縁結び、子授け、交通安全、開運等、守備範囲が広い神様です。
高島駅から徒歩で40分ほどいくハイキングコースもあるそうで、、歩くのを旨とする私としては、帰路は是非とも徒歩でと、運転手さんにどのようなかんじがきいてみました。すると、池あり仏像郡ありちょっとした山道ありと盛りだくさんの様子・・・歩きでがあるとのこと。実はこのあたりは野生の猿が出るということで、「山の薄暗いところにいくつもの眼が光るのはかなり気持ち悪いもんだけどねぇ〜」と話していました・・・。(笑)
車だと5分ちょっとで到着。
こちらの神社は近江で最古のお社、こちらの裏には鵜川古墳なども発見されていて、古代にはすでに神様が鎮祭されていたということです。神社の由緒書きによれば2000年もの昔、古墳時代の皇族であった皇女倭姫命がそれを再建したという記録があるそうです。
第十一代、垂仁天皇の皇女であった倭姫命(やまとひめ)は叔母の豊鍬入姫命から御杖代(ミツエシロ)といわれるお役目をひきついで、天照大神をお祀りする(大神さまがお鎮まりになる)土地を求めて全国を旅したというお話があります。
その倭姫命が古代すでにこの地にあった社を再建し、後の1603年に豊臣秀吉の遺言で秀頼の寄進により現在の本殿と拝殿が造営されたとあります。他方、7世紀後半に天武天皇の勅旨により「比良明神」という号が与えられたとあります。
琵琶湖ならびにその周辺からは数々の遺跡が発掘されており、白髭古墳とよばれる遺跡もあります。お参りしながら、この土地にまつわるいろいろな意味に思いをめぐらせば、現在、車だジェットスキーだとこの神社のまわりで我が物顔で走り回っているという人々の様子がかなり薄っぺらな「現象」にみえてきます・・・。人間が浅知恵でこの100年あまりで「築いてきたと信じているもの」は、実は大きな見地からみると「なんでもない」ことだと、諭されているかのようです。
後ろに比良連峰、前には琵琶湖の水、現在は国道161号線が神社と湖の間にあります。

豊臣秀吉の遺命により寄進された木造の美しい本殿と拝殿。
見事な茅葺屋根に入り母屋造りという桃山時代独特の様式で立てられていて、さりげなくしかし見事に手入れが行き届いていました。
さて、手水でお清めさせてもらい本殿で大好きな神様にご挨拶、上之宮と呼ばれる本殿奥の山の傾斜にあるお宮へと向かいます。手水舎の脇に歌碑がありました。
「しらひげの神の御前にわくいつみ これをむすへは人の清まる」(前半与謝野鉄幹・後半晶子)
石段を登ると、伊勢の外宮の豊受大神さま、そして内宮の天照大神さま、そして八幡三社(加茂・八幡・高良)、天満社、稲荷社、弁財天社、寿老人社などがありました。どちらもきちんと修復されていて、とても気持ちのよいかんじ。
今回お世話になっている八幡様、加茂神、稲荷神、弁天さまにお招きいただきましてありがとうございましたとお礼を述べました。(笑)
向かって右手にあるのが岩戸社とよばれるお社。

印象としては、山のお社というのと同時にとっても「水」というか海をかんじるところでした。
湖のほとりで海ではないのだけれど・・・
「うみよりも深き恵みか みな人のよはいをし良す 白髭の神」
(千草有功・・江戸時代終わりの歌人)
おそらくはとっても古い時代から聖なる徴とされてきた岩。

位置的には、この岩戸社と岩のあたりからむこう鵜川古墳といわれる遺跡があるらしいのですが、有史以前にすでにこちらにあった集落に住んだ人達の気配があったりして・・・、まさかね・・・。(笑)
尚、末社、若宮には太田命(猿田彦大神の末裔ともいわれる)がお祀りしてありました。すでに17世紀はじめにはあったということですが、起源の詳細は不明とか。
というわけで、本殿脇におりてきて、みつけたのがこちら。

こちらは琵琶湖のほとりにたたずむ風光明媚な自然にかこまれた名刹。
この説明書きにあるように、南北朝時代から室町時代にかけて活躍した観阿弥の作による謡曲「白髭」は、この神社の縁起を寿ぐものだったようです。この地が遠いむかしから神聖な土地であったということ、白髭の翁こと比良明神こと猿田彦大神が楽を奏じて、天女(弁天さま)や龍神さまが舞い踊ったとあります・・・。
是非とも一度、能の舞台で拝見したい・・・さぞかし美しいことでしょうねぇ・・・(笑)。
この観阿弥という方はかの世阿弥の父君であらせられるとか、父子で能というものを大成したといわれています。そもそも、田楽、猿楽とは鎌倉時代以前に神さまに奉納されるために行われた舞や歌のこと(神楽)。
神楽は猿田彦大神さまの御妻神である天細女(あめのうずめ)命が天岩戸の前で踊ったのが起源となっているといわれています。
ちなみに、この観阿弥の出所はさだかではありませんが、伊賀の人だという説も在り、そもそも御神楽(宮中で行われた神楽のこと)のルーツであるといわれる加茂家の氏神、もしくは京都の石清水八幡との関連もうかびあがってきます。今回の旅は繋げたわけではないけど、繋がっているというのは、このブログを読んでいただいている方にはもうお気づきのことかと思います・・・。
おもしろいですね・・・神社って。
こうなると、今回あちこちと旅してみてあらためて実感するのですが、自分のまわりでおきることや自分がすること、遭遇すること(人、土地)は全て、何らかの因縁があるということです。理屈ではそうだろうとおもってはいても、知らずに行動した結果、点が繋がってくるように何かが浮かび上がってくると、びっくりします。
私個人とのつながりについては、まだわかりませんけれど・・・今回のことを機会にいろいろ読んだりしてみたいとおもいます。
簡単にいうと、シンクロ現象がきて、意味がわからないまま、興味のむくまま、たどっていくと、さらなるシンクロを呼ぶということ。
神社や聖地というのは自分で身をもって辿るからこそ意味がある・・・といわれるのはこういうことなんでしょうね。
願掛け行脚とか禊とか、自分の足りないところや逆にいらないものをどうにかしようと頑張ってまわるというのではなく、もっとリラックスしてしかし真面目に神社をめぐることの意味はここにあるんじゃないかとおもうのです。
結果として、気がつくと前よりも幸せになっていたり、心身ともに爽快になったり、今まできがつかなかったことに気がつくようになるということが起きてくる。変な言い方ですが、自分の後ろにいる方々ともご一緒していることはいうまでもありません。「自分が、自分の」というのが強くて願をかけたり厄払いをすると深いところまで、神社にいった意味が浸透しないんでしょうね、きっと。
社務所によって、どこかのんびりとしていながら、紫の袴姿がびしっと見事な神主さんに神社の由緒書きをいただき、実家の分もふくめてお守りを頂きました。洋服でも着物でも、ぴしっと手入れをしてきるということは、立ち振る舞いも含めて非常に凄いことなんだと思います・・・形の大切さというか、これは人間の「格」をきめる基本でしょうね。格というのは虚栄や見栄とは違うもんだということです。
時間切れのため、椿大神社でお守りを買い損ねてちょっと悲しかった私ですが、こちらで家内安全、延命長寿の立派なお守りをゲット(笑)。いろいろ質問に答えていただいたりして、お世話になりました。
こちらは近江最古の古刹というだけあり、いたるところに歌碑がありました・・・。
「四方より 花吹き入て 鳰の湖」 (芭蕉)
「みおの海に 網引く民の てまもなく 立ちゐにつけて 都恋しも」 (紫式部)
他にも日本を代表する歌人の作品が境内の石碑にみられました。
ご興味のある方はHPをご覧くださいませ:
http://shirahigejinja.com/index.html
白髭神社の益々のご開運をお祈り申し上げます。
次回は是非とも、猿田彦神社と、宮城の塩竃神社にお参りしようと、サルタヒコノタビの次回の構想を練りながら京都に戻りました。むふふふ・・・あぁ〜楽しい。
さて、暫く書いてはおりませんが、毎日3時にはかかしません。
直会(なおらい)というより、おやつですが・・・創業明治18年、太極殿本舗の琥珀流しを・・・築100年以上という町屋でお庭を眺めながら手作り、作りたての京菓子が賞味できます。京都であまた名店あるなか、私は三丘園、和久博とならんでこのお店のファンです。

こちらの名物、麗しの「琥珀流し」というのは淡い触感の寒天が美しい風情でシロップ(蜜というべきか)に浸かっているというもの。月替わりで季節毎のヴァリエーションがあり、これを全部食べるのが夢というファンも多いとききます。(笑)尚、1月〜3月の冬季は琥珀流しはありませんのでご注意を。
綺麗な坪庭のわき、綺麗な屏風の前のお座敷席に通されました。
今回、私は色あざやかなぶどうのシロップに琥珀流しと白玉ミニぜんざいのセット・・・ワラビ餅と厳しい選択でした・・・(笑)。アイスクリームが好きな主人には、抹茶練乳がけのカキ氷・・・抹茶のおいしさにめざめたようです。お菓子ひとつ食べさせるのでも、この季節感、芸術感、流石でございます。(笑)見事な栗ようかんを、パリの自宅のお土産用にいただきました・・・。またお邪魔します。
太極殿茶房 栖庵
中京区六角通高倉東入ル
10h〜18h・水曜休
観阿弥の作といわれる「卒塔(都)婆小町」。平安時代の絶世の美女、六歌仙の一人として名高い小野小町が乞食の老婆となってあらわれるお話。三島由紀夫の作品でも知られています。
なんだか、日本の古典づいてしまいますが、「ローマ人の物語」を全巻そろえたので早く読破したいのですが・・・なんだか寄り道しています。(汗)
宇宙人ではなかったかと勝手におもってますが、この謎の人物・・・。
角川ソフィア文庫って、大変優れものなのだ。