カレンダー

10 | 2009/11 | 12
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -

プロフィール

つばきりゅう

Author:つばきりゅう
なんかその都度「?」と感じた一見関連性のない細かいことが最終的に大きな像を結ぶ。そんな観点から幸せを実現していきたいという気持ちからはじめたサイト。よろしくお願いします。

クリック募金

FC2カウンター

カテゴリー

最近のコメント

素晴らしいリンクの数々

月別アーカイブ

最近のトラックバック

2009年9月25日 ・めでたい日本めぐりの旅・皇居見学の巻

東京に生まれて、東京で働いたり暮らしたりしていたにもかかわらず、一度も見学したことのなかった皇居・・・。日本で一番面積の広いパワースポットという噂もあります。

宮内庁に申し込むと一般公開されている場所を見学することができます。

平日でしたが、集合場所の桔梗門にはかなりの人数が揃っておりました。
画像 309

日本史でもならいましたが、皇居というのは元の江戸城。
江戸幕府を開いた徳川家康が来るまでは小田原城を築いた後北条氏、その前は上杉氏、もとは栃木の江戸氏の管轄にあったお城でした。室町時代の武将、太田道灌が1457年に築いたものを家康入城跡、増改築が行われたということです。

この太田道灌なる人物はいろいろなエピソードのある多才な人物でしたが、その才能と堂々たる態度が傲慢とうつり、その大いなる手柄と働きにもかかわらず仕えていた君主の手のものにより暗殺されてしまいます。

才能があってそれを隠せない人というのは、奉公するという立場にはいないほうがいいという例なんでしょうか?いつの世もかわらないドラマの元があります。

一方、歴史は歴史に過ぎないのですが、歴史上の人物でも世が世がなら、大きな世俗的な権力をえていたにちがいないのに、位をもたずに世を達観しながら芸術などの世界に生きた人もいました。
でも、太田道灌はあくまでも武将、武士として生きるというのはいずれにしても大変そうですね。

輪廻転生の観点からみれば、こうやって地上で「魂」を鍛えていた時代があった・・でも何かマイナスの念が残る生き方というか残りやすい環境で嫌だなぁ。

興味のある方は太田道灌について読んでみるのもおもしろいかもしれません。

話はもどって、豊臣秀吉の小田原征伐で戦国武将の北条氏が滅び、その旧領(関八州といって、山梨県を除く首都圏一帯)を家康が引き継ぐことになりました。そこで、駿河の国(静岡)から1590年にこちらに引越してきたということです。

徳川ファン(?)にはお馴染みの通り、江戸城をはじめ江戸の町づくりは謎の風水師(?)である天海僧正が中心となって企画、実現されたといいますが、三代の将軍に仕えた天海が風水による江戸の護りを今残るようにかためたのは三代目将軍、家光の時代だということです。

この天海僧正、そういえば名前が空海と似ていますが(いとも単純な感想・・・汗)、天台宗の僧で、知識、才能もともかく、なによりも権力の中にあって無事に長寿をまっとうしたという人。

何より、時の権力者を魅了し、しっかり信頼されていた人です・・・・ある意味、これができて初めて上司の「上手」に立つということなんでしょうか・・・。比叡山を信長に焼きだされてから、武田信玄にみとめられ、そして遂には家康に認められて、百歳を超える長寿を全うしたという名僧。

こういう「腹」(人としての器)なくば、才に恵まれた場合は才をつかいきれない、活かしきれないということなんでしょうか・・・才や技をみがくよりも一番それが難しいのかもしれません。
いろいろ不思議なエピソードもあるので、「人間」の枠を超えていた存在だったのかもしれませんね。(笑)僧として当時は、最高の権力を手にしていたといいますが、自分の護りもしかりとしていた人。

ちなみに、赤白黒青黄のお不動さん(目黒不動、目白不動・・・)は天海が選んで家光に江戸の守護(幕府の守護)としたといいます。これは(ご想像の通りかも)、五行説に由来したものといわれます。
詳しくは以下の荒又宏氏の「風水先生」をご覧ください。

一方、この天海は比叡山の延暦寺の江戸版とでもいうべき上野に寛永寺を家光に建てさせているのですが、延暦寺に対する琵琶湖、その琵琶湖に浮かぶ竹生島になぞらえて、上野は忍の池に弁天島として弁天様をお祀りしたということです。大津のほうのご出身という説もありますし、面白いです。

ちなみに、日枝神社や築土神社、道真公を祭る神社などを江戸城のまわりに勧請したのは太田道灌。

天海と太田道灌はあまりにもたくさんエピソードがあるのですが、京の都を考案した陰陽師といわれる人達と調べ合わせてみるとおもしろいかもしれませんね・・・。

皇居の中は自然がとっても豊かでした。
まだの方は一度訪れてはいかがでしょうか?(要予約)おすすめですよ。

次回は是非、京都御所を見学してみたいです。

これをさらりと読めば、東京(江戸)の風水のしくみで殆ど知りたいことは網羅されてしまう気もします。
風水先生―地相占術の驚異 (集英社文庫―荒俣宏コレクション)風水先生―地相占術の驚異 (集英社文庫―荒俣宏コレクション)
(1994/04)
荒俣 宏

商品詳細を見る


あまり普段小説は読まないけれど、歴史モノは背景や流れをしるのに楽しんで手っ取り早くよめるので読んだりします・・・入り組んでいる人間関係などは資料をあたるより頭に入るかんじ。
小説 太田道潅 (PHP文庫)小説 太田道潅 (PHP文庫)
(1994/07)
童門 冬二

商品詳細を見る


けっきょくは、「とぐろ」なんですね・・・。
どの国でも、これが基本。
江戸の陰陽師―天海のランドスケープデザイン江戸の陰陽師―天海のランドスケープデザイン
(2001/11)
宮元 健次

商品詳細を見る

2009年9月24日・めでたい日本めぐりの旅・榛名神社の巻

さて今回の旅も終盤です。
いよいよ上越新幹線で高崎へ、念願の榛名神社に向かいました。

一言でいって、素晴らしいところでした。
画像 245
お陰さまで、榛名山の素晴らしい気をうけ、このふくよかな笑みをうかべる布袋さんのように、ニコニコニコニコと笑ってお参りができました。私の中では布袋さんは「大満足の神様」、まさにそういう一日でした。お世話になったみなさまありがとうございました。

高崎駅からバスで一時間ちょっとの道のりをゆられていきますが、駅前あたりからしてゴミひとつ落ちていないというような清潔さ・・・もうすでに門前というような気になっていました。

今回の旅行で思い知ったのは、自然の中を歩いて疲れるのと、人ごみや騒音や空気のよごれや電磁波なんかで消耗するのは全然違うという、当たり前のようで忘れがちなこと。神社めぐりは足をいたわることが大切(次回は靴に気をつけるとして)ですが、続けると知らないうちに体が強くなり、精神的にも軸が整いやすくなります。

隋神門という見事な山門を通過して参道をすすみます。
水がしたたるような青葉の中を「泳ぐよう」に参りました。
画像 279

最初は門の向かって右脇にまず毘沙門天様が、そして、寿老人様、布袋様、福禄寿様、恵比寿様、弁財天様、そして大黒様の像があります。それぞれ欲しい運や好み(?)により記念撮影をしたりするのも楽しい。こちらの山の木、水、土などがぼわ〜っと心身を包んで、命の水で潤してくれるような気がする場所です。

美しい朱塗りの橋があったり、三重の塔があったり、常にふとみれば豊かな木と谷川が・・・、とにかく凄いところだとおもうのであります。噂どおり、龍神様がたくさんいるかんじです(笑)
こちらは三重塔。
画像 248

一年中水の枯れることがないという万年泉や、行者渓とばれる深みなどがさりげなくあったりします。
とにかく空気が違う。

大黒さまこと大国主命。
昔から人々に人気のある神様。
人に好かれることが豊かさをもたらし、それ故にまた愛されるというこの世の循環を体現しているお姿。次回は出雲へご挨拶に参りたいのでよろしくお願いします。(笑)
画像 254

ほどなく手水舎、こちらではお水舎とよばれるところにつきます。
例によって、左手、右手、お口、左手、柄杓の順でささっと清めます。

ところで、かなりそういう人が多いのですが、口をすすぐのと、汚いものを吐き出すのを間違えている参拝者の方がいるのがここではとくに気になります。お清めの場所をことさらに汚すことは自分にケチをつけること・・・あえて腹をたてないようにしたいとおもいます。

こちらでもお水を300mlくらいいただきます。最初は飲みにくいようで、実はミネラルたっぷりの水だとわかってきます・・・金運がよくなりそうなありがたいお水。(笑)

いよいよ、凄い場所にやってまいりました・・・・お水とりをした場所から階段を上がります・・・振り向くとそこは中国の山水画の世界です。

リンク先の「顕現力」の著者の濱さんによると、こちらの階段には2匹の龍がいるということですが本当のようです・・・ただごとではない・・・凄い場所。

その名も「双龍門」・・・伊達や酔狂でつけた名前ではないようです。
画像 273
前をみて階段を登るともう、「凄〜い!」というかんじで、ざば〜っときます。
これが龍の行きかうという道・・・、凄い〜。
画像 252

門の両脇には右回りと左回りの龍の彫り物があります。
それをみていておもったのが、ここにはなんだか宇宙的・・・天にむかうピラミッドと地にむかうピラミッドが合わさったかんじ、もしくは∞の形、そういう場所だぁ。

画像 258

画像 259

いろんな翻訳というか解釈というか譬え方があるのだと思いますが、私にとっては、ここは地球にあって地球にあらざるところというか、完全に宇宙的な場所でした・・・ピラミッドにはまだいったことがないけれど、ここに見えないしくみがあるとしたら、ピラミッドと同じ原理なんじゃないか・・・とにかく、宇宙、「星」というかんじの場所でした。

これを書いていておもいあたるのが、神社というのは地上の「星」を現しているのではないかということ。

これは、エジプトにでかけなくてはならない・・・という気がしてきました。
きっとエジプトの遺跡のどこかで、同じようなものに遭遇するだろうという気がしたりして・・・。
ワクワクするというのはこういう瞬間、神社めぐりは面白い。(笑)

というわけで、本殿前につく前にすっかり「ハイ」になっていました。

詳しいことは榛名神社さんのHPでご覧頂くのがよろしいとして、簡単にご紹介させていただくと、こちらは榛名山という那須火山帯にかかるお山。赤城山、妙義山とともに上毛(じょうもう)三山とよばれるそうです。

ヴァーチャル参拝ができるというかんじの、榛名さんのHPです。
http://www.haruna.or.jp/

弘法大師が杖でつついて井戸を作ったという噂もあったり、天狗さんの大きなお面も境内にあり、修験道、山岳信仰のメッカ。

近くにはカルデラ湖の榛名湖があり、近隣に伊香保温泉もあるので、次回は温泉もあわせて楽しみに参ります。

というわけで、いろんな意味で素晴らしい本殿前に参りました。
画像 262

実は本殿の後ろにそびえる御姿山というのがご神体。
こちらのご祭神は火産霊(ほむすび)神と埴山姫(はにやす)神という火と土の神様。この二柱の神様はいざなぎ、いざなみの神様から生まれた神様といわれています。

合祀奉るのが、大国主命というか大穴持命(おおむなちのみこと)の和御霊(自然の豊かなめぐみそのもの)としてお祀りされたといわれる大物主神(おおものぬしのかみ)。
そしていざなみの神様は火の子供、火産霊神を産んだときに焼けどを負って亡くなった(黄泉の国にいくことになった)ことからいざなぎの神がおこって火産霊神(=迦具土神・かぐつちのかみ)を斬り殺したときに生まれたという高龗神(たかおかみのかみ)と闇龗神(くらおかみのかみ)・・・雨乞いの神様でもあり、貴船さんのご祭神としてしられる神様、ならびに雨や水の神様である水分神(みくまりのかみ)、富士山の木花咲耶姫(このはなさくやひめ)の神様だということです。

紀元前7世紀には神様が鎮座されていたということで、6世紀になり社殿が造営されたということです。白髭神社の由緒でもありましたが、先史時代にすでにお祀りされてあった場所だったわけですね。南北朝時代には天台宗のお寺となったということですが、明治時代に神社とされて現在に至るとのことで、三重塔などにその歴史の名残がみれます。

素晴らしい大木(なかでも、武田信玄が戦勝祈願した「矢立杉」が有名)、そして超パワフルな岩、優しげで神秘的な流れる水・・・地球の恵みというか凄い滋養の土地で、感じる宇宙の「星」。

こちらではめでたい七福神さまの絵馬を奉納し、お世話になったこちらと縁のありそうな友人のためのお守りを入手。

主人はいたく気に入ったようで・・・・水の気が強いところは大好きなようです。

火山の火と粘土の神様を祀る神社。
強力なパワーと優しい潤いをうけて帰ってまいりました。

今回いろんなところへお招き頂いた弁才天様、なにかお役目として果たせることがあるのかもしれません。それにしても、お美しいお姿です。
画像 275

直会(なおらい)は、まずは途中にある売店で、大胆にも柿をいただきまるかじり・・・(笑)。

そして門前脇の氏子さんらしきお宅(?)では、その場で一匹づつ地元の天然の鮎を串にさして、炭火でやいてくれました。手打ちの蕎麦と手作りの山菜や木の芽の佃煮、地酒をコップで頂きました。お味噌も自家製ということで、全て美味しかった・・・・特に鮎の味は忘れられません。
昆虫を食べた鮎というかんじの味で、昆虫は食べませんが・・・昆虫が美味という人の気持ちがなんとなくわかる味、美味。榛名さんの水でいれたコーヒーを食後にいただき、ちょっと酔っ払ってバスに乗って帰ってまいりました・・・。

知っている方はなんと、このお山のすぐそばにお住まいでした・・・毎日、このミネラルたっぷりのお水を飲んでいるとか・・・素晴らしい幸せですね・・・・次回はお目にかかれることを楽しみに。
フランス人超感激!の榛名山。
日本人で宇宙人の私も超感激でした・・・地球にある宇宙の「星」。

榛名神社の益々のご開運をお祈り申し上げます。

またお参りさせていただきま〜す。

ギザの大ピラミッド―5000年の謎を解く (「知の再発見」双書)ギザの大ピラミッド―5000年の謎を解く (「知の再発見」双書)
(2008/10)
ジャン=ピエール コルテジアーニ吉村 作治

商品詳細を見る


聖なる幾何学聖なる幾何学
(2008/07/10)
スティーヴン スキナー

商品詳細を見る


フラワー・オブ・ライフ―古代神聖幾何学の秘密〈第2巻〉フラワー・オブ・ライフ―古代神聖幾何学の秘密〈第2巻〉
(2005/09)
ドランヴァロ メルキゼデク

商品詳細を見る


2009年9月23日・めでたい日本めぐりの旅・京都から東京への巻

京都で楽しくも体育会系の日々8を過ごし、神社めぐりというのは体力勝負だと実感しながら、新幹線で一路、東京へ。

京都駅でお弁当を買おうと、とても京都らしいこんなのがありましたので購入。
大型の百人一首でも入っているのかしらというような綺麗な化粧箱入り、葵弁当。
流石に人気があるらしく、売店では最後のひとつを主人に譲り、私は好物の奈良名物は柿の葉寿司を・・・ぱくりぱくり・・・。勿論、デザートも忘れずに・・・大好物の黒ゴマ八橋や赤福餅をおやつに買ってルンルン気分で、ゆったりと車中の人となりました。

楽しく豊かな気分にしてくれる、こういう美しい駅弁はかなりいいんじゃないでしょうか。
画像 099

私は柿の葉寿司と赤福餅で上機嫌。

東京駅について滞在先へ、以前仕事やアフターファイブでお世話になっていたなじみ深い街、赤坂。
早速、日枝神社に挨拶にうかがいました。

ご祭神は大山咋神(おほやまくひのかみ)、京都の加茂神社のご祭神でもありました。丹塗りの矢に化けて巫女を孕ませる(?)神様として語りつがれていたりしますが、神話というのは譬え、その話が象徴するところに意味があるのでしょう。大変大きな神様、もとは比叡山(ひえいー>日枝)の山の神様で、延暦寺を護る神様としてもしられていて、「山王」様とも呼ばれています。京都最古といわれる神社、松尾大社のご祭神としてもしられています。東京では、江戸城を鎮護の神社ということです。

総本社は滋賀県大津市にあります。

ところで、伏見稲荷さんの記事でもちょっとだけ触れましたが、京都にある松尾大社というのは秦氏の神社で、お酒の神社としても知られています。山の神様であると同時に農耕や穀物とも関係した神様ということです。加茂氏と秦氏が常にキー(鍵)なわけですね・・。

興味津々。

相殿におわしますは国常立神(くにのとこたちのかみ)、伊弉冉神(いざなみのかみ)、足仲彦尊(たらしなかつひこのみこと)。

国常立神は国土や生命の形成に関わる神様で、天之常立神(あめのとこたちのかみ)とならび、神代七世(かみよななよ)の一代目の根源神。大本教や日月神事などでは「艮(うしとら)の金神」といわれています。

伊弉冉神(いざなみのかみ)は日本の神話で一番初めの夫婦神の妻神、ご周知の神様。

実は今回初めて知ったのですが、足仲彦尊という神様は、日本武尊(やまとたけるのみこと)の第二王子で第14代天皇の仲哀天皇のこと。皇后は気長足姫(おきながたらしひめ)・・・後の神功皇后。
すなわち応神天皇こと誉田別命(ほんだわけのみこと)のお父上にあたります。

八幡神社では通常、誉田別命、神功皇后そして比売神をお祀りしているのですが・・・知らずにお世話になっていた神様の流れが少しみえてきたような(?)気持ちになったりして・・・。

知らぬことが多く失礼しておりますが、お世話になっております、ありがとうございます。

実は参拝させていただくのも初めて(汗)、末社に崇敬神の猿田彦大神がお祀りされていているのを知ったことをきっかけに参ろうと思い立ったのですが、こういうタイミングは実は見えないところで図られているのでしょうね、(とはいえ)遅ればせながら失礼いたしました。

末社の稲荷神様の前ではもの凄い気が漂っていました・・・・まるで澄んだ冷たい清水の中にいるようでした・・・。

日枝神社の益々のご開運、世界、日本の平和をお祈り申し上げます。

今しなければならないことがひとくぎりついたら、「ローマ人の物語」をしっかり通読したい。神社のことを考えるにつれ、その思いを強くするというのも不思議ですが・・・。
ローマ人の物語〈15〉ローマ世界の終焉ローマ人の物語〈15〉ローマ世界の終焉
(2006/12)
塩野 七生

商品詳細を見る


ローマ帝国の次はエジプトも読みに行こうということで、現在資料を物色中・・・。

エジプト学 オシリス神の墓を求めてエジプト学 オシリス神の墓を求めて
(2005/12/09)
ドゥガルド・A・スティール吉村 作治

商品詳細を見る

2009年9月22日・めでたい日本めぐりの旅・白髭神社の巻

画像 840

曇り空の下、また晴れとは異なる趣があります・・・まるで厳島神社を思わせる美しい丹塗りの鳥居。
近江最古の社である白髭神社の総本社にやってまいりました。

もしかするとこの通り、琵琶湖のあるところに古代文明があった当時から鳥居のようなものがあった場所ではないかと、思えたりするのですが・・・。琵琶湖のあるところは当時はどのような様子だったのでしょうか・・・?

竹生島と白髭神社を訪ねて、古代のこの地に興味が湧いてきました。(笑)

JR湖西線の近江高島駅で下車すると、早速タクシーで実は数年気になっていた白髭神社へと向かいました。というのも、こちらの神社のご祭神は私の崇敬神である猿田彦大神様。崇敬神社である椿大神社、そして次回にお参りする予定の猿田彦神社と並び、猿田彦大神をご祭神とする代表的な神社三つのうちに数えられます。

白髭神としての猿田彦大神様はは、数あるご神徳の中でも延命長寿で知られていますが、「導きの神」として、縁結び、子授け、交通安全、開運等、守備範囲が広い神様です。

高島駅から徒歩で40分ほどいくハイキングコースもあるそうで、、歩くのを旨とする私としては、帰路は是非とも徒歩でと、運転手さんにどのようなかんじがきいてみました。すると、池あり仏像郡ありちょっとした山道ありと盛りだくさんの様子・・・歩きでがあるとのこと。実はこのあたりは野生の猿が出るということで、「山の薄暗いところにいくつもの眼が光るのはかなり気持ち悪いもんだけどねぇ〜」と話していました・・・。(笑)

車だと5分ちょっとで到着。
こちらの神社は近江で最古のお社、こちらの裏には鵜川古墳なども発見されていて、古代にはすでに神様が鎮祭されていたということです。神社の由緒書きによれば2000年もの昔、古墳時代の皇族であった皇女倭姫命がそれを再建したという記録があるそうです。

第十一代、垂仁天皇の皇女であった倭姫命(やまとひめ)は叔母の豊鍬入姫命から御杖代(ミツエシロ)といわれるお役目をひきついで、天照大神をお祀りする(大神さまがお鎮まりになる)土地を求めて全国を旅したというお話があります。

その倭姫命が古代すでにこの地にあった社を再建し、後の1603年に豊臣秀吉の遺言で秀頼の寄進により現在の本殿と拝殿が造営されたとあります。他方、7世紀後半に天武天皇の勅旨により「比良明神」という号が与えられたとあります。

琵琶湖ならびにその周辺からは数々の遺跡が発掘されており、白髭古墳とよばれる遺跡もあります。お参りしながら、この土地にまつわるいろいろな意味に思いをめぐらせば、現在、車だジェットスキーだとこの神社のまわりで我が物顔で走り回っているという人々の様子がかなり薄っぺらな「現象」にみえてきます・・・。人間が浅知恵でこの100年あまりで「築いてきたと信じているもの」は、実は大きな見地からみると「なんでもない」ことだと、諭されているかのようです。

後ろに比良連峰、前には琵琶湖の水、現在は国道161号線が神社と湖の間にあります。

画像 230

豊臣秀吉の遺命により寄進された木造の美しい本殿と拝殿。
見事な茅葺屋根に入り母屋造りという桃山時代独特の様式で立てられていて、さりげなくしかし見事に手入れが行き届いていました。

さて、手水でお清めさせてもらい本殿で大好きな神様にご挨拶、上之宮と呼ばれる本殿奥の山の傾斜にあるお宮へと向かいます。手水舎の脇に歌碑がありました。

 「しらひげの神の御前にわくいつみ これをむすへは人の清まる」(前半与謝野鉄幹・後半晶子)

石段を登ると、伊勢の外宮の豊受大神さま、そして内宮の天照大神さま、そして八幡三社(加茂・八幡・高良)、天満社、稲荷社、弁財天社、寿老人社などがありました。どちらもきちんと修復されていて、とても気持ちのよいかんじ。

今回お世話になっている八幡様、加茂神、稲荷神、弁天さまにお招きいただきましてありがとうございましたとお礼を述べました。(笑)

向かって右手にあるのが岩戸社とよばれるお社。
画像 838

印象としては、山のお社というのと同時にとっても「水」というか海をかんじるところでした。
湖のほとりで海ではないのだけれど・・・

「うみよりも深き恵みか みな人のよはいをし良す 白髭の神」 
(千草有功・・江戸時代終わりの歌人)

おそらくはとっても古い時代から聖なる徴とされてきた岩。
画像 837

位置的には、この岩戸社と岩のあたりからむこう鵜川古墳といわれる遺跡があるらしいのですが、有史以前にすでにこちらにあった集落に住んだ人達の気配があったりして・・・、まさかね・・・。(笑)

尚、末社、若宮には太田命(猿田彦大神の末裔ともいわれる)がお祀りしてありました。すでに17世紀はじめにはあったということですが、起源の詳細は不明とか。

というわけで、本殿脇におりてきて、みつけたのがこちら。
画像 227

こちらは琵琶湖のほとりにたたずむ風光明媚な自然にかこまれた名刹。

この説明書きにあるように、南北朝時代から室町時代にかけて活躍した観阿弥の作による謡曲「白髭」は、この神社の縁起を寿ぐものだったようです。この地が遠いむかしから神聖な土地であったということ、白髭の翁こと比良明神こと猿田彦大神が楽を奏じて、天女(弁天さま)や龍神さまが舞い踊ったとあります・・・。

是非とも一度、能の舞台で拝見したい・・・さぞかし美しいことでしょうねぇ・・・(笑)。

この観阿弥という方はかの世阿弥の父君であらせられるとか、父子で能というものを大成したといわれています。そもそも、田楽、猿楽とは鎌倉時代以前に神さまに奉納されるために行われた舞や歌のこと(神楽)。

神楽は猿田彦大神さまの御妻神である天細女(あめのうずめ)命が天岩戸の前で踊ったのが起源となっているといわれています。

ちなみに、この観阿弥の出所はさだかではありませんが、伊賀の人だという説も在り、そもそも御神楽(宮中で行われた神楽のこと)のルーツであるといわれる加茂家の氏神、もしくは京都の石清水八幡との関連もうかびあがってきます。今回の旅は繋げたわけではないけど、繋がっているというのは、このブログを読んでいただいている方にはもうお気づきのことかと思います・・・。

おもしろいですね・・・神社って。

こうなると、今回あちこちと旅してみてあらためて実感するのですが、自分のまわりでおきることや自分がすること、遭遇すること(人、土地)は全て、何らかの因縁があるということです。理屈ではそうだろうとおもってはいても、知らずに行動した結果、点が繋がってくるように何かが浮かび上がってくると、びっくりします。

私個人とのつながりについては、まだわかりませんけれど・・・今回のことを機会にいろいろ読んだりしてみたいとおもいます。

簡単にいうと、シンクロ現象がきて、意味がわからないまま、興味のむくまま、たどっていくと、さらなるシンクロを呼ぶということ。

神社や聖地というのは自分で身をもって辿るからこそ意味がある・・・といわれるのはこういうことなんでしょうね。

願掛け行脚とか禊とか、自分の足りないところや逆にいらないものをどうにかしようと頑張ってまわるというのではなく、もっとリラックスしてしかし真面目に神社をめぐることの意味はここにあるんじゃないかとおもうのです。

結果として、気がつくと前よりも幸せになっていたり、心身ともに爽快になったり、今まできがつかなかったことに気がつくようになるということが起きてくる。変な言い方ですが、自分の後ろにいる方々ともご一緒していることはいうまでもありません。「自分が、自分の」というのが強くて願をかけたり厄払いをすると深いところまで、神社にいった意味が浸透しないんでしょうね、きっと。

社務所によって、どこかのんびりとしていながら、紫の袴姿がびしっと見事な神主さんに神社の由緒書きをいただき、実家の分もふくめてお守りを頂きました。洋服でも着物でも、ぴしっと手入れをしてきるということは、立ち振る舞いも含めて非常に凄いことなんだと思います・・・形の大切さというか、これは人間の「格」をきめる基本でしょうね。格というのは虚栄や見栄とは違うもんだということです。

時間切れのため、椿大神社でお守りを買い損ねてちょっと悲しかった私ですが、こちらで家内安全、延命長寿の立派なお守りをゲット(笑)。いろいろ質問に答えていただいたりして、お世話になりました。

こちらは近江最古の古刹というだけあり、いたるところに歌碑がありました・・・。

「四方より 花吹き入て 鳰の湖」 (芭蕉)
「みおの海に 網引く民の てまもなく 立ちゐにつけて 都恋しも」 (紫式部)

他にも日本を代表する歌人の作品が境内の石碑にみられました。

ご興味のある方はHPをご覧くださいませ:
 http://shirahigejinja.com/index.html

白髭神社の益々のご開運をお祈り申し上げます。

次回は是非とも、猿田彦神社と、宮城の塩竃神社にお参りしようと、サルタヒコノタビの次回の構想を練りながら京都に戻りました。むふふふ・・・あぁ〜楽しい。

さて、暫く書いてはおりませんが、毎日3時にはかかしません。
直会(なおらい)というより、おやつですが・・・創業明治18年、太極殿本舗の琥珀流しを・・・築100年以上という町屋でお庭を眺めながら手作り、作りたての京菓子が賞味できます。京都であまた名店あるなか、私は三丘園、和久博とならんでこのお店のファンです。

画像 239

こちらの名物、麗しの「琥珀流し」というのは淡い触感の寒天が美しい風情でシロップ(蜜というべきか)に浸かっているというもの。月替わりで季節毎のヴァリエーションがあり、これを全部食べるのが夢というファンも多いとききます。(笑)尚、1月〜3月の冬季は琥珀流しはありませんのでご注意を。
綺麗な坪庭のわき、綺麗な屏風の前のお座敷席に通されました。

今回、私は色あざやかなぶどうのシロップに琥珀流しと白玉ミニぜんざいのセット・・・ワラビ餅と厳しい選択でした・・・(笑)。アイスクリームが好きな主人には、抹茶練乳がけのカキ氷・・・抹茶のおいしさにめざめたようです。お菓子ひとつ食べさせるのでも、この季節感、芸術感、流石でございます。(笑)見事な栗ようかんを、パリの自宅のお土産用にいただきました・・・。またお邪魔します。

太極殿茶房 栖庵
中京区六角通高倉東入ル
10h〜18h・水曜休

世阿弥―花と幽玄の世界 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)世阿弥―花と幽玄の世界 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)
(1996/11)
白洲 正子

商品詳細を見る


観阿弥の作といわれる「卒塔(都)婆小町」。平安時代の絶世の美女、六歌仙の一人として名高い小野小町が乞食の老婆となってあらわれるお話。三島由紀夫の作品でも知られています。
能楽名演集 能『卒都婆小町 一度之次第』(そとばこまち いちどのしだい) 半能 『松虫 勘盃之舞』(まつむし かんぱいのまい) 観世流 梅若六郎 [DVD]能楽名演集 能『卒都婆小町 一度之次第』(そとばこまち いちどのしだい) 半能 『松虫 勘盃之舞』(まつむし かんぱいのまい) 観世流 梅若六郎 [DVD]
(2009/08/21)
梅若六郎

商品詳細を見る


なんだか、日本の古典づいてしまいますが、「ローマ人の物語」を全巻そろえたので早く読破したいのですが・・・なんだか寄り道しています。(汗)

宇宙人ではなかったかと勝手におもってますが、この謎の人物・・・。
角川ソフィア文庫って、大変優れものなのだ。
おくのほそ道(全) (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)おくのほそ道(全) (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)
(2001/07)
角川書店

商品詳細を見る

2009年9月22日・めでたい日本めぐりの旅・竹生島の巻

次にやってまいりましたのが(笑)、琵琶湖八景のひとつである、弁財天さまの島として知られる竹生島(ちくぶじま)。

オリジナルの旅程はまるで違う場所が2候補、しかし予想外の暑さと足が痛いため、私ほど特別の思いいれ(先入観のない)のない主人に決めてもらいました。
「水のあるところ、湖がいい」ということで、琵琶湖の弁天様ゆかりの土地に決定。

京都からJR湖西線の近江今津へ、そこから琵琶湖汽船で30分弱、快適な船旅でつきましたのが、花崗岩からできた周囲2キロの聖なる島。

今津港では多少待ち時間があったので、ここから遠くないところにあるかねてから行ってみたかった「白髭神社」にはどうやっていったらいいか、琵琶湖汽船の係員の方になんとなくきいてみることにしました。

親切な60歳くらいの男性で、ここから各駅停車で数個先の高島駅からタクシーにのるといいと教えてくださいました。というわけで、今回は竹生島と白髭神社、どちらもいってみたいけれど行こうと具体的におもいきれなかった場所に行くことに・・・。

後で今回はこちらにうかがうべくしてうかがったとわかるのですが・・・・やはり神社参りは面白い。(笑)

能でも有名なこの島ですが、船から間近にみる姿は実際はかなり木が枯れてわびしいかんじ。きけば、お寺や売店のない側は川鵜が多数住み着き、その糞害によるものだということです。一日も早く、かつての美しい姿をとりもどして欲しいです。

売店のある船着場からみた島はこんなかんじ。
画像 817

ちなみに、琵琶湖というのはまだまだいろいろな謎の多い湖で、湖からは縄文、弥生そして中世にいたるまでの遺跡が発掘されているそうです。ちなみに、この竹生島の周辺は水深100メートルあまりあるということです。

伝説によると、和歌でもよく歌われ、神話がお好きな方には日本武尊が傷を負ったとされる霊峰としても名高い伊吹山(夷服岳・いぶきかたけ)の神多多美比古命と、金糞岳(浅井岳)の神様である浅井姫命が山の高さを競ったところ、浅井岳のほうが高かったことを悔しく思った伊吹山の神が、浅井岳の首(上の部分)を切り落とししまい、その部分がこの島になったということです。

画像 823

小さな島ですが、その分斜面はきついかんじです。
こちらにある宝厳寺は西国三十三箇所の30番札所ということで、この日も多くのお遍路さんがお参りしていました。お年を召した方、足が弱っている方も急な階段をそれぞれのペースで登っていかれます。

画像 207

可愛い、心を和ませるみなさん。
この隣に海底から湧き出る聖水がいただける、これまたユーモラスな顔の龍の水場があります。
心をまろやかにしてくれるお姿でした(笑)。

165段の階段を上がって、向かって左手にあるのが赤い色が美しい弁財天堂こと宝厳寺。
聖武天皇の勅命により、8世紀前半にかの名僧行基が開山、ご本尊は勿論弁才天さま。こちらには樹齢400年を超えるといわれるモチノキ、三重塔や宝物殿があります。

ところで、とくに女性にお勧めなのがこちらの姫だるま祈願。心からの願いをひとつだけ紙に書いて、それをと〜っても可愛い真っ赤な小型の姫だるまの中に収めて奉納するというもの。
とっても、雅なかんじがします。

京都市内の市比売神社(下京区河原町五条下ル)というところでも、同様に弁財天さまに「心からの願いごと」をひとつだけきいてもらうことができるそうです。
画像 819

お寺の脇にあるこちらのお社は龍神様をお祀りしているとのこと。
ご夫婦で仲良くお参りしている姿は、弁天様と龍神さまの聖地であるこの島にふさわしいかんじ。画像 824

ところで、こちらは豊臣秀吉の縁深い場所だそうです。

島の右手にむかうと、西国第三十番の札所で、国宝、重要文化財にも指定されている、唐門と観音堂がありますが、まさに豊臣秀吉!というかんじの桃山時代のスタイルの門でした。こちらには怖いくらいの雰囲気をもった行基の坐像があり、中には重要文化財の舟廊下、こちらは秀吉の日本丸という船の舟櫓を使って建てられたとあります。奥には入島料と別料金がかかりますが、国宝指定の都久夫須麻(つくぶすま=ちくぶじまの旧称)神社本殿があり、狩野永徳、信光による天井画、襖絵など賢覧豪華であったといわれる伏見城を彷彿とさせる装飾が施されています。

舟廊下をそのまますすむと、竜神拝所という場所にでます。こちらでも弁才天様、龍神様、白蛇様への参拝ができますが、なんといっても琵琶湖を見渡せて風を直接に受けることができる場所。中でも下のかわら投げの鳥居は人気スポットらしいです(2枚のかわらを投げて鳥居をくぐらせると願いが叶うといわれている)。ここでは、江島弁天、厳島弁天さまあわせてお参りさせていただきました。

弁財天様の益々のご開運をお祈り申し上げます。

画像 829

一時間くらいの散策で、不思議と疲れが癒されました。

帰りの船が迎えにきます。


画像 831

船着場の手前は昔懐かしいかんじのお土産屋さんや食堂がならび、やっぱり「寅さん」してました。
京都ではあり得ないことですが、「外人さん」ということで主人はおばさんにじろじろみられると微妙な表情・・・とにかくも、シルヴァーパワー満開というかんじの、情緒あるおもてなし感がありました(笑)。

画像 223

帰りの船の中では、地元の男衆があかぺらで歌う昭和16年の流行歌、「琵琶湖哀歌」がなんともいえない昭和の時代と土地の風味を味あわせてくれました。「琵琶湖哀歌」というのは現在の金沢大学にあたる第四高等学校の漕艇部員11人が琵琶湖で練習中に突風にあおられ転覆し、若い命が失われたという悲劇を歌にしたものだそうです。いつかどこかで聞いたことのあるメロディーです。

今津港につくと、出発時に白髭神社への行き方を教えてくださったおじさんが、胸にA4の封筒を抱えて飛んできました。「あるもんばかり、かきあつめたんだけど、まだあったとおもったんだけどね」と、琵琶湖周辺の地図や観光ガイドがぎっしりと詰まった封筒を手渡されました。

感動。

ねんごろにお礼をいい(握手までお願いしてしまった・・・笑)、美味しいと教えてもらったすぐ向かいのお蕎麦屋さんで名物の琵琶湖周遊そばと鮒寿司をいただき、またよい思い出がひとつ増えたと心が温まりました。(笑)みなさんも、是非、行ってみてください。

3日連続で、お助け翁が登場。
これは実は、次にお参りする「白髭神」さまのお陰なのではないかと思いあたっていました。

何故か、私の中では豊臣秀吉は織田信長とならんで大陸的な印象を受けます。なんというか、純日本的というよりは外国人的なかんじ・・・型やぶり。それにしても、秀吉の生命力、運の強さ、豪快さというのはまるで宇宙から直接パワーを「どっか〜ん」と貰っていたかのよう・・・そんな印象を受けます。

豊臣秀吉〈1〉 (山岡荘八歴史文庫)豊臣秀吉〈1〉 (山岡荘八歴史文庫)
(1987/01)
山岡 荘八

商品詳細を見る


真説・豊臣秀吉 (中公文庫)真説・豊臣秀吉 (中公文庫)
(1996/04)
池波 正太郎高橋 富雄

商品詳細を見る


自分の両親でさえほとんど未知の世界かもしれませんが(笑)、きっと彼らの幼いときに流れていた曲なので、なんとも聞くと心に触れるものがあるのかもしれません。自分は直接親しんだわけでもないのに、懐かしいとおもう曲、これって細胞レベルで染み付いている「日本節」みたいなもんのせいなんでしょうか・・・というわけで、私は「自称」和魂外才。

決定版 東海林太郎決定版 東海林太郎
(2007/11/21)
東海林太郎ヴォーチェ・アンジェリカ

商品詳細を見る

| ホーム |


PREV PAGE «  BLOG TOP  » NEXT PAGE